日本コカ・コーラの「やかんの麦茶」が快進撃を続けている。ヒットの要因は、パッケージにプリントされた「やかん」と、背景色の「薄い藍色」にあった。夏場の水分補給という麦茶のイメージを刷新し、季節性を感じさせない訴求方法で、飲用機会やターゲット層の拡大に成功した。

日本コカ・コーラの「やかんの麦茶」。発売から1年弱で累計出荷本数3億本超えのヒット商品となった
日本コカ・コーラの「やかんの麦茶」。発売から1年弱で累計出荷本数3億本超えのヒット商品となった

 「累計1000万本を達成すればヒットした部類に入る中、1年たたずして累計出荷本数が3億本を超える商品はめったにない」

 日本コカ・コーラ 止渇系無糖茶・機能性茶・紅茶事業部 シニアブランドマネジャーの新田祐一郎氏は、「やかんの麦茶」の好調ぶりをそう語る。同商品は名前の通り、やかんで煮出した香ばしさを出しつつも、スッキリとした後味を実現。原材料をシンプルに大麦のみに絞り、開発に3年以上かけた自信作だ。

日本コカ・コーラ 止渇系無糖茶・機能性茶・紅茶事業部 シニアブランドマネジャーの新田祐一郎氏
日本コカ・コーラ 止渇系無糖茶・機能性茶・紅茶事業部 シニアブランドマネジャーの新田祐一郎氏

麦茶なのに、ほっとするイメージを訴求

 やかんの麦茶は2021年4月26日に発売され、そこから1年を待たずに累計出荷本数3億本を突破した。これは、日本コカ・コーラが直近10年間で発売した商品群では、最も速いそうだ。「い・ろ・は・す」「檸檬堂」「綾鷹カフェ 抹茶ラテ」など数あるヒット商品を上回るペースとなる。

 爆発的なヒットの要因には、レトロ感を押し出したパッケージで、20~40代の若年層の取り込みに成功したことがある。パッケージを見ると、日本の伝統的な色であるあさぎ色(薄い藍色)を背景に、商品のアイコンとも言えるやかんが描かれ、のれんをイメージしたラベルプリントが施されている。麦茶といえば爽快感を連想させるデザインが主流に思えるが、やかんの麦茶ではあえてこうしたステレオタイプを避けたことが奏功した。

 「20~40代の男女からは『やかんのデザインがひと手間かけたという印象をもたらし、特別感やうれしさを感じる』という意見が多い。当社の調査では、40歳未満の世代だと実際に手作りで入れた麦茶の飲用経験がある人は少ない。だからこそレトロさを押し出したパッケージは、ほっとするような家庭的なイメージを与え、かつ新鮮な印象もより強く残せたのではないか」(新田氏)

 もちろん、このイメージ戦略は、麦茶らしい香ばしさとスッキリとした飲み心地ありきの話だ。しかし、味を知らないユーザーに手に取ってもらえたきっかけとしては、商品名とパッケージから「手作り感やレトロさ」をアピールしたことが大きいと見る。緑茶でいえば「急須で入れた」という宣伝文句がユーザーの心をくすぐるように、やかんの麦茶でもどこか懐かしさや人の温度を感じられるような演出をのせた。

 22年4月11日には、そのパッケージをリニューアル。刷新後はやかんのロゴを大きくして中央に配置し、前述の好評だった部分をより際立たせた。

リニューアル前後の比較画像。左がリニューアル前で、右がリニューアル後
リニューアル前後の比較画像。左がリニューアル前で、右がリニューアル後

 また、パッケージから訴求するイメージをより強化するため、リニューアルに合わせてテレビCMを放映。CMには女優の小芝風花とお笑いコンビのかまいたちが出演し、小芝が営む麦茶屋に、サラリーマン役のかまいたちの2人が来店する設定となっている。

 昭和感が漂う木造の店内で、小芝が手作りの入れたて麦茶を差し出す演出は、温かみのある雰囲気を意識した。暑がるかまいたちの2人が、出来たての麦茶をゴクゴク飲むシーンで爽快感もアピールしつつ、随所で情緒を感じさせる。

CM動画内のカット画像、左下の画像内にも大きくやかんが映っている
CM動画内のカット画像、左下の画像内にも大きくやかんが映っている

 リニューアル後の売れ行きについて「非常に強い手応えを感じている」と新田氏。とりわけテレビCMが反響を呼び、認知拡大につながった。日本コカ・コーラは公式Twitter上で、21年の発売時と22年のリニューアル後に、フォロー&リツイートキャンペーンを実施。その結果、リニューアル後のリツイート数は、発売時に行ったキャンペーン時のものを2日で上回ったそうだ。発売2年目を迎え、取扱店舗数や自販機の設置台数も拡大していく予定だ。

