ビービットの藤井保文氏が新たな著書『ジャーニーシフト デジタル社会を生き抜く前提条件』(日経BP)を執筆、2022年12月に刊行した。前回に続き、本書の執筆のきっかけにもなったインドネシア国民的アプリ「Gojek」の解説を、本書からの抜粋でお届けする。

※日経クロステックの記事を再構成
▼前回はこちら Gojekが国民的アプリになったワケ 優秀なドライバー集団が肝に
『ジャーニーシフト デジタル社会を生き抜く前提条件』
『ジャーニーシフト デジタル社会を生き抜く前提条件』

 Gojekを中心に東南アジアで起きていることは、「ユーザー側の体験が良くなる」にとどまりません。改めて、Gojekにとって「ステークホルダー」とは誰のことかを以下に示します。

  • 配送や移動を利用する一般のユーザー
  • 移動や配送を担うドライバー
  • 運ばれる商品や料理を売っているマーチャント

 マーチャントに関してはかなり幅が広く、個人経営の店やレストラン、コンビニエンスストアやスーパーマーケットのチェーンまでカバーしています。Gojekの特徴は「ドライバー」にありますので、ここからは、ドライバー視点でさらに掘り下げていきたいと思います。

左のバイクの後部席にあるのが「GoScreen」
左のバイクの後部席にあるのが「GoScreen」
(写真:著者)

銀行口座を持たない人のための新たな金融

 Gojekは、優秀なドライバー集団によってインドネシアにおける移動の課題を解決しただけではなく、サービスを支えるドライバーの生活も大きく変えています。増加した中間層の雇用を生み出したというだけではなく、これまでの生活にはなかった「金融支援」と「福利厚生」によって豊かになっているのです。

 まず、金融支援から解説します。

 前提として、Gojekのドライバーになる人たちの一定数は「アンバンクト」(Unbanked)と呼ばれる銀行口座さえ持っていない人たちで、JETROによると2022年時点で9200万人がこのアンバンクトであるとのことです。この方々は信用情報に当たるものがないため、クレジットカードをつくることもできなければ、ビジネスを始めるときに融資を受けることもできません。Gojekのドライバーになると、アンバンクトであっても融資を受けたり、保険を購入したりすることができるようになります。

 Gojekには、ドライバー専用のアプリがあります。このアプリは単に案件を受け付けるためのものではなく、例えば自分が1日にいくら稼ぎ、月の収入がどのくらいになるかを把握できる「売り上げ管理」の役割を担っています。

 アプリを通じて自分の稼ぎが可視化されると、Gojek側から見て「この人がどの程度お金を稼ぐ人なのか」「どれほどまじめに働いていて、ユーザーから評価されているのか」が把握でき、データを基に精度の高い与信管理を行うことができるようになります。

 その結果、助成金付きの住宅ローン、何らかの原因で働けないときの就業不能保険、生命保険や健康保険などを用意し、これまでドライバーが得られなかったような生活をサポートしているのです。

 従来型の金融であれば、勤務先や収入、学歴、病院への既往歴などを見て評価するわけですが、直近どの程度まじめに働いているか、実際に危ない運転をして事故になっていないか、といった実際の行動データから信用を評価するわけですから、ローンが払えず貸し倒れたり、事故やケガで保険金請求をされたりする確率が従来と比べて低く、Gojekから見ても利益率の高い収入源になっています。

 なお、こうした仕組みは中国のタクシー配車サービス「DiDi(ディディ)」や、Gojekの競合であるシンガポールの「Grab(グラブ)」でも提供されている機能で、新興国やギグエコノミーにおいてはもはや当たり前のように展開されている、新たな金融インフラになっています。

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