40代おじさんの意識が大きく変わった。そんな衝撃的な調査結果が博報堂生活総合研究所の長期時系列調査「生活定点」の2022年最新版で出た。では、本当に40代おじさんは変わったのか――。今回は、22年12月19日発行の新刊書籍『-30年調査でみる- 哀しくも愛おしい「40代おじさん」のリアル』(日経BP)の著者で博報堂生活総合研究所の上席研究員である前沢裕文氏と、SNSやネットでのコミュニケーションに詳しい、noteプロデューサーで50歳になったばかりの徳力基彦氏が激論を交わした。
――本日の対談のテーマは「40代おじさんは、本当に変わったのか」です。まずは、前沢さんに、新刊書籍『-30年調査でみる- 哀しくも愛おしい「40代おじさん」のリアル』の内容を踏まえて、40代おじさんがどう変わったかをうかがいます。
前沢裕文氏(以下、前沢) まず前提ですが、博報堂生活総合研究所の長期時系列調査「生活定点」の2020年調査では、「43.24歳からがおじさん」という調査結果が出ました。
徳力基彦氏(以下、徳力) 意外ですね、30代じゃないんですか。43.24歳なんですね。
前沢 はい、「『おじさん』とは、何歳くらいからを指すと思いますか」という問いへの20~69歳男女の回答の平均が43.24歳でした。40代の男性たちも、大体43歳以降がおじさんだと考えていることが分かっています。ですので、正確には43歳が40代おじさんの1年生になりますが、データを10歳刻みで見ているので、広く40代男性を「40代おじさん」と呼んでいます。
生活定点には、現在約1400の質問項目があります。ちょうど2年前、20年12月22日に連載の第1回「『43歳からおじさん』が調査で判明! 『7つの特徴』を大分析」を公開していますが、ここでは約1400項目の調査結果の中から、全性年代中・男性中で40代男性が1位あるいは最下位となった象徴的なデータを中心に紹介しました。
▼関連記事 「43歳からおじさん」が調査で判明! 「7つの特徴」を大分析2020年調査をまとめると、40代おじさんの特徴は「許さない」「闘わない」「燃えない」「連(つる)まない」「直さない」、いいところとしては「人情派」「庶民派」です。なかなかにひどい内容が続きますね。
特徴的なのは、常にイライラしていることです。詳細は連載や書籍を読んでいただくとして、「約束の時間を過ぎて友人を待っている時間にイライラする」といった、様々なイライラ時間で全性年代中の1位になりました。
でも、常にイライラしているわりに、自分で何かを変えようと動くわけでもない。加えて、友達関係や家族関係もそんなにうまくいっていない。趣味では、一生を通じて楽しめる趣味がある人が22.4%と全体で最下位に。そういう公私共にちょっとさえない、かつイライラしてる、駄目おじさんみたいな感じだったのが2020年の結果でした。
「生活定点」の調査は2年に1回行っています。最新の2022年調査を10月に公開しました。40代おじさんの結果を確認すると、意識や行動、価値観に劇的な変化が見られました。大きくはコロナ禍の影響があると思いますし、また2年後には揺り戻しが出てくる項目は多々あるとは思うんですけれど、2022年調査の結果だとすごくいいところばかりになっています。
まとめると「律する」「愛する」「高める」「縛られない」「庶民波」「アクティブ派」「アナログ派」という7つになりました。
最新の調査では、イライラしているというのも減り、「公共のマナーに気をつけた生活をしている」が男性内で1位になっていて、データ上は急にモラリストデビューしたような結果になっています。それに加えて、家族仲がめちゃめちゃうまくいっていると感じるようになり、「円満な家族関係に満足している」が突然、男性1位になりました。
徳力 2年前の調査の方が、いわゆる40代男性像に近いと感じますね。ある意味、ネットなどで一番たたかれやすい世代が、おじさん層だと思うんですが、その象徴的な存在だと感じています。それが2年でこれだけ変わるのは、すごく意外な結果ですよね。
単純な仮説として、今の40代は、(50歳になったばかりの)僕もあえて含めておくと、ある意味、昔のルールに縛られている世代だったと思います。ところが、このリサーチの結果だけを見ると、コロナ禍で働き方や様々な常識が変わったことによって、反対側へぽんと振り切れたと感じます。
僕は1972年生まれで、今年50歳になりました。72年前後に生まれた世代は、自分たちが高校生のときに「女子大生ブーム」があり、大学生になったら「コギャルブーム」がやってくるという具合に、常に流行の中心からずれていたんですよね。大学入試は超激戦の時代で、バブルには間に合わず、就職氷河期が来てしまって。
仕事の面では、就職して仕事場に入ってからインターネットが本格的に来ました。だから今の40代の人たちはインターネット以前の状態のときに会社に入って、会社の常識が古い時期に若い時代を過ごしている人が多い世代だと思うんです。いわゆる昭和的価値観のまま中堅社員になりました。
