スポーツクラブの沖縄SV(エス・ファウ、沖縄県豊見城市)の代表を務めるサッカー元日本代表選手の高原直泰氏が発案。大規模な国産コーヒー栽培を目指し、沖縄SV、ネスレ日本(神戸市)、琉球大学(沖縄県中頭郡西原町)の協業で2019年にスタートした「沖縄コーヒープロジェクト」の進捗報告の記者発表会が22年5月24日に行われた。22年冬から23年春にかけて、初めての本格的なコーヒーの収穫を迎える予定だ。このプロジェクトでネスレ日本が描く“最高のストーリー”とは何か。

2022年5月24日に行われた記者発表会。左から、沖縄県うるま市の中村正人市長、沖縄SV代表の高原直泰氏、ネスレ日本の深谷龍彦代表取締役社長兼CEO(最高経営責任者)、ネスレ日本の高岡二郎飲料事業本部 レギュラーソリュブルコーヒー&システム、ギフトボックス ビジネス部長
2022年5月24日に行われた記者発表会。左から、沖縄県うるま市の中村正人市長、沖縄SV代表の高原直泰氏、ネスレ日本の深谷龍彦代表取締役社長兼CEO(最高経営責任者)、ネスレ日本の高岡二郎飲料事業本部 レギュラーソリュブルコーヒー&システム、ギフトボックス ビジネス部長

世界一コーヒー豆を購入するネスレ

 「沖縄コーヒープロジェクト」は、沖縄県の1次産業における問題解決を目指す産官学連携の取り組みだ。コーヒー豆の栽培に関わる農作業には、沖縄SVの選手・関係者が従事。琉球大学は農学的見地からのノウハウや情報を提供。ネスレ日本は沖縄でのコーヒーづくりに適したコーヒー苗木の種の提供や、栽培に必要な技術支援などでプロジェクトをサポートしている。

 この支援に生かされているのが、コーヒー生豆のサプライチェーンの継続的改善を目的に、スイスのネスレが2010年にメキシコシティで立ち上げ世界中で取り組んできたプログラム「ネスカフェ プラン」の知見だ。同プログラムでは、コーヒーを栽培する農家が栽培を続けるため、必要不可欠な収益を上げて自立することを目指している。中南米・アフリカ、アジアといったコーヒー豆の産出国計15カ国で、20年末までに延べ90万人以上のコーヒー生産者に対しサポートを実施し、2億3500万本以上のコーヒーの苗木を提供してきた。

 ネスレ日本の深谷龍彦社長兼CEOは「ネスレは世界で最も多くのコーヒーの豆を購入している企業として、将来にわたって安定的にコーヒーを消費者に届けるという重い責任を負っている」と説明。沖縄コーヒープロジェクトへの支援も、社会問題解決の観点から行っている側面が強い。

ビジネスの可能性よりCSVの一環

 沖縄の農業が抱えている問題の1つが、耕作放棄地だ。

 沖縄では温暖な気候に適したサトウキビやゴーヤー、パイナップル、マンゴー、シークワーサーといった農作物を特産品としているが、いずれも本州での消費量は少なく、売り先も多いとは言えない。一方、本州で多く消費される農作物は、沖縄から出荷すると送料だけでも高額となり、価格競争力が低くなる。こうした沖縄農業の厳しさに加え、全国同様に生産者の高齢化に伴い、近年は離農者と耕作放棄地が激増しているという。

 コーヒー豆は、そうした現状を大きく変える可能性があると期待されている。コーヒー栽培に適した土地は、赤道を中心にして北緯25度から南緯25度の間にある「コーヒーベルト」地帯。実は沖縄本島は北緯約26度に位置するため、コーヒーベルトには厳密には含まれないが、コーヒー豆の栽培がどうにか可能な地域とされている。つまりコーヒー豆は国内では沖縄を含めごく一部の地域でしか栽培ができず、しかも本州でも大量に消費される農作物というわけだ。

