2021年7月に設立したオトモア(東京・千代田)は、テレビの音を離れた場所で聞こえるようにするスピーカー「快テレ君」や集音器「femimi(フェミミ)」シリーズといった“聞こえ”を補助する機器を製造する企業だ。高齢化で拡大が見込まれるものの、まだ注目度の低い分野で勝負を懸ける。
オトモアは、テレビの音を離れた場所で聞こえるようにするスピーカー「快テレ君」や集音器「femimi」シリーズといった“聞こえ”を補助する機器のメーカーだ。2022年7月には音声が約100メートル離れた場所まで届き、複数台のスピーカーに配信可能な新製品「快テレ君 VS-T300」(以下、VS-T300)を発売した。狙っているのは、高齢者人口の増加により拡大が見込まれる“聞こえ”市場だ。
オトモアは、オンキヨーホームエンターテイメントでヘッドホンやイヤホン、聞こえ補助製品を開発していたDigital Life事業部と、その子会社のオンキヨーサウンドでAI/IoT関連製品を開発していた事業部から、事業を譲渡される形でできた会社だ。設立は21年7月で、22年5月にオンキヨーホームエンターテイメントが自己破産を申請するより前になる。ルーツはパイオニアで、社員の多くがパイオニア出身者。快テレ君やfemimiの開発・企画・販売等に携わってきたメンバーも多い。快テレ君やfemimiも元はパイオニアの商標で、22年5月1日付で使用権を取得した。
主な事業は2つ。快テレ君シリーズやfemimiシリーズといった、聞こえを補助する製品の開発・販売と、それらにAI(人工知能)を組み合わせたサービスを提供するBtoB事業だ。オンキヨーホームエンターテイメントからは、米プレミアムオーディオカンパニーが「オンキヨー」「インテグラ」「パイオニア」ブランドのHome AV事業を引き継いだ。聞こえ補助製品についてはオトモアが、ブランドの使用許諾という形で引き継いだことになる。
▼関連記事 新生オンキヨーが新製品 拡大見込むホームシアター市場狙う同社によると、オンキヨーから独立して新会社を設立するに当たっては、イヤホンなど幅広い層からのニーズが見込める製品での事業展開も検討したという。だが、こうした製品は競合が多く、市場も飽和状態。ニッチながら市場の成長性が見込め、社員の専門分野も生かせる聞こえ補助製品を新会社の核に据えた。
100メートル届くお手元スピーカー
オトモアの「快テレ君 VS-T300」は、テレビの音声出力に接続する送信機と、その音を流す受信機(スピーカー)から成る。耳の聞こえが悪い、あるいは周囲の物音が大きいなどの理由でテレビの音声が聞き取りづらいとき、このスピーカーを手元に置くことで聞き取りやすくなる。
こうした製品は“お手元スピーカー”と呼ばれる。オトモアによると、お手元スピーカーの市場規模は年間約30万台、金額ベースにすると約13億円で、年々成長を続けている。ソニーやパナソニックといった大手のほか、最近ではサウンドファン(東京・台東)の「ミライスピーカー」が話題になるなど、多くのメーカーからさまざまな製品が発売されている。
その中でVS-T300の特徴は、DECT方式と呼ばれる1.9GHz帯の無線方式を採用していること。音声が最大100メートル先まで届くほか、電子レンジやWi-Fiなどに使われている2.4GHz帯と異なるため、電波干渉を受けにくく、電子レンジを使うと混信して聞こえなくなるといったトラブルが少ない。遅延が少ないためテレビ映像と音声のずれも感じにくい。高齢者はもちろん、テレビを見ながらキッチンで料理をするような“ながら聴き”需要も狙った製品だ。
もう1つの特徴は複数台接続可能なことで、送信機から最大10台の受信機に接続して音声を配信できる。複数購入すれば、1台はテレビの前にいる人の手元に、別の1台はキッチンで家事をしている人の手元に、さらに別の1台は隣の和室にいる人の手元に置いて、それぞれテレビの音声を聞くといった使い方ができる。家庭だけでなく、病院や介護施設で1カ所からの音声を複数のテーブルやベッドに届けるといった、BtoB市場での需要も狙う。
