ビービットの藤井保文氏が新たな著書『ジャーニーシフト デジタル社会を生き抜く前提条件』(日経BP)を執筆、2022年12月に刊行した。今回は家族で個人が営むインドネシアの「パパママストア」の大きな経営課題に対して、EC企業が仕掛けた見事なサプライチェーンDXの事例を本書からの抜粋でお届けする。

※日経クロステックの記事を再構成
▼前回はこちら Gojekの「ジャーニーシフト」 ドライバーを幸せにする仕組みとは
『ジャーニーシフト デジタル社会を生き抜く前提条件』
『ジャーニーシフト デジタル社会を生き抜く前提条件』

 前回まで、インドネシアの国民的アプリGojekが起こしたスマホ変革を説明しました。その変革は表面から「見えやすい」変化で、出張や観光で訪れる私たちでも、ジャカルタの街を歩けば、本当にたくさんのGojekのバイクが走っているのを見ることができます。

 しかし、実はインドネシアのスマホ革命は見えない部分でも着々と進行しています。今回から、そのような静かなる変化にスポットライトを当ててみましょう。ここからはマーチャント視点での解説になります。

パパママストアが抱える「サプライチェーンのブラックボックス」

 インドネシアには家族や個人でローカルな雑貨店や屋台を経営する、いわゆる「パパママストア」が数多く存在します(写真1)。その数は小売店舗の8割、約250万店舗にも上るといわれています。中間層が増えたといってもまだ平均年収は50万円に満たない中、お菓子や飲料水、日用品などを安く買える店として、地元住民の日常生活に欠かせない存在となっています。

写真1 インドネシアの典型的なパパママストア
写真1 インドネシアの典型的なパパママストア
(写真:著者)

 そんなパパママストアの大きな課題は「仕入れ」です。多くの小規模なパパママストアは、少し大きなパパママストアや中間業者から商品を仕入れ、その先にはさらに大きな卸売業者が存在するという具合に、流通経路上に何層もの中間業者が存在します。日本では想像できないほど複雑に多層化した流通網はもはや誰も可視化できておらず、多様な商品を必要なだけ取りそろえるのは容易ではありませんでした。

 また小規模な店舗オーナーにとって、仕入れ価格がフェアなのかどうかを確認する手段はありませんでした。お店を始めようと思っても商品の仕入れ先が見つからず、知人に紹介してもらったはよいが、実はその仕入れ先から商品を買うと間に複数社がマージンを取っていて価格が高くなる、といったことが実際に起きているのです。問題は、間に入っている人たちも自分たちが「マージンを取る中間業者になっている」という意識がないことも多く、誰一人としてその構造を把握できていないほどに無駄が生まれていることです。

 この社会構造に目を向け、現在インドネシアでは仕入れのサプライチェーンDXを手掛けるプレーヤーがいくつも登場しています。メインのサービス提供対象はパパママストアのオーナーなどのスモールビジネスオーナーで、複雑な中間流通をできるだけ排除して価格の透明性を確保するだけでなく、スマホアプリを利用したオンライン発注を可能にしたり、在庫管理や収支管理機能を提供したりするなど、パパママストアの経営をよりスムーズにするための機能を提供し、デジタル化を支援しています。

 こうしたサービスはTokopedia、Shopee(ショッピー)、Bukalapak(ブカラパック)といった主要なEC(電子商取引)プレーヤーが中心となって展開しています。なぜなら、彼らはもともとメーカーから商品を直接仕入れてEC上で一般消費者に販売しているため、この複雑なサプライチェーンに巻き込まれておらず、販売対象を一般消費者ではなくスモールビジネスオーナーに変えればよいだけだからです。

 さらに、集まった店舗側のデータを利用し、Gojekのドライバー向けサービスと同様にマーチャント向けのマイクロファイナンスや保険商品の提供、資産運用アドバイスといった金融サポートや、より深いパートナー関係になった場合の取引価格における優遇など、さまざまな機能が提供されています。またオーナー同士がノウハウを交換できるコミュニティー機能や、店舗経営のアドバイス記事なども提供されており、「より稼ぐにはどうしたらよいのか」をマーチャントオーナーが学ぶ機会も設けられています。

 「仕入れが面倒で不透明」というパパママストアの課題解決はもちろんのこと、金融とノウハウの両面で店舗経営を支援し、成長のためのサポートを実施していて、それをすべてマーチャント用のスマホアプリに集約しています。さながら、スモールビジネス向けのSaaSソリューションといったところでしょうか。

 実際に訪問したパパママストアで、キオスクらしくお菓子や飲み物が雑多に並べられています。マーチャント向けアプリでは、商品仕入れだけでなく、自分自身の携帯代支払いやペイメントアプリへのチャージ、電気代やWi-Fiの支払いなどもできるとのことでした(写真2)。

写真2 著者が訪問したパパママストアと使っているマーチャント向けアプリの画面
(写真:著者)

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