※発売中の「ゲームエンタ! 東京ゲームショウ2022特別版」掲載記事をロングバージョンで掲載
『少年ジャンプ』をはじめ、圧倒的なIP力を誇る集英社。その集英社が2022年2月、100%出資のゲーム会社「集英社ゲームズ」(東京・千代田)を設立した。執行役員 ゲーム制作統括に「勇者のくせになまいきだ。」シリーズやクリエイター発掘支援プログラム「PlayStation C.A.M.P!」の企画を手がけた元ソニー・インタラクティブエンタテインメントの山本正美氏を迎えるなど、その社名や役員構成からはゲーム業界に本格的に参入しようとする姿勢がうかがえる。
集英社はゲーム開発にかかわるクリエイターのためのコミュニティー「集英社ゲームクリエイターズCAMP」(以下、CAMP)を21年から運営。インディーゲームのイベントにも出展し、個人や少人数で活動するクリエイターに存在をアピールしてきた。CAMPを立ち上げた集英社ゲームズの執行役員・森通治氏は「CAMPでの手応えが新会社設立につながった。クリエイター支援型の小規模開発だけでなく、大作も手がけるパブリッシャーを目指す」と話す。森氏に集英社ゲームズの今後の展望を聞いた。
集英社ゲームズの役割は、ゲームパブリッシャーとして作品を商業的にヒットさせることです。そのために必要なサポートを行うわけですが、何が必要かはクリエイターによって違います。開発資金からゲーム内容に対するフィードバックまで、どんな相談でも受けられる体制を作らないといけない。出版社の知見だけでは足りないので、ゲーム業界での経験が豊富な人材を積極的にリクルートしています。
現在、CAMPには4500名以上が登録しています。企画当初は「1年間で1000人が登録してくれたらいい」くらいの計画だったのですが、リリース初日に登録者1000人を達成することができました。CAMPから生まれた企画の一部を、集英社ゲームズがパブリッシャーとなって発売する。コミュニティーとアウトプットの手段、両方を持っていることが特徴ですね。
ポートフォリオを公開・共有するCAMPの仕組み
もともと、CAMPではゲームコンテストを開催したかったんです。マンガでいうところの新人マンガ賞のようなことをしたかった。コンテストを通じて優れたクリエーターを発掘し、支援する機会を作り、一緒にゲームを制作していくことを通して事業化していくという計画です。
ゲームコンテストを定期的に開催するのなら、前回と今回とで応募者がどのくらい重複しているか、どんな人たちが応募し続けてくれているのかを知りたいですよね。かといって、応募フォームに毎回応募のための登録情報を入力してもらうのは参加者の負担が大きいですし、こちらも管理が大変です。そこで、応募フォームそのものをポートフォリオのような形式にできないだろうか、と考えました。
こうした背景があって、CAMPはゲーム開発にかかわるさまざまなジャンルのクリエイターがプロフィルを登録し、自身のスキルや実績を公開・共有できる仕組みになっています。公開されているポートフォリオを見れば、その人がどんなクリエイターか分かる、というわけです。
その後、ゲームコンテストの盛り上がりを見て追加したのが「募集」機能です。「プログラマー募集!」「イラストレーター募集!」といったように、ゲーム開発において必要なスキルを持ったメンバーを募集できる機能です。ポートフォリオと合わせて使うことで、ゲーム開発における仲間づくりを公募できるようになっています。募集機能を使いたくてCAMPに登録した、という人も増えてきています。
マンガ家にも大きなチャンス
クリエイターをサポートする方法は様々で、現在支援している作品ごとにアプローチは異なります。『ONI - 空と風の哀歌』では物語の作り方に悩んでいたので、マンガ編集者がキャラクターの関係性を整理することを提案したり、スムーズな物語の展開方法をアドバイスしたりしました。『浮世/Ukiyo』の場合は完全オリジナルのゲーム開発が初めてだったので、ゲームプロデューサーが素材の管理方法からシナリオまで、総合的にフィードバックしています。
