※発売中の「ゲームエンタ! 東京ゲームショウ2022特別版」掲載記事をロングバージョンで掲載

メタバースのソフトウエア企業として「東京ゲームショウ2022」(以下、TGS2022)に初出展するのが、日本最大級のメタバースプラットフォーム「cluster」を運営するクラスターだ。手掛ける法人のバーチャルイベントは年間100件以上。一般向けにメタバース上の生活空間「ワールド」を数多く提供し、個人ユーザーも急増中だ。9月1日にはクリエーターが作ったデジタルアイテムを売買できる「ワールドクラフトストア」も開設し、メタバース上での経済圏を形成しつつある。代表取締役CEOの加藤直人氏に、TGS出展の狙いと展望を聞いた。

加藤直人(かとう・なおと)氏。1988年生まれ、大阪府出身。2015年にクラスターを起業。17年、メタバースプラットフォーム「cluster」をリリース。経済誌『Forbes JAPAN』の「世界を変える30歳未満30人の日本人」に選出。著書に『メタバース さよならアトムの時代』(集英社)写真/藤本和史
加藤直人(かとう・なおと)氏。1988年生まれ、大阪府出身。2015年にクラスターを起業。17年、メタバースプラットフォーム「cluster」をリリース。経済誌『Forbes JAPAN』の「世界を変える30歳未満30人の日本人」に選出。著書に『メタバース さよならアトムの時代』(集英社)写真/藤本和史

 「メタバース」というと、MMO(Massively Multiplayer Online、多数のユーザーが同時に参加するオンラインコンテンツのこと)だとか『あつまれ どうぶつの森』などを発想する人がまだまだ多かったりします。でも、ゲームと同じレイヤーで語られるのはちょっと違うんですね。僕が考えるメタバースは「時代の大きな流れ」。TGS2022出展を決めた背景には、メタバースが単なるゲームの1ジャンルではなく、大きな時代の流れの中に位置付けられることを知ってもらいたい、という思いがありました。

 2000年から20年までは、インターネットの中心は動画。YouTubeやTikTokなど、2Dのサービスがエンタテインメントをけん引する「インターネット×動画」の時代でした。それが次の20年から30年は、「インターネット×ゲーム」の時代になるし、既にそうなってきている。ここがメタバースという概念の本質じゃないかと感じてるんですね。

 インターネット×動画時代に、映画やテレビ放送からインターネット動画に変わってインタラクティブになった。その本質は「ロングテール」にあります。YouTubeに上がっている動画は、99%以上が再生回数2桁以下ですが、誰かにとっては面白いコンテンツなわけです。そしてこの箸にも棒にもかからないと考えられ切り捨てられていた99%が、巨大な「クリエーターエコシステム(経済圏)」を支える土台となっている。この現象が、これからゲーム業界で起こるのです。

 これまでゲーム業界では、ヒットを生み出すために大企業が巨額の開発費用やマーケティング費用をかけてゲームを作ってきました。それが、個人がアップした動画を見るのと同じような感覚で、友達が作った空間やアバターでわちゃわちゃ話したり遊んだりするほうが楽しいじゃん、という世界にどんどん変わっていくし、実際にその流れは加速していってます。

 背景には、いろいろな技術の発展があります。スマートフォンの普及で、今では地球上の人口80億人のうち50億人へのインターネット普及も見えてきました。スマートフォンの進化も高止まりしており、通信の5G(高速通信規格)は当たり前、データ通信量の上限やプロセッサーの性能も上がって、ゲームの体験がリッチになり、土台が整ってきている。ここからVR(仮想現実)、コンシューマー型AR(拡張現実)も出てくるでしょう。

 そこへ直撃したのが新型コロナウイルス禍です。物理的に移動しない、デジタル越しに会うなど、人々の意識が一気に変わりました。そういった時代背景のなかで生まれたのが今回のメタバースのブームです。

 コロナ禍の騒ぎも若干落ち着き、アフターコロナ一発目で迎えるのが今回のTGS。メタバースがすごく盛り上がっている今、単なるゲームの1ジャンルでなく、インターネットのような、人類の発展の大きな流れのものであるということをみんなに知ってもらいたい、その中でのクラスター社の活動を位置づけたいと考えています。

メタバース経済圏への第1歩「ワールドクラフトストア」

 その点も踏まえて、TGSでは「cluster」のサービスを知ってもらう以上に、メタバースのあり方をしっかり示したいと思います。目玉は、クリエーターがデジタルアイテムを作って売買できる新しいワールド「ワールドクラフトストア」。これを「cluster」内に開設します。デジタル経済のインフラとしてのメタバースのあり方を感じられるものとなるでしょう。