 沖縄には既に個人経営の小規模なコーヒー農園はあるが、ごく限られた産出量にとどまっている。同プロジェクトでは、沖縄県内の耕作放棄地などを活用し、国産コーヒー豆の生産量を拡大して沖縄県の新たな特産品にすることを目指す。深谷社長は、「沖縄県でコーヒーが大規模生産できるようになったら、ビッグビジネスになる可能性がある」と期待を寄せる。

 ただし、ネスレ日本自体が新ビジネスとして投資しているわけではない。ネスレはパーパス(存在意義)に「食の持つ力で、現在そしてこれからの世代のすべての人々の生活の質を高めていく」ことを掲げており、その中の3つの重点分野として「個人と家族のために」「コミュニティのために」「地球のために」を挙げている。沖縄コーヒープロジェクトは、主に「コミュニティのために」へ着目した取り組みで、あくまでも企業として社会に中長期的にプラスの価値をもたらすための、共通価値の創造(CSV:Creating Shared Value)のアプローチの一環だという。

「時間がかかることは覚悟しているが、コミュニティと共に新しいものを作り上げていきたい」と語る深谷社長
「時間がかかることは覚悟しているが、コミュニティと共に新しいものを作り上げていきたい」と語る深谷社長

沖縄に最適なコーヒー栽培法確立へ

 19年から22年4月末までで、コーヒーの木の苗は累計約6500本植樹されたが、22年冬から23年春にかけて計画中のコーヒーチェリーの収穫予定量は約数千杯程度と、まだ微々たるものだ。初収穫の分はほぼ今後の栽培の研究用に使用されることになっている。つまり、一般の人が広く同プロジェクトによる沖縄コーヒーを口にできるのは、まだ10年は先の話。ネスレ日本の高岡二郎飲料事業本部 レギュラーソリュブルコーヒー&システム、ギフトボックス ビジネス部長によれば、「全国向けに商品を販売するまでを4段階とすると、まだその最初の段階」だと言う。

【製品化も視野に入れた、ネスレ日本の中長期的な計画】

Step 1 沖縄の土壌、気候に適した品種や栽培方法の確立
Step 2 沖縄現地でのコーヒー豆の収穫体験や試飲
Step 3 イベントでの提供や、沖縄県内での商品(お土産)の販売
Step 4 全国向けに、幅広いチャネルでの商品の販売

 沖縄は東南アジア諸国に匹敵するほど日差しが強く、海沿いのエリアは海からの日光の反射が加わることから、コーヒー栽培については台風と日差しが大きな課題となる。「ネスレにはグローバルで過去、世界各地でコーヒーをつくってきた経験がある。その知見を生かし、沖縄ならではの育て方を見つけることが一番重要だと考えている」(高岡部長)

「ネスレのグローバルなコーヒー栽培の知見を活用して、沖縄の気候に最適な栽培方法を確立したい」と語る高岡部長
「ネスレのグローバルなコーヒー栽培の知見を活用して、沖縄の気候に最適な栽培方法を確立したい」と語る高岡部長

コーヒー農園はネスレのものではない

 現在、沖縄県内には沖縄コーヒープロジェクトの直営農場が2カ所、協力農場が7カ所、研究・教育機関(琉球大学と沖縄県立北部農林高等学校)の農場が2カ所と計11カ所ある。

北部農林高校のコーヒー農園作業風景(2022年5月撮影)
北部農林高校のコーヒー農園作業風景(2022年5月撮影)

 ネスレ日本としては、沖縄コーヒーの栽培方法が確立され次第、直営農場を増やして自社の収益に結び付けていく展望もあるのかと思いきや、そうではないという。

 「直営農場については今後何十カ所も増やしていくつもりは全くない。沖縄がコーヒーの一大産地になったとしても、私たちが全農家の方々を丸抱えでサポートすることは現実的ではない。ビジネスとして成立させるには、個々のコーヒー農家が自立して収益を上げられる構造をつくることが必要不可欠。プロジェクトが成功した後、他企業により高価格で買い取ってもらってかまわない」(深谷社長)

