読書――書を読むと書くが、昨今“聴く読書”であるオーディオブックの市場が急拡大を見せている。その中でも着々とユーザー数を伸ばしている「Amazon オーディブル(以下、オーディブル)」が、2022年9月に発表会を実施。さらなるサービスの拡充に乗り出した。オーディブルがもたらす“聴”書体験は、果たしてこれからどのように変化・拡大していくのだろうか。

2022年9月2日の発表会にて、アマゾンジャパン オーディブル シニア ディレクター コンテンツの宮川もとみ氏が新プロジェクトを語った
2022年9月2日の発表会にて、アマゾンジャパン オーディブル シニア ディレクター コンテンツの宮川もとみ氏が新プロジェクトを語った

 発表会にて「2022年は飛躍の年」と形容するほど、近年は特に利用者が増加しているオーディオブックの制作・配信サービスの「Amazonオーディブル(以下、オーディブル)」。22年7月時点の会員数は、21年12月と比べると25%アップ。聴取時間も135%成長したという。そんなオーディブルが22年9月2日、新規コンテンツプロジェクトを発表した。

オーディブルを実際に使用した際のイメージ
オーディブルを実際に使用した際のイメージ

“小説を聴く”という体験を当たり前に

 この成長をさらに加速させるため、今回オーディブルは2つの新しいプロジェクトに乗り出した。1つ目は、新たな“オーディオファースト”4作品の配信。相場英雄、汐見夏衛、西尾維新、村田沙耶香などの人気作家がオーディブルのためにオリジナルの作品を書き下ろした。初のオーディオファースト作品として21年7月に川上未映子の『春のこわいもの』を配信しており、今回は一気に作品を増やして、本格化させる。

 “オーディオファースト”とは何か、聞き慣れない人も多いだろう。そもそもオーディオブックとは、書籍を「読む」のではなく「聴く」サービスのこと。従来のオーディオブックでは執筆の段階で音声化することは考慮されていないのが一般的だ。加えて、音声化する書籍は既に完成し販売されているものが主流。

 一方でこのオーディオファーストという取り組みでは、本を執筆する段階で、音声で聴かれることを前提にしている。その際に作家によっては、朗読されたときの音の聴こえ方なども加味して創作する。そのため従来のオーディオブックとは一味違った、新しい読書体験が可能になるという。

 そして今回発表されたプロジェクトの2つ目は、U-NEXTが手掛けた小説のオーディオブック版の独占配信だ。U-NEXTは映像配信サービスを中心に電子書籍の販売も手掛けてきたが、20年8月に出版事業をスタートし、オリジナルの書籍を創作している。

 その中で今回オーディブルでは、誉田哲也によるベストセラー警察小説『姫川玲子』シリーズのオリジナル短編『六法全書』や今野敏のベスト&ロングセラー『隠蔽操作』シリーズのスピンオフ短編『選択 隠蔽操作外伝』の他、高野史緒、藤野千夜、チョン・ミジンが手掛けた5作品が22年9月2日から配信されている。これ以降もU-NEXT発の小説を次々とオーディオブック化し、オーディブルで独占配信していく予定だという。

U-NEXTとのコラボを発表
U-NEXTとのコラボを発表

「聴き放題制」への移行で起きた、大きな変化

 この2つの新規プロジェクトに共通しているのは、小説コンテンツの拡充だ。

 もともとオーディブルでは、ビジネスや自己啓発系のコンテンツが圧倒的に人気だったという。例えば、オーディブルが発表した「2020年オーディオブックランキング」(20年1月1日~12月1日の販売データを基にオーディブルが作成)の第1位は『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』(岸見 一郎/古賀 史健 著 ダイヤモンド社)、第2位は『自分を操る超集中力』(メンタリストDaiGo 著 かんき出版)、第3位は『FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』(ハンス・ロスリング/オーラ・ロスリング/アンナ・ロスリング・ロンランド 著 上杉 周作/関 美和 訳 日経BP)と続き、TOP10のうち8冊をビジネス・自己啓発系のコンテンツが占めている。

 しかし、あることが起爆剤となり多彩なジャンルへと利用の幅が広がった。22年1月に行われた、コイン制から聴き放題制への移行だ。

22年1月に、月額1500円で好きな本を1冊選べるコイン制から、月額1500円で12万以上の作品が聴き放題になる聴き放題制へと移行した
22年1月に、月額1500円で好きな本を1冊選べるコイン制から、月額1500円で12万以上の作品が聴き放題になる聴き放題制へと移行した

 従来のコイン制では、月額1500円で1冊しか選べなかったため厳選する必要があった。そのため即座に自分の生活に役立ちそうなビジネス系のコンテンツが人気だったと見られる。しかし聴き放題制になったことで、より気軽に読者がコンテンツを選べるようになったのではないだろうか。

発表会で公開された「一番聴かれたオーディオブックタイトルTOP10 22年2月~7月」。ビジネス書に加え、小説が多くランクインしている
発表会で公開された「一番聴かれたオーディオブックタイトルTOP10 22年2月~7月」。ビジネス・自己啓発系のコンテンツに加え、小説が多くランクインしている

“音の出版社”としてのオーディブル

 「オーディブル立ち上げ時から、ずっとビジネス書に限らず幅広いジャンルのコンテンツをお客様に届けたいと思っていた」。サービス立ち上げ時からオーディブルに携わっているオーディブル シニア ディレクター コンテンツの宮川もとみ氏はそう語った。

 さらに、幅が広がったのは求められるジャンルだけではない。オーディブルカントリーマネージャーの逢阪志麻氏によると、目を休ませたいシニア層や英語の勉強をしたい学生など、以前より幅広い顧客層へ求められるようになってきたという。これも定額制への移行とジャンルの拡大が寄与していると考えられる。

今回の発表会見では、20~30代を中心に支持を集め、自身もヒット作『ボクたちはみんな大人になれなかった』をオーディオブックとして配信している作家、燃え殻氏のコメントも寄せられた
今回の発表会見では、20~30代を中心に支持を集め、自身もヒット作『ボクたちはみんな大人になれなかった』をオーディオブックとして配信している作家、燃え殻氏のコメントも寄せられた

 “聴く読書”であるオーディオブックにとどまらず、Podcastやラジオなどを含めた“耳活”サービス市場は年々拡大を続けている。その中で今までのオーディブルは、「音声化した本を配信するサービス」として成長を遂げてきた。しかしこれからはより幅広いコンテンツをつくり届ける“音の出版社”として、存在感を高めていくかもしれない。

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