「cluster」上に開設された「ワールドクラフトストア」。トップ画面では、部屋や島といったロケーション丸ごとから、床板や植栽まで、クリエーターが作った様々なアイテムを販売
「cluster」上に開設された「ワールドクラフトストア」。トップ画面では、部屋や島といったロケーション丸ごとから、床板や植栽まで、クリエーターが作った様々なアイテムを販売

 根底にあるのはクリエーターファースト、「クリエーターエコシステム」です。誰もが自分の理想の世界を作ることができ、そこに経済圏が生まれる世界がメタバースだということをブースで展開していきます。

 もう1点、出展にあたって重視しているのが、ゲーム業界へのインパクトです。メタバースをゲームのなり損ないか、ウェブやスマホアプリのようなものだと思っている方がいたら、それは非常にもったいない。でも、そういった方々でも、何かしらの未来があるのではと感じているのではないでしょうか。

 メタバースを国の一大事業として育てるには、ゲーム業界の技術と人材だけでも、ウェブやスマホアプリのそれだけでもできません。この2つの業界が一緒になることが重要です。TGSでゲーム業界の方たちに、メタバースと呼ばれる領域がどういう思想を持っていて、ゲーム業界にどういうインパクトがあるのか、それがどういう未来があるのか、「これは真剣に考えないといけないな」と思えるようなものを示していきたいと思っています。

クリエーターエコシステムを実現する2つのアプリ

 「cluster」ではオリジナルのアバターを作れる「AvatarMaker」や、自分だけの空間が作れる「ワールドクラフト」機能をリリースしたことで、イベントがなくても毎日ワールドを利用する人が急増している。加藤氏は既に「パラダイムシフト」が起きていると感じている。

この1年で、「cluster」内の最も大きなアップデートだったのが、「ワールドクラフト」の登場。自分の住む世界を、アイテムを置くだけで構築できる。「ワールドクラフト自体が経済機能を内包しています。アイテムを作れるクリエーターは売買も可能ですし、そうでない人はアイテムを置いていくだけで楽しめます」(加藤氏)
この1年で、「cluster」内の最も大きなアップデートだったのが、「ワールドクラフト」の登場。自分の住む世界を、アイテムを置くだけで構築できる。「ワールドクラフト自体が経済機能を内包しています。アイテムを作れるクリエーターは売買も可能ですし、そうでない人はアイテムを置いていくだけで楽しめます」(加藤氏)
「AvatarMaker」は、「cluster」内の素材を基に自分だけのアバターを作ることができる
「AvatarMaker」は、「cluster」内の素材を基に自分だけのアバターを作ることができる

 20年から21年は、コロナ禍にバーチャル上で集まる文脈で興味を持っていただいていました。それがこの1年間は、その文脈が少なくなり、毎日普通に使う方がすごく増えていることが大きな変化です。アクティブユーザーはこの1年で5倍以上になりました。メタバースの哲学として、誰かが作った世界で仕方なく生きるところから「自分たちで世界を作ってしまおう」というパラダイムシフトが起きたと感じています。メタバースが「理想の世界」として、本当の生活空間に変わってきているのです。

 「cluster」の利用は新たな用途にも広がっています。参議院選挙前の22年6月には、自民党青年局がバーチャル上の演説会を開催しました。また、日本最大級のデジタル教育施設「REDEE(レディー)」と連携して、小学生の生徒さんがバーチャル上の生活空間を作ってもらう学習に、ワールドクラフトストアの機能を活用してもらっています。

7月の参議院選挙前に、自民党青年局がバーチャル上で演説、河野太郎氏らがアバターで登壇した。これもクラスターが制作したワールドだ
7月の参議院選挙前に、自民党青年局がバーチャル上で演説、河野太郎氏らがアバターで登壇した。これもクラスターが制作したワールドだ
日本最大級のデジタル教育施設「REDEE」との協業で、バーチャル上で小学生らが学べるカリキュラムを開発。22年4、5月の試運転イベントでは、ワールドクラフト上で数十人の子どもたちが、アイテムをゲームのようにポコポコ置きながら生活空間を作り上げた
日本最大級のデジタル教育施設「REDEE」との協業で、バーチャル上で小学生らが学べるカリキュラムを開発。22年4、5月の試運転イベントでは、ワールドクラフト上で数十人の子どもたちが、アイテムをゲームのようにポコポコ置きながら生活空間を作り上げた

