ソニーがPCゲーミング市場への参入を宣言した。新たなブランド「INZONE(インゾーン)」を立ち上げ、最初の商品として液晶モニターとヘッドセットを2022年7月8日に発売した。ソニーが21年10月に新設したゲームビジネス推進室の北島行啓室長にインゾーンのマーケティング戦略を聞いた。
ソニー初、PCゲーミングに特化
ソニーのゲーム事業といえば、グループ会社であるソニー・インタラクティブエンタテインメントによるゲーム機「PlayStation」(PS)シリーズやPS向けゲームソフトが既に成功を収めている。
それにもかかわらず、ソニーから新たなブランドを送り出す理由は、ソニーがオーディオビジュアルの領域で培ってきた画質・音質の先端技術を突破口として、近年若年層を中心に、成長著しいPCゲーミング市場においても独自のポジションを築くためだ。
▼関連記事 ソニー、PCゲーム周辺機器に新ブランド「INZONE」で参入インゾーンのコアターゲットは、「戦いに『勝利』を渇望する本気のPCゲーマー」だ。「暗闇に隠れる標的や障害物までもが“見える”再現力を備えるモニター、背後から迫る敵の足音の正確な方向まで聞き取れるヘッドセットにより、ゲーム空間への没入感、あるいは対戦ゲームにおける勝利に差が付く体験をすべてのゲーマーに届けること」が、インゾーンの差別化要素につながると北島氏が説く。
納得の「勝てる」高画質・高音質
第1弾製品としてラインアップしたのは5製品。そのうち、ゲーミングモニター「INZONE M9」(実勢価格15万4000円前後)、ゲーミングヘッドセット「INZONE H9」(同3万6000円前後)、「INZONE H7」(同2万9000円前後)、「INZONE H3」(同1万2000円前後)は2022年7月8日に発売。ゲーミングモニターの「INZONE M3」は年内発売予定だ。
筆者は22年7月8日に発売した4K/HDR対応モニター「INZONE M9」をソニーの視聴室で体験した。従来の液晶モニターで見ると“黒つぶれ”しがちな映像の暗部も、本機ではあらわになる。
HDRに対応しているため、映像の明暗部の階調表現力がとても高い。前述の暗部だけでなく、キャラクターのコスチュームの装飾などもディテールがよく分かる。グラフィックスを細部まで描き込んだクリエイターの努力が報われそうだ。映像の明暗がつくり出す立体的な奥行き感もまたリアルで、「目で見るゲームの世界」に引き込まれた。
ゲーミングヘッドセットの上位モデル「INZONE H9」も試聴した。こちらはノイズキャンセリング機能を搭載するワイヤレスヘッドセットで、高級オーディオヘッドホンとはひと味違い、ゲームコンテンツに含まれる効果音のディテール、定位感を精緻に描く。
ソニーのWindows PC用ソフトウエア「360 Spatial Sound for Gaming」によるセッティングを済ませると、元のゲームコンテンツに含まれている最大7.1chまでのサラウンド音声が仮想立体化処理により鮮やかによみがえる。FPS(ファースト・パーソン・シューター)などでは、迫ってくる敵の足音のようなわずかな音から周囲の状況を把握、判断することが勝敗を左右する。そうしたゲームを勝ち抜くために必要な情報量に圧倒的な差が出ることを実感できた。
ソニーの技術が体験価値の差をつくり出す
北島氏は「ゲーミング用の高画質モニターと高音質ヘッドセットを両方ともに自社で設計・開発して、画音一体の高品位な没入体験を提案できるのはソニーだけ」と胸を張る。
具体的には4Kテレビの「ブラビア」上位機が培ってきたパネルの制御技術が、INZONE M9の繊細な画づくりに生きているという。ゲーミングPCをはじめ様々な機器と接続できる豊富な接続端子、モニターの詳細設定をスムーズにできるGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)も備えた。ゲーマーが「勝つこと」に集中できるようシンプルな使い勝手にこだわったそうだ。
ヘッドセットの強みは、ゲーミング体験の向上に特化した音づくりと、立体音楽体験を引き出すチューニングのノウハウを自社のオーディオ部門の開発部隊と共有できることだ。上位のINZONE H9はヘッドホン「1000Xシリーズ」から効果の高いノイズキャンセリング機能も受け継いだ。
各デバイスの開発にはソニーの映像・音響各部門のエンジニアが、INZONEのチームとひざを突き合わせて深く関わってきたそうだ。
若年層のゲーム視聴者も視野
ゲーム・eスポーツの市場分析を専門に扱うオランダNewzoo(ニューズー)の調査データによると、PCゲーミングにのめり込むプレーヤーの数は、10~20代を中心に伸びているという。また、プレーヤーだけでなく、ストリーマー(配信者)が配信するゲームの実況動画や、大規模なゲーム大会のオンライン配信を視聴することを楽しみとするオーディエンスも同じ世代を中心に増加中だ。北島氏は「この層に積極的にアピールしていきたい」と意気込みを語る。
インゾーンのブランディング戦略については、ソニーの先進技術を強みとするクオリティーを看板に「勝利に導くゲーミングギア」であること前面に打ち出していく考えだ。
新型コロナウイルス禍では、ゲーミングヘッドセットをリモートワークに活用するビジネスパーソンが増えたり、Netflixなど動画配信を楽しむ用途にチューナーレスのモニターがよく売れたりした。インゾーンの新製品も様々な用途に使えそうだが、北島氏は「訴求の方向はPCゲーミングの一点突破。本気のゲーマーにインゾーンの魅力を伝えることに集中したい」と言い切る。
「勝てる」を実感する体験で訴求
ただ、懸念点もある。PCゲーミング市場には、若い世代に人気のゲーミングブランドが既に多数あり、インゾーンは後発。また、ソニーは今も日本が誇る世界的エレクトロニクスブランドだが、40~50代が共有する「ソニーというブランドへの憧れ」を、若きPCゲーマーたちも同じように抱いているとはもはや限らない。その上、価格はライバルの製品と並ぶと頭一つ抜けて高い。
リアルな没入感が味わえることや、大事な戦いに“勝てる”ことは多くのゲーマーにとって魅力的だろう。しかしながらその高品位な画質と音質が生み出す価値は体験してみないと分かりにくい。ゲーミング周辺機器はECサイトを通じて購入されるケースも多い中、インゾーンの製品が備える「クオリティー」を納得のうえ、買ってもらうために、ソニーはどんな手を打つのか。
北島氏がまず挙げたのが、オンラインでの周知だ。インゾーンの商品価値に賛同するインフルエンサーを通じたコミュニケーションに力を入れたいと話している。
加えて、インゾーンの製品に触れられる体験機会をつくることにも積極的だ。 「ソニーにはオーディオビジュアル製品を中心に、お客様に店頭で価値を体験してもらうための売り場づくりのノウハウがある。eスポーツ市場の盛り上げ役も買って出たい。具体的には大きなゲームイベントへの協賛や、会場にブースを構えて来場者にギアを体験してもらうための場所を充実させるなどを考えている」(北島氏)
その言葉通り、インゾーンは22年8月開催の格闘ゲーム世界大会「EVO 2022」、同月開催の「PGL DOTA2 Arlington Major 2022」、9月まで開催される「2022 VALORANT Champions Tour」とスポンサーシップ契約を締結したことを発売と併せて発表している。
こうしたイベントやインフルエンサーを通じて「インゾーンを選ぶと勝てる」というクチコミがゲーマーの間に広がれば、好調なスタートダッシュが切れるかもしれない。これからインゾーンが若い世代のソニーファンを開拓していくのか、注目したい。