Nintendo Switch向けソフト『スプラトゥーン3』が爆発的なスタートダッシュを切った。国内販売本数は、発売後3日間で345万本を突破(ダウンロード版含む)。任天堂タイトル歴代最高記録だった『あつまれ どうぶつの森』(世界累計販売数は3938万本)の3日間で約268万本を大幅に更新した。人気の理由とは?
発売後3日間で345万本突破――ものすごい数字である。任天堂の『スプラトゥーン』といえば、Wii Uからの人気タイトルだ。2017年7月にプラットフォームをNintendo Switchに移し、『スプラトゥーン2』を発売すると、その人気が爆発。いまやNintendo Switchを代表するタイトルであることは間違いない。そのため、『スプラトゥーン3』も発売前からヒット確実とは見られていたが、それにしても発売から3日で345万本というのは驚きの強さだ。
この数字は熱心なコアユーザーが購入しただけでは達成できない。小さな子どもがいる家庭を含め、幅広いユーザーが発売直後に購入したと推測される。言い換えれば、『スプラトゥーン3』は、小さな子どもから大人までもが夢中になれるゲームとして、ロケットスタートに成功したのである。
これは「シューター」と呼ばれるジャンルのゲームでは、きわめて珍しい現象だ。
シューターとは銃などで敵を撃って戦うゲームのこと。FPS(First-person shooter、一人称視点で表示するシューター)やTPS(Third-person shooter、三人称視点で表示するシューター)などいくつかの種類があるが、3D空間で敵を撃つゲーム自体が1990年代のPCゲームを起点として発展したこともあり、大人のコアユーザーをメインターゲットとしてきた。そのため、大人のコアユーザーの支持が得られるよう、グラフィックは写実的に、ゲーム内容はテクニックや戦略を重視する競技性の強いものに、と基本的に進化を続けている。
そんな中、『スプラトゥーン3』は、シューターに分類されるゲームでありながら、子どもたちまで夢中にさせた。これにはどんな“魔法”があるのだろうか?
ゲーム初級者を根こそぎ獲得
結論から書くと、任天堂は、昨今、対戦型大作ゲームの多くが競技性を高め、eスポーツ・カルチャーと呼ばれるものを発展させる中で、おのずと切り捨ててきた層をまとめて拾い上げたということだと筆者は見ている。
今の大作ゲームは、プレーヤーにそれなりのゲームテクニックを要求する。例えるなら、サッカーを楽しみたくても、ボールをまっすぐ蹴ることができなければ門前払いされる、といったことに似た現象が起きている。
これはビジネスとしては正しい。オランダのゲーム調査会社NewZooが2020年に発表したリポートによると、世界のゲームプレーヤー人口は23年には30億人を突破する見込みだ。上位半分でも15億人。大作ゲームはこの上位層を中心としたビジネスといえる。
一方で、ゲームプレーヤーにはゲームが下手な人たちがたくさんいる。シューターで思ったところに狙いを定められない人、アクションゲームで走りながらジャンプして敵を攻撃するといった基本操作ができない人、レースゲームでマシンをまっすぐに走らせられない人もいれば、3D空間ですぐに方向感覚を失い、どちらに進めばいいか分からず、パニックになる人もいる。
任天堂は、それらのゲームが下手な人たちも楽しめることを最優先に、対戦型ゲーム「スプラトゥーン」シリーズを作った。そして多くの大作ゲームが切り捨ててきた下位層を根こそぎ奪いとろうとしているのである。
『スプラトゥーン3』の実態はシューターではない
実際、『スプラトゥーン3』には下手な人でも楽しめるポイントがいくつもある。その1つがインクで“塗る”というゲーム性だ。
『スプラトゥーン3』の基本は、「ナワバリバトル」と呼ばれる4対4の陣取り合戦だ。骨格となるアクションは“撃つ”よりも“塗る”。各チームのプレーヤーは協力して制限時間内にステージの床にインクをぶちまけ、より広い面積を塗りつぶしたチームが勝利となる。
このため、キャラクターが手にするブキは、銃や弓のようなシューターによくあるタイプのものだけでなく、筆やローラー、さらにはバケツをモチーフとしたものもある。その特性や使い勝手はバラバラ。つまり、あらゆる方法を使って、とにかくステージにインクをぶちまけろ! インクで汚しまくれ! というゲームなのだ。
