ショールーミング型の“売らない店”に適した立地は「駅ナカ」ではないか? こんな仮説を検証するため、JR東日本と大日本印刷がJR上野駅で実証実験を続けている。接客中の会話をデータ化してマーケティングに生かすなど、データ取得に一歩踏み込んだ戦略に迫った。

JR東日本の上野駅構内で実証実験中の「&found(アンドファウンド)」
JR東日本の上野駅構内で実証実験中の「&found(アンドファウンド)」
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 JR東日本の上野駅構内に、トースターやコーヒーメーカー、ドライヤーといった家電用品が置かれた店舗がオープンした。小規模な家電量販店のようにも見えるが、商品に値札はなく、購入はできない。近年、開店が相次ぐショールーミング型の“売らない店”が駅ナカに登場したのだ。

 店の名前は「&found(アンドファウンド)」。駅ナカの商業施設を運営するJR東日本クロスステーション デベロップメントカンパニー(以下、JRC)と大日本印刷(以下、DNP)が協業し、実証実験として2022年7月15日にオープンした。期間は8月14日まで。JRCが持つ駅ナカのロケーションに、DNPが推し進める次世代型店舗づくりの技術を組み合わせた。

 店内には50点以上の商品が並び、いずれの商品もレンタルの対象。つまりレンタル業態だ。一部はその場で貸し出し手続きをして持ち帰ることもできる。フィットネスや美容、AV機器などの家電を中心に、実勢価格が4万5760円(税込み、以下同)のダイソンの「Dyson Supersonic Ionicヘアドライヤー」や、3万3000円のソニーのワイヤレスノイズキャンセリングステレオヘッドセット「 WF-1000XM4」といった商品をラインアップした。高額で購入するのは二の足を踏むという商品を試してみるのに適している。

店内にはレンタル品が並ぶ。一部購入できる商品の設置も考えたが、消費者が混乱する可能性を考え、レンタルのみとした
店内にはレンタル品が並ぶ。一部購入できる商品の設置も考えたが、消費者が混乱する可能性を考え、レンタルのみとした
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 レンタルするには、ピーステックラボ(東京・渋谷)が運営する貸し借りアプリ「Alice.style(アリススタイル)」に会員登録する。アリススタイルはサブスクリプションサービスで月額2980円。アプリ内には、アンドファウンドに置いていない商品を含め300点以上が並ぶ。いずれも利用期間に制限はなく、好きなタイミングで商品を返却したり、別の商品を借りたりできる。往復にかかる送料は無料だ。アプリを介すことで、その場ではレンタル契約に踏み切らなくても、家に帰ってからじっくり考え、使いたいと思ったときに申し込めるのも来店客にとっては利点だ。

アリススタイルの画面。アプリ内では300点以上の商品から選べる。右はソニーのワイヤレスノイズキャンセリングステレオヘッドセットのレンタル画面
アリススタイルの画面。アプリ内では300点以上の商品から選べる。左はソニーのワイヤレスノイズキャンセリングステレオヘッドセットのレンタル画面
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 一方で、出店する企業にとっては、商品自体のプロモーション効果だけでなく、マーケティングに活用できるデータが取得できる点が魅力だ。同店では、店内に設置したカメラの映像やビーコンを活用し、「来店者数」「性別」「年代」「商品の前を通り過ぎた人の数」といった定量的なデータを分析している。

店頭にはタブレット端末があり、そのカメラを使用して「来店者数」「性別」「年代」などを分析する
店頭にはタブレット端末があり、そのカメラを使用して「来店者数」「性別」「年代」などを分析する
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 加えて、店員と来店客の会話をテキストデータ化した定性的なデータも取得する。具体的には、店員の胸元に付いたマイクで店員と来店客の会話を録音。接客後に、店員のスマホにインストールした専用のアプリを通じて、クラウド上にデータをアップロードすると、自動的にテキスト化される。店員には「接客した商品のカテゴリー」、来店客の「性別」「年代」「衝動来店か目的来店か」などを判断し、専用アプリにタップして入力してもらうことで、テキストデータと合わせ、接客した人の解像度をさらに高めている。

 これら2つの方向から来店客の反応を収集し、マーケティングデータとして各企業にフィードバックできるのが強みだ。もちろん店頭には「当店では音声データを取得しています」と掲示し、データは個人が特定できないよう処理を加えた形で利用するという。

