中国の比亜迪(BYD)は2022年7月21日、自社製の電気自動車(EV)による日本の乗用車市場への参入を発表した。スタートは23年1月を予定しており、順次車種を拡大する考え。現時点では3車種の導入を公表している。米テスラなどの海外EVのように存在感を示せるかどうかが焦点だ。

発表会にはBYDの日本法人であるBYDジャパン劉学亮社長(写真左)と、BYD車の日本での販売と関連サービスを提供する子会社BYDオートジャパンの東福寺厚樹社長(同右)が登壇
発表会にはBYDの日本法人であるBYDジャパン劉学亮社長(写真左)と、BYD車の日本での販売と関連サービスを提供する子会社BYDオートジャパンの東福寺厚樹社長(同右)が登壇

EVバスでは既にシェア7割

 「中国の比亜迪(BYD)が日本の乗用車市場に参入する」と聞いても、すぐにイメージが湧く人は少ないかもしれない。そもそもBYDは1995年に中国のバッテリーメーカーとして設立され、2003年に中国国営自動車メーカーを買収することで、自動車ビジネスに参入したメーカーだ。その後、バッテリーメーカーという強みを生かし、電動車(電気自動車、EV)に積極的に取り組んだ。08年には自社製のPHEV(Plug-in Hybrid Electric Vehicle、いわゆるPHV)「F3DM」を発売。翌09年には、EV「e6」の量産を開始している。

 既存の自動車メーカーとの協業にも積極的で、10年にはメルセデス・ベンツを擁する独ダイムラー(現メルセデス・ベンツグループ)と、中国でのEVの共同開発を目的とした合弁会社を設立。20年にはトヨタ自動車と、同じく中国でのEVの研究開発を行う合弁会社を設立している。現在は世界70を超える国と地域で、BYDのEVやPHEVなどの“新エネルギー車”が走行しているという。

 BYDにとって乗用EVでの日本市場参入はこれからだが、既にEVバスでは販売実績がある。15年から納入を開始し、価格の安さを武器に、日本でのEVバスのシェアは約7割を獲得。実力は十分あるといえる。

 乗用EVの日本投入は、23年1月にミドルサイズのSUV(多目的スポーツ車)「ATTO3(アットスリー)」を発売するのを皮切りに、23年中ごろにはコンパクトハッチバック「Dolphin(ドルフィン)」を、23年下半期には上級セダン「SEAL(シール)」を発売し、合わせて3車種を展開するという。

23年に日本市場へ投入予定のBYDのEV3車種。左から「SEAL(シール)」「ATTO3(アットスリー)」「Dolphin(ドルフィン)」
23年に日本市場へ投入予定のBYDのEV3車種。左から「SEAL(シール)」「ATTO3(アットスリー)」「Dolphin(ドルフィン)」

安全で実用的、手の届きやすいEVに

 第1弾となるATTO3は、世界戦略車に位置付けられるBYDの新世代モデル。ボディーサイズは全長4455×全幅1875×全高1615ミリメートルと、日本車でいえばトヨタのSUV「カローラ クロス」と全長は同等だが、幅はやや広め。搭載する電気モーターの出力は150キロワット、最大トルクは310ニュートンメートルで前輪駆動車だ。58.56キロワット時のリチウムイオン電池を搭載し、航続距離は世界統一試験サイクル(WLTC)モードで485キロメートル(BYD調べ)と公表されている。スポーティーかつシャープな外装デザインと個性的なインテリアを備えており、そのモチーフはスポーツジムとのこと。日本市場向けに右ハンドル車を投入する予定。現時点では価格や装備といった詳細は明かしておらず、22年秋には公表するという。

ミドルクラスのSUV、「ATTO 3」
ミドルクラスのSUV、「ATTO 3」
ATTO3の乗車定員は5人、ラゲッジスペースは440リットルという
ATTO3の乗車定員は5人、ラゲッジスペースは440リットルという
センターディスプレーは90度の回転式となっており、縦画面と横画面が切り替えられるなどスマホ的
センターディスプレーは90度の回転式となっており、縦画面と横画面が切り替えられるなどスマホ的

