年々縮小していくビール市場でどう業績を回復させるかーー。ビール業界の大手各社が2022年10月から値上げを発表する中、キリンビールはクラフトビールに活路を見いだす。22年8月から、新しいクラフトビールを発売して新規層を取り込む狙いだ。高価格帯のビールを入り口にした戦略とは。
既存ブランドだけでは厳しい状況に
「新型コロナウイルス禍が明けても、ビール市場が少しずつ縮小していくのは間違いない。そういった中で、既存の主力ブランドだけで事業の持続的な成長を実現するのは相当難しい」
ビール業界への危機感をあらわにするのは、キリンビール 事業創造部部長の佐藤勇氏だ。
若年層のビール離れ、他ジャンルへの流出、コロナ禍による業務用への打撃……。要因は多々あれど、ビール市場は苦境が続いている。市場全体の規模は2005年から17年連続で縮小。21年のビール業界の大手4社(アサヒ、キリン、サッポロ、サントリー)の販売実績も、各社前年を下回る結果となった。それに拍車をかけかねないのが、値上げによる消費の減速だ。大手4社とも22年10月からビール類をはじめとする酒類の値上げを発表している。
今後も、ビール業界は我慢を強いられる状況が続きそうだ。そんな中キリンビールは、クラフトビールで業績回復を狙う。21年3月にクラフトビール第1弾として発売した「スプリングバレー 豊潤<496>」に続き、22年8月には第2弾となる「スプリングバレー シルクエール<白>」を展開。ともに350ミリリットル缶は希望小売価格273円(税込み)と、基幹ブランドよりも数十円高い「スプリングバレー」ブランドで勝負に出る。
キリンが高価格帯のクラフトビールに注力するのは、豊潤<496>の売り上げが好調だったからだ。同社調べによれば、21年国内のクラフトビールの販売規模は6万キロリットル強と、20年から約1.6倍に成長。この国内市場での増分の約8割を、豊潤<496>が占める結果となった。21年の豊潤<496>の年間販売数は約140万ケースと、販売目標の160万ケースには届かなかったものの、国内のクラフトビール市場をけん引する存在感を示した(販売数は大びん633ミリリットル×20本換算)。
「現在は消費が二極化している。直近の物価高による節約志向がある一方、家庭の生活をもっと充実させようと、少し高くても良いものを買いたいというユーザーも多い」。豊潤<496>がヒットした要因を、佐藤氏はこう語る。
20年から続くコロナ禍により、自宅での飲酒時間が増加し、量より質を求めるユーザーが増加。こうした時勢の変化も後押しし、多少値が張ってもこだわりのあるビールが受け入れられやすい土壌となった。かつてクラフトビールといえば、バーでお酒好きが飲むというイメージがあったものの、現在では市民権を獲得しつつある状況だ。その上で、「クラフトビールの市場は現在拡大しつつあり、この先まだまだ伸び続けていくだろう」という見方を示した。
国内クラフトビール市場の成長をけん引
そこでキリンは、飲みやすいといわれる白ビールのシルクエール<白>で、新規層を狙う作戦に出る。
一般的に白ビールとは、小麦を高い割合で使用したビールのことで、有名なものにはベルギーの「ヒューガルデン」などが挙げられる。小麦を多く使用することで、麦芽らしい味や香りが薄れ、非常にすっきりした仕上がりに。また、たんぱく質由来のきめ細かい泡や、白ワインをほうふつとさせるようなフルーティーな香りが立ち上がる。苦味がしっかりとしたラガータイプの豊潤<496>に対して、柔らかい口当たりで癖のないシルクエール<白>を投入することで、クラフトビールへのハードルを低くする作戦だ。
「シルクエール<白>は、クラフトビールを特別なものにしたくないという考えで商品開発を行った。クラフトビールらしい特徴がしっかり感じられつつ、飲み飽きない良さもある。幅広い食事との相性も良く、違和感なく飲みやすいので、クラフトビールをあまり飲んだことがないユーザーや、そもそもビールをそこまで飲まない方にも手に取ってもらいたい」(佐藤氏)
こうした新ジャンルの育成で、キリンビールはビール事業の持続的な成長を期待する。またキリンビールは自社にとどまらず、「国内のクラフトビールの市場構成比も上げていく」と強気な姿勢を見せる。21年のクラフトビールの市場構成比は、ビール全体市場の約1.5%だが、27年には4%強にまで拡大していくと発表。国内クラフトビール市場でイニシアチブを取り、市場全体を活性化させていく算段だ。
「22年4月からホームタップ(家庭用レンタルビールサーバー)で、ヤッホーブルーイング(長野県軽井沢町)やファーイーストブルーイング(山梨県小菅村)といった他社の商品も取り扱い、クラフトビールの市場を大きくしていく。当社は日本産のホップの約70%を購入しており、そうした観点からも全てのステークホルダーの皆さんと市場を豊かにしていき、クラフトビールのカテゴリーを伸ばしていく」(佐藤氏)
強気な目標設定にも裏付けはある。キリンビール調べでは、米国のビール市場全体におけるクラフトビールの構成比は1960年代から約30年間、約1%だった。しかし現在は、金額ベースでビール市場全体の2割強までに成長している。日本でクラフトビールが誕生したのは94年と、その歴史は30年にも満たない。米国のクラフトビール市場の成長曲線を見る限り、日本のクラフトビール市場はまだまだ成長するポテンシャルを秘めているというわけだ。
国内のクラフトビール市場は熟していないからこそ、そのぶん商機も大きい。だからこそキリンビールは、飲みやすいシルクエール<白>で新規層の獲得を狙うわけだ。
販売数量の目標は前年比5割増
キリンビールのクラフトビールに対する戦略は、新商品の投入だけではない。クラフトビール事業全体で、一度流入した新規層を逃さない戦略を敷く。
その肝となるのが、ユーザーとの接点を多角的にしたことだ。スプリングバレーブランドは、量販店や飲食店に加えて、ホームタップの3本柱でユーザーに展開している。このホームタップでの展開が大きい。
佐藤氏によれば、ホームタップのユーザーの50%が、クラフトビールを飲む機会が増えたと回答。また半数以上が、ホームタップでスプリングバレーの豊潤<496>を飲み、そこから缶商品を購入したそうだ。販売するチャネルを増やすことで、それぞれのシーンの間で、ユーザーが回遊する環境を整え、ブランドの飲用機会を増やす。ライトな層にもリピートしてもらえるような仕組みを敷いたわけだ。
「スプリングバレーは1回飲んだことがあるユーザーからとても評判が高い。一度飲んでから繰り返し飲用するユーザーが35%もおり、他のブランドよりも高い数値といえる。そういった意味でも、飲用機会や認知を拡大していくだけではなく、直営店や飲食店でスプリングバレーの良さを感じてもらうことも重要になっていく」と佐藤氏。今後は、広告や大規模サンプリングによるブランド認知、飲用体験の向上、店頭活動など、ユーザーを引き込むアプローチを抜け目なく行う予定だ。
「(キリンラガーや一番搾りなどの)主力ブランドと、スプリングバレーブランドをはじめとした新しい取り組み、この2つに投資を集中させて、継続的な成長を目指していく」(佐藤氏)。22年の販売数量の目標を、シルクエール<白>単体で約50万ケース、スプリングバレーブランド合計で前年比5割増となる約210万ケースと設定した。