受信機は片手で楽に持ち運べるサイズと軽さで、大きいボリュームノブとシンプルなボタン配置で直観的に操作できる。人の声の帯域を強調して聞き取りやすくする機能も備える。実勢価格は1万9800円前後(税込み、以下同)だ。
高齢者の聞こえ市場に商機
オトモアのもう1つの新製品が、22年8月下旬に発売するポケット型デジタル集音器「femimi VR-M700」(以下、VR-M700)だ。人の声を中心に音声を最大125倍まで増幅するのが特徴で、聞こえを補助する能力の目安となる最大音響利得が42デシベルと高い。耳障りなハウリングを抑える機能や、突然の大きな音を抑えて耳を保護する自動音量調節機能も備える。電源ボタンとボリュームダイヤルのみで操作は分かりやすく、クリップやストラップホールがあるので、ポケットに付けたり首からかけたりして利用できる。
こちらもメイン顧客は高齢者だ。少子高齢化の影響で総人口に対する65歳以上人口の割合は増え続けており、30年には3人に1人が65歳以上の高齢者になる。日本補聴器工業会の「JapanTrak 2018 調査報告」によると、聴力が落ちて聞こえに問題を抱える人は65歳前後から急激に増加する。65~74歳の18%、74歳以上の43.7%が難聴またはおそらく難聴だと思っているという。
にもかかわらず、聞こえ対策をしていない人は多い。例えば補聴器の利用率は低く、65歳以上の難聴者の補聴器所有率は17.1%にとどまる。医療機器である補聴器は価格が高く、また医師による診断や処方箋が必要であり、購入後もその人の聞こえに合わせて調整していく必要があるなど、補聴器の必要性を認知してから実際に所有して使えるようになるまでのハードルが高いことが要因と考えられる。
オトモア セールス&マーケティング部の佐藤誠部長は「補聴器は価格が高い。高齢者にとって、聞こえが悪い状態で外出して病院や役所に通ったり、医師とコミュニケーションを取ったりするのは大変だ。集音器は補聴器の入り口になる」と語る。
VR-M700は補聴器ではないが、ハードウエア的にはほぼ同じ機構を備えている。使う人に合わせて細かく調整したりはできないが、AV機器扱いなので補聴器より価格は安く、処方箋なども必要ない。高齢者は、まずこうした集音器を使うことで、聞こえが改善できることを実感できる。聞こえがある程度改善されることで外出しやすくなり、医師とのコミュニケーションが取りやすくなる。集音器を使ったときに聞こえがどう変化したのか説明しやすくなれば、補聴器についての相談などがしやすくなる。
家族の「気づき」が得られるか
オトモアは、医療機器である補聴器の販売も検討している。理想は、聞こえが悪くなってきたら、お手元スピーカーでテレビの音声を聞き取りやすくし、外出時や周囲の家族と会話するときなどには集音器を使い、症状の進行に応じて本格的な補聴器を導入する、といった流れだ。
「補聴器を使うようになる前の段階で対応できていない人が大勢いる。そうした人たちに、まず集音器を使ってもらうことで、生活のクオリティーを上げてもらえるのではないか」と佐藤氏。
製品を認知して使ってもらうために必要なのは、周囲の人たちの“気づき”だ。聞こえは徐々に悪くなっていくことが多いため、本人が気づかないことがあるのだ。
例えば高齢者だけで暮らしている場合、聞こえが悪いためにテレビのボリュームをかなり上げていても、そのことに気づかないことがある。子供が帰省したときに、高齢の両親が大音量でテレビを視聴していることに驚き、お手元スピーカーをプレゼントすることがあるという。また、人の話が聞き取りづらくなると聞き返すことが増えたり、周囲が自分のうわさ話をしているように感じられて疑心暗鬼になったりすることもある。
聞こえの悪化に伴うこうした変化に周囲の人たちが気づくことが、聞こえを補助する製品の導入につながる。高齢者だけでなく、その家族にお手元スピーカーや集音器の存在と効果をアピールできるかが、販売を伸ばすカギになりそうだ。
(写真提供/オトモア)