 今、大事にしているのはクリーンな場所であることです。当初インターネットやゲームもですが、バズワードとしてのメタバースは、ややもすればダークでアングラなイメージを持たれますよね(笑)。アングラ感があるままだと全人類に使ってもらうのは難しいので、安心して使っていただけることを意識しています。人と人がバーチャル上で会う体験なので物理的な暴力は起きないものの、精神的なハラスメントはどうやってもゼロにはなりません。ガイドラインを示すとともに違反行為は取り締まり、結果も開示しています。安全な使い方をしてほしいというある種の願いを、いろいろな場所に込めていく必要があると考えています。

 メタバースには世界中どこからでも集まることができる利点がある。7月には北米に進出。スマートフォン向けゲーム『Fate/Grand Order』の北米地域向け英語版5周年を記念したスペシャルワールドが「cluster」に期間限定で開設された。加藤氏はクリエーターエコシステムを確立するとともに、グローバルに展開していくことを今後の展望に掲げている。

22年7月1日に「Fate/Grand Order」(北米地域向け英語版)のプレーヤー向けに5周年を祝うためのスペシャルワールドをオープン。専用アバターでワールドに入り、スト ーリーの「異聞帯」に登場した強敵たちを再現した「体験エリア」やサーヴァントたちの「宝具」を使ったシューティングゲームなども体験できるようにした ©TYPE-MOON / FGO PROJECT
22年7月1日に「Fate/Grand Order」(北米地域向け英語版)のプレーヤー向けに5周年を祝うためのスペシャルワールドをオープン。専用アバターでワールドに入り、スト ーリーの「異聞帯」に登場した強敵たちを再現した「体験エリア」やサーヴァントたちの「宝具」を使ったシューティングゲームなども体験できるようにした ©TYPE-MOON / FGO PROJECT

 土地に紐付かずに集まって体験できるのがメタバースのいいところです。ということは、根本的にグローバルなプロダクトが生み出されやすいマーケットということ。残念ながら、日本のインターネットサービスでグローバルで勝つことができているプラットフォームはありません。日本のゲーム業界は長い歴史もあり、豊富な人材もいます。日本が強みを持つゲームやマンガ、アニメなどが世界に打って出る際にメタバースを活用していただくことで、日本のメタバースを世界的に影響力のある産業にしていくことができると思っています。グローバルでの展開をこれからしっかり進めていきたいですね。

 最後に、加藤氏に、改めてゲームとメタバースの関係性と可能性について聞いた。

 メタバースについてはさまざまな捉え方や考え方があると思うんですが、『レディー・プレイヤー1』や『竜とそばかすの姫』にあったような、コンピューターグラフィックスの技術を使って我々の住む現実世界を作ってしまいそこで生活する、「夢の生活スタイル」だというコンセンサスは取れていると思うんです。

 そのCGを使って現実世界をシミュレートしようと頑張ってきた業界は、ウェブでもアプリでもなく、ゲーム業界なんですね。だからこそ、ゲームを中心にメタバース市場が爆進していくし、ここが震源地になる。

 平成の30年間、GDPは伸び悩み、産業でもAIで負けロボットで負けるなど、日本は経済的には残念な結果に終わっていました。でも、最後に残っている砦がメタバースだと思うんです。そして、その根底にある技術がゲーム。だから、TGSでメタバースを特集するのは、本当に意義のあることだと考えています。

 先日、やはり3年ぶりのリアル開催となりましたが、夏の『コミックマーケット(コミケ)』も大盛況でした。日本には「自分で作ろう」、お客さんではなく参加者であろうという、“クリエーターの精神”が根付いています。

 ゲーム業界は、技術的にはハードウエアが重要で、コンテンツも大手パブリッシャーさんがたくさんいらっしゃいます。でも、インターネットとメタバースの精神──誰でもクリエーターになれて、世界や自分自身を作ることができるというその哲学は、ソフトウエア的な思想がベースになっている。

 今、クラスターは国内のメタバースソフト会社で業界1位です。今年のTGSでは日本の将来を決める分水嶺となるという使命感を持って、ゲームとメタバースを掛け合わせた未来のビジョンを打ち出していければと思います。

(C) Cluster, Inc. All Rights Reserved.
▼関連リンク 日経クロストレンド「東京ゲームショウ2022特設サイト」 東京ゲームショウ2021公式サイト
(クリックすると「東京ゲームショウ2022」のホームページを表示します)
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