上の世代を見ると、バブルを経験し、出世のペースも速い。でも、僕らの世代あたりから何もかもがうまくいかなくなってくる気配を感じたわけです。一方で、若い世代を見ると新しい価値観の中にいる。それを見て、感じるものもありますよね。ストレスがたまっていく世代の入り口だったんだろうなと思うと、2年前のリサーチ結果には納得感があるんですよね。
それがコロナ禍によってポジティブになるというのは、すごく興味深いです。ある意味、日本において“狭間”にいて苦しんでいたところ、世の中が変わったことで、自分のスタイル、仕事のスタイルを変えてもいいんだということに気づいたんだと思いました。
自分ごとで考えてみると、私もコロナ禍前は会社に午後11時ぐらいまでいるのが当たり前という仕事のスタイルをしてきて、それが普通だと思っていました。晩ご飯を家で食べるのは、ほぼ土日のみといった感じでした。
でも、コロナ禍でリモートワークになり常に家にいるようになったので、妻の幸福度はひょっとしたら下がっているかもしれませんが、僕からすれば家族とのコミュニケーション量はめちゃめちゃ増えました。今は、小学生の次男と「フォートナイト」を一緒にプレーしたりして、子どもと過ごす時間は劇的に増えましたね。
そういう意味では、コロナ禍によって昭和のサラリーマン的価値観と全く異なる世界に入れたのは間違いない。この3年間、全体的にコロナ禍によって不幸せになっていると思い込んでいた節があったけれど、このリサーチ結果に救われるというと変ですが、興味深いです。
前沢 全く同じ感想です。実は書籍の前書きに、「女子大生ブーム」や「女子高生ブーム」を横目に見ながら学生時代を過ごし、社会人になると今度は「アクティブシニア」、今は「Z世代」に注目が集まっていて、華やかなマーケティングターゲットになることがなく、一度もスポットライトを浴びずに、ちやほやもされずに来た、と書きました。
徳力 不思議ですよね。今の40代はとても数が多いはずなんですけど。
前沢 そうなんですよね。数の論理で言えば、もっとちやほやされてもいいし、マーケティングの対象になってもよかったはずなのに、不思議と小さい頃から大人になるまでそんなことはない。それに、「就職氷河期世代」とまとめられて、失われた30年の中で被害者みたいな感じでよく取り上げられたりしていますが。
徳力 40代おじさん以外の層では、どうなんでしょうか。
前沢 コロナ禍のいろんな性年代の変化を見ていると、何を大事にしてるかによって影響の濃淡が見えました。
例えば、20代の女性は友達関係や人間関係に重きを置いていて、それが幸福度にひも付いていることが多いんですが、コロナ禍で友達と会えなかったり、人付き合いができなくなったりして幸福度は大きく下がっていました。30代男性は、割と仕事に重きを置いていたりする姿が見えていて、リモートワークが進んだり、環境が変わったりすることがマイナスに働き幸福度が下がっているんです。対して40代おじさんは、幸か不幸か、コロナ禍の影響がいい方向に出た数少ない性年代だと思います。
40代おじさんはDXにあらがう存在?
――この調査の中で他に何か気になるキーワードはありますか?
徳力 「アナログ派」が残ってしまっているところが、少し怖いですね。僕は世の中デジタル化してほしいという思いが強い側の人間だということもありますが。
僕個人としては、今回のコロナ禍が日本のDX(デジタルトランスフォーメーション)の最後のチャンスだと思っていたんです。
前沢 そうですね。「生活定点」の2022年調査で私も気になったポイントです。「人間の力より技術の力を重視する」が男性の中では最下位。「AI(人工知能)を信じる」も全体の中で最下位。「10年先の日本に、公共施設、オフィス、家庭でのテクノロジーの活用が進むことを期待する」も、男性の中で最下位。特に男性の中で比べると、アナログな側面がかなり目立っているというような特徴がありました。
徳力 40代男性がせっかく変われることを体験したにもかかわらず、元に戻そうとする力が働いてしまうのだとしたら残念ですね。例えば、強制的に出社させたり、デジタルツールを使わずにアナログな道具を使うことにこだわったり、そういった懸念が調査結果から垣間見えますね。
僕もリアル主義者なので、実際に会ってしゃべる方が楽しいし、リアルのイベントが好きという気持ちはあります。でも、効率を考えたら、一部はデジタルでもいいよね、とバランスを取れる方がいい。今後、日本における新しい常識のラインがどこになるのかが気になりますね。
前沢 デジタルでいうと、実は40代おじさんも支払いは現金ではなくてキャッシュレスを使うという人が多かったりするんですよ。そういう便利な部分は利用しているわけです。一方で、「人間の力より技術の力を重視する」や「AIを信じる」と答える人の割合が少ないなど、少し不思議な印象を受けました。
徳力 でも、数字を見る限り、アナログ重視の項目の回答率は他の世代に比べて劇的に悪いわけじゃないんですよね。そんなに悲観的に見過ぎなくてもいい気はしますね。