「麦茶といえば夏」のイメージを覆す

 ヒットにつながったやかんの麦茶のコンセプトには、冒頭に挙げた若者の取り込み以外にも、大きく2つの狙いがある。それが「他社との差別化」と「夏以外の飲用シーンの拡大」だ。

 新田氏は、これまでの麦茶市場全体の受け入れられ方を引き合いに出しつつ、他社の麦茶商品と差別化したポイントをこう説明する。

 「麦茶はスポーツドリンクと同じぐらい夏に顕著に飲まれる。もともと10年ごろから、夏場の熱中症対策や水分補給用として認知が広がり、それに合わせて市場も成長していった。ただ夏以外の飲用シーンも拡大していくため、やかんの麦茶のパッケージでは夏の感じを打ち出していない」

 パッケージで夏のイメージを抑えた工夫については、伊藤園「健康ミネラル麦茶」と比較すると分かりやすい。健康ミネラル麦茶は、背景の水色が晴天の青空を想起させ、中央に大きく映る氷のイメージも清涼感を強く打ち出している。

伊藤園「健康ミネラル麦茶」のパッケージ。清涼感あふれるイメージが伝わってくる(画像は伊藤園の公式サイトの画像を使用)
伊藤園「健康ミネラル麦茶」のパッケージ。清涼感あふれるイメージが伝わってくる(画像は伊藤園の公式サイトの画像を使用)

 一方やかんの麦茶では、こうした季節感を出さず、前述の通り懐かしさを感じさせるような魅力を伝えた。それにより時期に左右されずに手に取ってもらえるよう工夫した。

 このほか、「ユーザーからは、麦茶飲料のパッケージでおしゃれなものがなく、オフィスや外で持ち歩きづらいという意見もあった。抵抗感をなくして幅広いシチュエーションで手に取ってもらうため、あえて食欲を減退させるといわれるあさぎ色を背景に使い、スタイリッシュな印象を出した」

 「これまで麦茶市場はそこまで銘柄が多くなかったこともあり、麦茶に対するユーザーからの要望は多かった」と新田氏。本格的でシンプルな味わい、スタイリッシュで夏感を打ち出していないパッケージ、人の温かさを感じてもらえるコンセプトなど、ユーザーの意見を満遍なくくみ取った。従来の麦茶のイメージを覆すような商品設計を行うことで、後発ブランドながら、自然と他社商品との差別化も図れたというわけだ。

 こうした緻密な戦略で、売れ行きを伸ばし続けているやかんの麦茶。麦茶市場全体も伸長しており「今後の見通しも明るい」と新田氏は言う。富士経済調べによれば、10~19年までの10年間で容器入り麦茶市場の成長率は年平均16%増。20年は新型コロナウイルス感染症の影響で前年割れしたものの、21年には売り上げが再び回復した。

 最後に、新田氏は麦茶市場全体が成長している要因を大きく2点挙げた。

 1点目は、緑茶市場に比べて商品種類が少ないことだ。

 「緑茶市場では『濃い味』『甘みが強い』『季節限定品』などレパートリーが豊富。この状況は市場が成熟した証拠で、細分化したユーザーの好みをくみ取らないとヒット商品を出すのは難しい。一方、麦茶市場では商品種類が少なく、市場がこれから発展していくと言える」

 2点目は、麦茶のペットボトル商品がそこまで浸透していないことだ。

 「当社調べの21年のデータでは、麦茶のペットボトル商品の飲用経験がある人は、人口全体の約40%。緑茶に比べて割合が低く、今後も伸びしろがうかがえる。これまでやかんで煮出したり、水出し用のティーバッグで麦茶を作ったりするのが主流だった中、利便性の高いペットボトル商品でおいしさを実感してもらえればユーザーもペットボトル商品に流れてくる」

 新田氏によれば、かつて緑茶のペットボトル商品が世に出てきた1990年代は、「緑茶は急須で手入れし、ホットで飲む飲料」という世間のイメージが強かった。それが2000年代になると、商品種類が増えて味も進化していき、多くのユーザーはペットボトルにくら替えしていく。ペットボトルは利便性が高いので、一度付いたユーザーが離れることは少ない。

 「かつて緑茶市場で見られた大きな流れが、今後の麦茶でも見られる」と新田氏。麦茶市場のブームに火がついたのは10年前後。ポテンシャルのある市場として、今後も成長が予測される。

 そんな中、やかんの麦茶は、これまでにない麦茶の価値を訴求した。若い世代にはぬくもりや新鮮さを、年配の世代には便利さや品質を、同一商品ながら幅広い世代に刺さる価値を発揮して好調を続けている。今後、右肩上がりの麦茶市場をリードしていく存在になれるか。

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