これはもはやシューターではない。『スプラトゥーン3』はジャンル的にはシューター、TPSと分類されるが、実はそれは間違いだと筆者は思う。
先にも書いた通り、シューターは敵を撃って戦うゲームだ。遮蔽物を乗り越えながら敵を撃ち、より多く、確実に“キル”することが目的。一方で『スプラトゥーン3』はインクを塗りまくることが目的だ。インクを塗るに当たり、相手チームが邪魔してくるので、それを撃っているだけなのである。
しかも自分を含めて登場キャラクターは人ではない。「イカ」だ。いや、登場時にインクの中から現れるという点を考えると、イカというより変な液状の生命体といっていいかもしれない。撃たれても死ぬわけではなく、スタート地点に戻されるだけだ。そこにはシューターにつきものの“キル”という言葉で想起されるような殺伐としたイメージがない。
だからこそ、『スプラトゥーン3』はゲームが下手な人でも楽しめる。操作が苦手なら、ただ決まったボタンを押していればいい。それだけで目の前の床はインクで塗られていく。撃たれたってへっちゃら。またスタート地点から塗り始めればいい。このシンプルさが、小学校低学年、未就学の子どもたち、さらにはゲームに慣れていない大人までも夢中にさせる要因でもあるだろう。コントローラー操作がおぼつかない人でもちゃんと楽しい気持ちになれるゲームは、そうそうあるものではない。
根源的な快楽をプレーヤーに与えるゲーム
もう一つの重要なポイントが、床をインクで塗りまくるという行為だ。そもそも、子どもたちは何かを汚すのが大好きだ。少し目を離すと、家中の壁にどこまでも落書きしてしまう。いや、これは子どもに限った話ではない。実は大人も汚すのは大好きだ。雪が降った翌日の公園で、真っ白な雪の上に足跡を付けた経験はきっと誰にでもあると思う。まっさらなものを汚していくのは、あらゆる世代を夢中にさせる娯楽なのである。
そんな私たちにとって、ひたすらインクをぶちまけるゲームが、楽しくないはずがない。『スプラトゥーン3』は、子どもも大人も持っている根源的な快楽を与えてくれる、とびきりの遊び場なのだ。
その証拠に、『スプラトゥーン3』が一般的なシューターと異なる点が1つある。それが「声」である。
一般的なシューター、それも上級者向けのゲームでは、没頭するうちに無口になっていくものだ。チーム戦であっても、ゲームで必要な指示を伝え合うだけになりがち。競技性の高いゲームには集中力が必要になるので、自然とそうなっていく。
しかし『スプラトゥーン3』は違う。Switchを持ち寄り、ローカル対戦モードでプレーしている子どもたちを見ていると、「助けてー」「やられたー」「なにやってんだよー」「そっち頼んだ!」など、まるで野外で遊んでいるときのように大声を上げて遊んでいる。
オンライン対戦のときも同様だ。『スプラトゥーン3』には、プレーヤー同士が声をかけ合えるように「イカリング3」という専用アプリが用意されている。スマートフォンに「Nintendo Switch Online」アプリをダウンロードすると、離れた場所で友達と一緒に遊ぶときも、わいわいと会話しながら遊べるようになっている。
実はこれは親が子どもに買い与える上でもプラスだ。友達同士でプレーしているときの様子がよく分かるので、親世代が安心して遊ばせられるからだ。
それでいて、『スプラトゥーン3』はただの初心者向けのゲームでもない。プレーがうまくなるにつれ、次第に対戦型ゲームとしての奥深さも見えてくる。最終的には本格的な「シューター」を凌駕(りょうが)するほどの攻防も可能だ。
もともと「スプラトゥーン」シリーズは、「汚すの大好き」という人間の根源的な快楽を満たしつつ、小さな子どもから大人までもが夢中になれるゲームであり、友達との会話を楽しみながら過ごせるゲームであり、それでいてコアゲーマーが何百時間と没頭してしまう奥行きのあるゲームでもあった。こんなゲームは今のところ「スプラトゥーン」シリーズしかない。
そのゲームがシリーズを重ね、3作目に突入した。1作目の『スプラトゥーン』で新たな分野を切り開き、失敗と言われるWii Uから一転、大ヒットとなったNintendo Switch向けに投入した2作目の『スプラトゥーン2』でユーザーを一気に広げた。そして、Nintendo Switchが世界累計販売台数1億1108万台を突破したところで発売されたのが今回の『スプラトゥーン3』というわけだ。そう考えると、爆発的なスタートダッシュも当然のこととうなずけるのである。