 またビジネスとしては「収穫量が少なく、1杯あたりの価格が割高になる沖縄コーヒーが、本州でたくさん売れると考えるのは現実的ではない」と深谷社長。コーヒー農家が経済的に早期に収益を上げるための業態例として、豆を収穫、乾燥して、焙煎(ばいせん)して、ひいて、飲むという体験型の観光農園を挙げ、「農家が早期に現実的に収益を上げられることがサポートになる」(深谷社長)とした。

コーヒー栽培がセカンドキャリアに

 一方、発案者である沖縄SVの高原氏が目指すのは、スポーツクラブ(SC)が運営するコーヒー農園の存在が「選手の貢献による地域創生」「試合への集客」「選手のセカンドキャリアの構築」となることだ。高原氏は23歳で移籍した独ブンデスリーガの名門クラブで、SCと地元コミュニティの強い結び付きに深い感銘を受けた。「日本のSCもこうした在り方が必要では」と考え、16年に沖縄へ移住し、沖縄SVを立ち上げた。

 まだまだサッカーが盛んとはいえない沖縄で、所属選手が地元コミュニティに積極的に関わりを持ち、地域に貢献することは、試合に足を運んでもらうことにつながる。そこでコーヒー栽培に着目した高原氏は、沖縄SVの所属選⼿たちが試合や練習の合間に、コーヒー農園での作業に参加できるようにしているほか、22年には農業法人も立ち上げ、専従のスタッフを置いた。「将来的には所属選手のセカンドキャリアの構築にもつながると考えている。選手として現役で活躍しているときからセカンドキャリアを構築できることは、意味が大きい」と高原氏。

2019年4月、名護市の農場での沖縄SV選手によるコーヒーの木の植樹作業
2019年4月、名護市の農場での沖縄SV選手によるコーヒーの木の植樹作業

ネスレが描く“最高のストーリー”とは

 ネスレ日本は沖縄SVとの協業によるコーヒー農園の6次産業化も視野に入れている。つまりコーヒー豆の生産だけでなく、加工から流通・販売まで一気通貫で手掛ける考えだ。

 「沖縄SVがJリーグに昇格し、チームのホームスタジアムの横に観光農園化されたコーヒー農園があって、サッカー観戦に来たファンが沖縄コーヒーを飲めるというのが“最高のストーリー”。沖縄SVは農業という形でコーヒー栽培を軌道に乗せることを目指しつつ、サッカーでも結果を出そうとしている。この2つがどこかで融合したら、こんなにすごいことはない」(深谷社長)

 ただパーパスに基づいたCSV活動の一環とはいえ、沖縄でのコーヒー栽培には課題が山積みで、深谷社長も「自分の在任中には実現しないだろう」と話す。今回の記者発表会をはじめ、途中経過を報告する「進捗報告・新規活動」の記者発表会は、先が見えない状況だからこそ、継続的にPRすることで価値を見いだしてもらう狙いがあるという。

 今後は沖縄県名護市との提携に加え、新たに沖縄県うるま市と連携し、22年7月から市内の耕作放棄地を活用したコーヒー農場の整備がスタートする。23年3月にはコーヒーをはじめ、地元農産物を提供するカフェもオープンする予定だ。

 コーヒー農場やカフェでは、福祉事業者のスタッフが従事する。またカフェはオールバリアーフリーで誰でも楽しめる仕様にし、誰もが働き、楽しみ、憩えるユニバーサルカフェを目指すという。

 「単にコーヒーを育てるだけでなく、農福連携という形で障がい者の方々にもプロジェクトに加わっていただいて、将来的にはカフェを出すことなども視野に入れている。そういう形で、継続的にニュースを発信していける自信は持っている。うまくいっていないことも含めて伝えることに意義がある」(高岡部長)

 現在日本に輸入されているコーヒー豆の大部分は産地が遠く、長い距離を経て輸送されている。国産の場合、短い輸送距離でコーヒー豆を入手できるというメリットもある。

コーヒー農園に活用される予定のうるま市の放棄ハウス(22年5月撮影)
コーヒー農園に活用される予定のうるま市の放棄ハウス(22年5月撮影)

(画像提供/ネスレ日本)

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