接客中の会話はマイクで録音。クラウド上でテキストデータ化される
接客中の会話はマイクで録音。クラウド上でテキストデータ化される
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店頭には「当店では音声データを取得しています」と掲示がある
店頭には「当店では音声データを取得しています」と掲示がある
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 DNP情報イノベーション事業部の村松孝弘氏は、2つのうち「企業がより求めるのは定性的なデータ」と言う。売らない店というジャンルをけん引するベータ・ジャパン(東京・千代田)の体験型店舗「b8ta」でも定量的なデータの収集は進んでおり、後発組のDNPとしては、定性的なデータが同社の売りと見ている。なぜなら、来店客から引き出しにくい「なぜ購買に踏み切れないのかを示すデータこそ価値がある」と考えるからだ。例えば、商品の価格が高いからなのか、他に悩んでいる具体的な商品があるからなのか、接客がよくなかったのか。そういった、店側にとってネガティブな質問への回答も会話の中から拾い出していく。

 また、同事業部の岩井美樹氏は、「駅ナカで取れたデータから、8割以上が衝動来店であることが分かっている。たまたま通りかかり、イベントスペースをよく見る人が来店される傾向が高い」と明かす。こうしたデータは、今後の駅ナカ店舗の出店計画の策定やマーケティングに生かせると見る。

上野駅を選んだのは、客層ががらっと変わるため

 今回のコラボの背景には、JRCの鉄道関連事業への強い危機感があった。人口減少、働き方の変化、自動運転技術の実用化などにより、鉄道による移動ニーズが縮小するのではないか。そんな危機感が新型コロナウイルス禍で一層強まり、「新しいビジネスを模索しなければと考えていた」(JRC新事業戦略室の播田行博氏)。

 メーカー向けの販促支援を行ってきたDNPも別の課題を抱えていた。小売りや流通業界でDX(デジタルトランスフォーメーション)化が進む中、DNPは19年からはショールーミング型店舗の実証実験に取り組んでいたが、そうした店舗には、情報感度の高いイノベーターやアーリーアダプターと呼ばれる層が目的を持って買いに来るケースが大半で、マジョリティー層はほどんと来ない。幅広い一般消費者に向けた商品を開発したい企業にとっては適切なデータが得られるとはいえなかったのだ。「より一般的な人に来てもらったほうが出店者にとって価値あるデータになる」(村松氏)と考え、適切な出店場所を検討していた。

 両社の思惑が一致したのが、駅ナカにショールーミング型店舗を設けること。駅ナカは通勤や通学の途中にあり、年代や生活動態が異なる多様な人が行き交う場だ。毎日同じ道を通るうちに、衝動的に店舗に入りたくなると考えた。「何回も商品に触れるうちに、本当に必要な商品であることが実感できることもあるだろう。駅ナカの店舗は効果検証に適しており、中でもレンタル事業との相性がよいのではないか」と両社は仮説を立てた。

 上野駅を選んだのは2つの理由がある。1つは、JR東日本が21年に発表した、駅空間の新しい可能性を探る「Beyond Stations構想」のモデル駅だったため。秋葉原駅、八王子駅とともに選出され、駅を交通の拠点としてだけでなく、ヒト・モノ・コトがつながる「暮らしのプラットフォーム」に変換する。そのイメージと、アンドファウンドが重なった。

 もう1つは、日によって客層が完全に入れ替わるため。「上野駅は、平日は通勤客がほとんどだが、休日になると上野公園などに出かける観光客がメインになる。平日と休日で客層ががらっと変わってデータが取りやすいため、上野駅が最適だった」(JRC播田氏)。DNPにとっても、「データ提供の強みになる」というわけだ。

22年度中に、東京駅でも実証実験を開始

 今後は上野駅での知見を生かし、別の駅にも横展開して検証を続けていくという。22年度中には、2店舗目として東京駅で実験を行う予定だ。「上野駅ほど平日と休日の客層に変化はないため正確なデータとならない可能性はあるが、今はデータを取ることを優先し、将来的には駅ソトへの拡大を目指したい」(JRC播田氏)。

 商品を購入するとき、実物を何度も試してから判断する人は多いだろう。そこに目を付け、通勤・通学で何回も通る駅ナカにショールーミング型店舗を設けるのは理にかなっているといえる。上野駅でその効果が立証されれば、駅ナカビジネスに新たな可能性が生まれるだろう。