ヒットを連発する翻訳家であり、新たに設立したファンドのゼネラル・パートナーでもある関美和氏と、エグゼクティブサーチ会社のハイドリック&ストラグルズジャパン(東京・港)でパートナーとして活躍する渡辺紀子氏による対談の後編。キャリア形成を考える上で、人生について“たまたま”幸運を得られたと捉えられるかが、重要になりそうだ。

関美和氏(写真左)と渡辺紀子氏(写真右)
関美和氏(写真左)と渡辺紀子氏(写真右)

 前編で共同訳には抵抗がないと話した関美和氏だが、米シリコンバレー在住のエンジニア兼ブロガーで、まだ30歳そこそこだった上杉周作氏を、『ファクトフルネス』の共同訳者として“発見”したのは関氏自身。『ファクトフルネス』は2人で翻訳、校正を担い、デザイン工程にまで深く関わった労作なのだ。対談の後編、本誌でも連載「異能のキャリアを掘り起こす」を担当した渡辺紀子氏は、関氏により具体的な質問を続けた。

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渡辺紀子氏(以下、渡辺) 『ファクトフルネス』は私も読ませていただいたけど、本当に興味深かったです。これからどんな本を訳したいとかはあるんですか?

関美和氏(以下、関) ないんです。なるべく薄くて売れるのがいい……(笑)。

渡辺 でも、『ファクトフルネス』は400ページ近い厚さでしたが、売れましたよね。

 売れてほしいとは思いましたけど、これほど売れるとは思わなかったですね。50冊以上翻訳してきて、いい本が売れるとは限らないし、何が売れるかは分からないですね(笑)。

渡辺 これまで訳されて、ご自身で気に入っておられる本は?

 もちろん『ファクトフルネス』もですが、『ゼロ・トゥ・ワン──君はゼロから何を生み出せるか』は気に入っています。ペイパルの創業者で、YouTubeやテスラ・モーターズといった成功企業を次々に立ち上げるシリコンバレーの起業家集団「ペイパル・マフィア」の中心人物ともいわれる、投資家のピーター・ティール氏が母校スタンフォード大学で行った起業講義をまとめた一冊です。

渡辺 どんなところが刺さったんですか?

 ピーターは投資の世界ではいわゆる逆張り派で、他のVC(ベンチャーキャピタル)がリスキーだと見なす案件に資金を投入してきました。短期的には順張りのほうが利益を生むんですが、中長期的に見ると、逆張りのほうに利がある。過小評価される、いわゆるアンダードッグ(勝ち目の薄い側)にバリューがあったりするんです。

渡辺 ピーター・ティール氏はフェイスブック時代から務めてきたメタ・プラットフォームズ取締役も辞任し、2022年11月の中間選挙でドナルド・トランプ氏寄りの候補者の支援に注力するそうですね。

 全般的に民主党寄りのシリコンバレーの中で、ゲイを公表しながらトランプ氏の参謀になるなど、とても複雑な人ですが、真剣に小さな政府を望んでいて、「競争するな、独占せよ」とも言っています。「世の中の9割がAと思っているが、実はBだ」ということが稀(まれ)にあって、そこにビジネスチャンスがあるとも。ESG(環境: Environment・社会:Social・管理: Governance)もみんなが言い出し、今では時流に乗り出しましたが、そんな奇麗なストーリーをピーターは嫌うんです。

渡辺 見事なまでに天の邪鬼(あまのじゃく)ですね。

 これもたくさんの人に読んでいただけた本です。いろんな若い起業家の方にもお会いしますが、皆さん読んでいました。それと、こちらはあまり売れなかったんですが、『あなたが世界のためにできるたったひとつのこと─〈効果的な利他主義〉のすすめ』は『ゼロ・トゥ・ワン』同様、「WIRED」日本版編集長の松島(倫明)さんがNHK出版にいらした頃に一緒に作った本で、いろんな方にお薦めしています。特にESGみたいな文脈で、世の中のために何かいいことをしたいとか、寄付活動をしたいといったことを考える上でのベースに、私の場合はなりましたね。非常に功利主義的な内容です。

渡辺 ぜひ読んでみたいですね。

 オーストラリアの倫理学者のピーター・シンガー氏の本なんですけど、世の中のためになることをしようという内容の割に、全然フィールグッドな感じじゃなく、功利主義すぎて後味は悪いです。救える命の数は多いほうがいい、救えないのは罪という立場なんで……。

ピーター・ティール氏が著した『ゼロ・トゥ・ワン──君はゼロから何を生み出せるか』も、気に入っている訳書の1つと話す関氏
ピーター・ティール氏が著した『ゼロ・トゥ・ワン──君はゼロから何を生み出せるか』も、気に入っている訳書の1つと話す関氏

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