 発表会に登壇したBYDの日本法人であるBYDジャパンの劉学亮社長は、バッテリーメーカーとしての長年の実績に加え、05年に日本法人を設立して以来、既にバッテリー事業では日本の企業と取引を行ってきたことや、自動車メーカーではトヨタなどとの協業も開始したことを説明。また自動車製造に欠かせないBYD車用の金型製作を日本国内で行っていることなども説明し、日本のメーカーから信頼を得てきていると強調した。もちろん、日本におけるEVバスのシェアの高さもアピールし、今後は日本でのカーボンニュートラル政策を後押しすべく、安全で実用的、手の届きやすいEVを提供したいとした。

BYDジャパンの劉社長は「日本でのカーボンニュートラル政策を後押しすべく、安全で実用的、手の届きやすいEVを提供したい」と話した
BYDジャパンの劉社長は「日本でのカーボンニュートラル政策を後押しすべく、安全で実用的、手の届きやすいEVを提供したい」と話した

VW販売元社長を販売子会社社長に

 現在、EVに特化した米テスラや現代自動車はオンライン販売のみの展開だが、BYDは従来型の店舗販売を行う。25年までに全国100店舗の販売拠点を整備する計画だ。EV展開にも積極的な輸入高級車である独アウディの日本の販売店数が現在125店舗であることを考えれば、かなりの規模といえるだろう。

 さらにBYD車の日本での販売と関連サービスを提供する子会社、BYDオートジャパンを設立。東福寺厚樹氏が社長に就任した。同氏はこれまで三菱自動車やフォルクスワーゲン(VW)グループジャパンに在籍し、直近はVWグループジャパン直営ディーラーネットワークであるVWジャパン販売の社長を務めるなど、自動車販売のプロである。

 東福寺氏によれば、当初はEVの他メーカーのようにオンライン販売を基本とし、全国に提携サービス工場を用意することで、初年度は500台程度を販売し、小さく産んで大きく育てていくことを提案したという。しかし、BYDは既に20年以上も日本でビジネスをしてきた経験がある。「ダメなら撤退」という守りの戦略ではなく、ある程度の規模を持って継続販売を行い、しっかり収益の上がるビジネスとして展開するよう求めてきた。それならばと、東福寺氏は顧客に見て触れてもらったうえでプロの営業担当者が十分説明できる体制が重要と判断し、店舗展開計画を立てたという。

BYDオートジャパンの東福寺社長。自動車販売のプロとしての手腕が期待される
BYDオートジャパンの東福寺社長。自動車販売のプロとしての手腕が期待される

 ただし販売店は直営ではなく、全国各地の地場の販売店が担う。そうなると、BYDに商機を感じてディーラー契約を結んだ販売店は、設置コストに加え、セールスやメンテンナンスの人材の確保といった大きな投資が必要になる。このため、メインは各地でさまざまなブランドと契約している「メガディーラー」と呼ばれる大規模な自動車販売店になる見込みだ。実際、いくつかのメガディーラーとの交渉が進んでいるという。とはいえ、現時点では年間新車販売台数の1%程度にすぎないEVの、しかも新興ブランドの将来性に賭けて投資するのは、難しい判断になるだろう。

海外では430万円程度だが……

 いずれにしても、一般ユーザーにとって最大の注目点は価格だが、前述のように現在のところ非公表。発表会では中国での価格さえ教えてもらえないほど、慎重な話題として扱われていた。

 「手の届くEV」とはいうものの、値段の想定は難しい。同じ右ハンドル仕様であるATTO3を発表済みのオーストラリアでの価格は、約4万5000豪ドル。日本円で約430万円となるが、装備内容などが明らかにされていない現時点では、“値ごろ感”を判定するには22年秋まで待つよりなさそうだ。BYDのブランド戦略についても、モデルごとに変化していくとし、身近なブランドとするかどうかも明らかにしなかった。

 BYDが日本の乗用車市場に本格参入する意気込みは伝わった。しかし、高額商品の自動車だけに、勢いのある「中国発のブランド」だからと飛びつく人は少ないだろう。成功のためには、信頼性だけでなく価格も重要なキーとなるが、高級車のように1台当たりの利益が大きいとは考えにくく、販売店は努力に加え、体力も求められる。もちろん、日本でBYDのEVが受け入れられれば、短期間での販売ネットワーク構築は、飛躍の大きな一歩となるに違いない。オンライン販売となるテスラや現代自動車に対し、リアルの店舗網を武器に日本で存在感を示せるかどうかが鍵となるが、まずはサービスや信頼を重視した少数販売でスタートし、じっくり足場を固めていく必要があるだろう。

(撮影/大音安弘)

2
この記事をいいね!する