ただ、僕らの世代はディストピア(反理想郷)的な映画がはやったので、それが思想に影響しているかもしれません。例えば、「ターミネーター」とか。
前沢 何かとロボットが反乱しがちな映画を見た世代ですよね。(笑)
徳力 米テスラのイーロン・マスク氏が先日、ヒト型ロボットを発表しましたが、僕にはターミネーターにしか見えませんでした。いよいよ来た! といった感じで。
40代おじさんをマーケティング視点で見てみると…
――先ほど、今の40代おじさんは、企業が狙う対象にされてこなかったというお話がありました。でも、そうは言ってもこの世代は10歳刻みで見た場合の最多層なわけですよね。これからもこの層は多くあり続けます。マーケティング的に考えて、この層と一緒に歩んでいくにはどうすればいいんでしょうか。
徳力 正直、分かりません。分かりませんが、僕の個人的な印象として、僕らは「マスメディア世代」だったと思うんです。はやっているものに乗っかる傾向はまだまだ強い。いわゆるキャズム理論(編集部注:新しい商品などが出た際に、普及していくために超えなければいけない“溝”があるという考え方)で言うと、僕らは基本的に「マジョリティー」、あるいは「レイトマジョリティー」のイメージが強いと思うんです。だからマーケティングで重視されず、他の層へ先にアプローチして、そこで大きな波にしてから届ければいいと考えられる場合が多いのではないでしょうか。僕自身がそうなのもあるんですけど。
例えば、映画『君の名は』が若い世代ではやり、自分の周りが見始めるとつられて見に行くといったイメージ。僕自身もなりやすいですね。
僕らの若い頃って、何もかもランキング化が進んで、その上位のものをまずは押さえておくという感覚が広がったんだと感じています。テレビでヒット曲のランキング番組を見て、トップ10の曲はカラオケで歌えるように練習しておくなど。そういう行動が身に染み込んでいると私自身は思います。
――今のサブスク系の音楽配信サービスでは、以前ほどランキングを意識して使うような形式になっていないですよね。
前沢 今の若い人はランキングで行動を決めるというよりも、AIのアルゴリズムで自分の趣味に合っているものがレコメンドされるという環境の中で楽しんでますね。
また、マーケティングという視点でいえば、「生活定点」の約30年間の調査結果を見ると、昔はパキッと年代によって異なっていた価値観が、どんどん均質化してきています。詳しくは、23年1月に生活総研が実施する「みらい博」で発表する予定ですが、ベースには、これだけネットが発達し、情報格差も減ってきている中で、どの層も同じような生活になってきていることがあるのではないかと考えています。
とはいえ、40代おじさんが他と違うところはまだまだあります。大きくは均質化していく流れがあるのかもしれませんが、逆に違いのある項目が先鋭化し、際立ってくる傾向にあります。よりとがった、そして絞った価値観を捉えて、アプローチしていくことが重要になってくるかもしれません。
――50代になりたての徳力さん、40代を通り抜けてきて心境の変化はありましたか?
徳力 すごく年を取ったという感じはあります。50代って、僕の若い頃からしたら、相当偉い人、上の人というイメージでした。対談のテーマとも関連するんですが、18年に富士通総研が発表した「インターネットは社会を分断するのか」というリポートで印象的だったのは、インターネット上で罵詈(ばり)雑言を書いてるのは若い世代ではなく、実は40代、50代だという結果でした。
それからずっと僕は、40代ってこういうストレスがたまってネットを悪くしている元凶の世代だなというのを悲しんでいたんです。でも、今回のリサーチ結果を見て、少し希望の光が見えた気がしました。残念ながら、僕はもう50代にスライドしてしまいましたが、50代のスコアもいい方に変わるように、頑張っていきたいなと思います。
――最後に、前沢さん、この本のお薦めポイントも含めて一言。
前沢 この本の基になっている連載は、自分が43歳のときに始まりました。つまりちょうど“おじさん1年生”として、書き始めたわけです。調べ始めたら散々なことになっているなと思いつつ、おじさんって、たたいてもいい存在のようになっていますが、それは少し変えたいなと思いました。もちろん、おじさん側が意識を変えていかなければいけないことも山ほどあります。
この本を読んで、少しでもおじさんのことを理解していただければうれしいです。また、おじさんもおじさんとして、当然自分を律して生きつつ、もう少し自分自身を愛していければいいかなと思います。
そういった思いもあって、今回の書籍はタイトルを『哀しくも愛おしい「40代おじさん」のリアル』としました。決して難しい本ではありません。気軽な読み物として読んでもらえればいいかなと思います。
――付け加えさせてもらうと、40代おじさんによる40代おじさんのための本ですね。
徳力 羨ましいです、40代の間に読みたかった。(笑)
(写真提供/note、博報堂生活総合研究所)