なかには、ゲーム作りに慣れているクリエイターもいます。『ハテナの塔 -The Tower of Children-』で私たちが行ったのは、ベテランの開発チームと若手マンガ家を引き合わせることでした。当時は連載デビュー前でしたが、『ハテナの塔』でキャラクターデザインを経験した後に連載デビューが決定。集英社がゲームを手がけることで、マンガ家の仕事の幅も広がっています。
「売り方の工夫」も支援する
他の支援作品とは少し異なる支援の仕方として、既にリリースされたゲームのプラットフォーム拡張も進めています。『SOULVARS(ソウルヴァース)』は個人スタジオのginolabo(ジーノラボ)が開発し、2022年1月にスマホ向けゲームとして配信されたRPGです。AppStoreやGoogleプレイストアの有料RPGランキングでは最高1位を獲得した作品です。
そのginolaboのゲームセンスに集英社ゲームズがほれ込み、移植版の許諾をいただき、PCおよびコンソール版の開発を行っています。スマホ用の縦画面から横画面に変わるため、インタフェースの改修を行うほか、新たなプラットフォームに移植するにあたりこちらからは通常の宣伝企画だけではなく、キービジュアル制作の提案をさせていただきました。ゲーム内のキャラクターを有名マンガ家に依頼をして描き下ろしていただき、パッケージなどに展開していく予定です。こうした集英社グループだからこそできる「話題作り」「売り方」の面もしっかりサポートしていきます。
出版社ならではの施策も思案中
マンガと同じように、ゲームも多くの作品の中から見つけてもらう工夫が必要です。PC版なら配信プラットフォームである「Steam」のウィッシュリストに追加してもらうにはどうするか。宣伝や売り方といった点において、出版社だからできることはいろいろあると思っています。
例えば、最近ではゲームをダウンロードして遊ぶ人が増えて、説明書を読む機会が減りましたよね。この説明書の内容をショートマンガにして、設定資料とマンガを制作する、なんてこともできるかもしれません。
メディアミックスにはできる限りチャレンジしたいと思っています。出版社が母体となるとゲームのマンガ化、いわゆるコミカライズが注目されがちですが、コミカライズについては「できればいいな」程度に考えています。なぜなら、ゲーム作品のコミカライズは、一般的にはユーザーの体験価値が変わるため非常に難しいと考えています。
プレーヤーが自ら操作して楽しむゲームでは、とてもインタラクティブな体験ができます。一方のマンガは、読者の頭の中で様々な要素が補完される、余白のあるエンタメです。どちらがエンタメとして優れているというわけではないのですが、マンガからアニメ、アニメからゲームのように、その余白を埋めていくのがメディア化の力ですので、すでにかなりリッチな体験を作り上げているゲームを、余白を見せるような演出をするマンガにするのは、体験価値が大きく変わるのでなかなか難しいと考えています。CAMPのクリエーターからも質問や期待の声があるのは事実ですが、正直な意見を伝えています。
新規事業プロジェクトから3年で事業会社設立へ
およそ3年前に集英社の新規事業開発室(当時)の取り組みとしてスタートしたものが、ありがたいことに組織を拡大しないと案件に対応できないまでになり、事業会社としてスピンアウトすることになりました。集英社のマンガ作品をゲーム化するライセンス事業ではなく、新規事業としてゲーム市場に参入することに対しては議論もありましたが、先にCAMPをリリースさせていたので、市場からの需要があるのかどうかはしっかり確かめた上での挑戦です。
これまで発表してきた作品は個人・少人数のチームによって制作された小規模なゲームが中心ですが、今後は集英社らしい大規模な作品にも挑戦していきます。大作とクリエイター支援型の両方を手がけるパブリッシャーは少ないので、そこが強みになるかもしれません。目標は、数十億単位から始めて、将来的に集英社の売り上げを越えること。ゲーム業界の市場規模を考えれば、十分に狙える数字だと思っています。
▼関連リンク 日経クロストレンド「東京ゲームショウ2022特設サイト」 東京ゲームショウ2021公式サイト(クリックすると「東京ゲームショウ2022」のホームページを表示します)

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