新型コロナウイルス禍による飲み会の減少や若者のビール離れなどで苦戦を強いられているビール業界。その中でも成長を続ける秘訣は何か。2022年4月に行われた「第5回JapanマーケティングWeek」のセミナーでは、一時休売するほどの売れ行きを見せた「アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶」の火付け役で、アサヒビールの専務マーケティング本部長を務める松山一雄氏と、100以上の星付き飲食店で採用されているラグジュアリービール「ROCOCO Tokyo WHITE」を手掛けるMaison Rococo(東京・中央)の若林洋平CEOがビールのブランド戦略について対談した。モデレーターはTBSテレビ総合編成本部アナウンスセンターの杉山真也氏が務めた。

2022年4月6日に東京ビッグサイトで行われた「第5回JapanマーケティングWeek」セミナーの様子
2022年4月6日に東京ビッグサイトで行われた「第5回JapanマーケティングWeek」セミナーの様子

 「新時代のビール 市場拡大をもたらすブランディングとは~常識を覆す『生ジョッキ缶』×ラグジュアリービール『ROCOCO』~」と銘打ったセミナーでは、双方が持つ現在のビール業界への印象を語ることから始まった。

 アサヒビールの専務でマーケティング本部長も務める松山一雄氏は、2018年9月から現職でマーケティング業務に従事しているが、それ以前は鹿島建設(現・鹿島)、サトー(現・サトーホールディングス)、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)など、ビールとは無関係のキャリアを歩んできた。アサヒビールに入社した当時の印象について、松山氏は「ビールを含めてもともとお酒は大好きで、消費者として日本のビールは非常においしいと思っていた。半面、どの商品も似たり寄ったりで、少し退屈だとも感じていた。また、ビール以外にも、発泡酒や第三のビールなど日本独自の商品カテゴリーも登場し、分かりにくいという印象もあって、大人向けの嗜好品なのにあまりわくわくしない業界だなと思っていた」と話した。

 一方、中学から大学院まで11年間、米国に留学し、帰国後は外資系消費財メーカーで複数のカテゴリーの商品のブランドマネジメントに従事していたというMaison Rococo CEOの若林洋平氏は、自身の長い海外生活の経験から「米国の和食屋さんで『アサヒスーパードライ』やサッポロなどのビールをよく見ていて、非常に誇らしかった」と語った。

 その上で、日本と米国のビール市場の違いに言及。日本では市場の約99%をビール大手4社が占め、それ以外は1%程度なのに対し、米国では約25%が大手以外の企業なのだという。そこで若林氏は、「スタートアップ企業にも(ビール業界に参入する)チャンスがあるのでは」とひそかに思っていたそうだ。

“生ジョッキ缶”はボツ案同士の組み合わせ

 では、そんな2人が「生ジョッキ缶」、ラグジュアリービールという新しいビールをそれぞれどのように生み出したのか。

 最初に、松山氏が「アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶」の誕生秘話を披露した。

「アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶」。2021年4月発売以降、一時休売したが、22年3月にリニューアル商品を発売。「リニューアル前よりも泡立ちが良くなっている」と松山氏
「アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶」。2021年4月発売以降、一時休売したが、22年3月にリニューアル商品を発売。「リニューアル前よりも泡立ちが良くなっている」と松山氏

 アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶は、開栓すると泡が自然に発生し、まるで飲食店のジョッキで飲む生ビールのような味わいが楽しめる缶ビールだ。21年4月に発売し、一時休売するほど話題になった。松山氏によると、それまでアサヒビールの商品の購入者数はビール市場の縮小と比例するように毎年下がっていたが、生ジョッキ缶を発売して1年も経たず、新規顧客が約500万人増えたという。

 これについて松山氏は、「戦略目標に対し、バックキャストで生み出したのかとよく聞かれるが、それほどかっこいい戦略ストーリーではなかった」と明かす。

 「アサヒビールに入社後、当時のイノベーション本部と話をしていたときに、ボツになった技術的なアイデアを見つけた。それによると、10年前にはすでに缶の口をすべて開けたフルオープンのアイデアが、4年前には缶胴に特殊な加工をして泡を出やすくするアイデアがあったが、それぞれ単体では使い道がなかった。だが、もしこの2つの技術を組み合わせたら、まるでお店で飲むような生ジョッキビールを缶ビールで実現できるのではないかというアイデアが改めて提案され、深く考えずに、とにかくやってみようかという軽いノリで始めた」(松山氏)

 とはいえ、「技術者は相当苦しんだと思う」と松山氏。それというのも、ビールは温度が低いと泡が出ず、逆に常温になると吹きこぼれてしまうのだという。「生ジョッキ缶は開けた瞬間に最高の状態の泡にしなければならないのだが、それが実は極めて難しい。泡が全然出ないリスクと、吹きこぼれてしまうリスクの両方がある」(松山氏)

 缶などに工夫を施し、社内での議論も重ねた結果、最終的な温度管理は購入した顧客にお願いすることで商品を完成させるという選択肢をとった。ある意味割り切って、顧客と一緒に“共創”する商品として出してみることにしたのだ。

 これに対し、顧客からはさまざまな反響が寄せられた。松山氏は、それらからおいしいという基本的な価値だけでなく、驚き、感動、わくわくといったエモーショナルな価値が見て取れたと話す。「SNSに上がった画像を見ると、かなりのお客様が吹きこぼしてしまっている。しかし、発売した翌日の朝一番に当社のお客様相談室に届いたメールには『吹きこぼしてしまったが、攻略したくなる。ありがとうアサヒビールマーケティングチーム』というものもあった。こうした圧倒的な情緒価値があったからこそ生ジョッキ缶は支持されたのだろう」と松山氏。「それまで苦労して眠れない日々を過ごしていたので、泣いている社員も結構いた」と当時を振り返った。

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