ヤマザキマリ原作の人気漫画『テルマエ・ロマエ』をNetflixが新作アニメ『テルマエ・ロマエ ノヴァエ』として製作、2022年3月28日に全世界独占配信を開始した。10年ぶりにアニメ化された今回のNetflix版は、原作にはないオリジナルエピソードを追加。各話エンディング前にはヤマザキ本人が登場して温泉の魅力を語るコーナーも設けた。同作を製作、配信することになった経緯を、Netflixコンテンツ部門アニメ・プロデューサーの小原康平氏に聞いた。

Netflixは、ヤマザキマリ原作の人気漫画『テルマエ・ロマエ』の新作『テルマエ・ロマエ ノヴァエ』を2022年3月28日から全世界独占配信した
Netflixは、ヤマザキマリ原作の人気漫画『テルマエ・ロマエ』の新作『テルマエ・ロマエ ノヴァエ』を2022年3月28日から全世界独占配信した
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 ヤマザキマリ原作の漫画『テルマエ・ロマエ』は、ローマ帝国の浴場技師ルシウスが「古代ローマ」と「現代日本」をタイムスリップしながら、「浴場=テルマエ」の設計に日本の入浴文化を取り入れていくコメディー作品である。

 「マンガ大賞2010」「第14回手塚治虫文化賞短編賞」を受賞後、作品は国内外で様々に展開。2012年にフジテレビ「ノイタミナ」枠でTVアニメ化されたほか、阿部寛主演で同年と14年に2度製作された実写映画は、1作目と2作目を合わせた興行収入が100億円に上った。海外の映画祭でも評価を受け、原作の舞台であるイタリアで配給された実績も持つ。

 このブームから約10年がたった22年3月、『テルマエ・ロマエ』の新作が再び登場。世界190以上の国と地域で配信するグローバルプラットフォームのNetflixが製作、配信することとなった。

ブームから10年の時を経て、再び制作される新作『テルマエ・ロマエ ノヴァエ』。主人公・ルシウス役は津田健次郎
ブームから10年の時を経て、再び制作される新作『テルマエ・ロマエ ノヴァエ』。主人公・ルシウス役は津田健次郎
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 『テルマエ・ロマエ』を選んだ決め手について、Netflixコンテンツ部門アニメ・プロデューサーの小原康平氏は「グローバルに訴求力のある作品であったこと」を挙げる。同社は17年にアニメのクリエイティブを統括する担当チームを東京に新設して以来、オリジナルアニメの企画・制作を強化してきた流れがある。「Netflixのコンテンツ戦略の骨子は、あらゆる人が自分の見たい作品を見られる環境づくりにある。これをベースにアニメも実写もジャンルごとに作品の拡充を図っている。中でも、アニメの重要性は高く、グローバルに訴求力のある作品群を増やし、今後も投資を続けていく方針だ」(小原氏)

 また、「アニメの発信地である東京を拠点に、クリエイターたちと直接やり取りしながら、作品作りができることはNetflixの強みだ」と小原氏。その言葉通り、Netflixは、包括的制作業務提携などを通じて、パートナーシップの強化も進めてきた。

 Netflix版となる新作『テルマエ・ロマエ ノヴァエ』もその成果の1つだ。原作者・ヤマザキマリとは、20年2月25日にパートナーシップを締結。本作の制作を担当したアニマ&カンパニー(東京都武蔵野)傘下のアニメスタジオ・NAZとも、20年10月に包括的業務提携を結んでいる。

『テルマエ・ロマエ ノヴァエ』では主人公・ルシウスが再び“平たい顔族”の風呂文化に接する
『テルマエ・ロマエ ノヴァエ』では主人公・ルシウスが再び“平たい顔族”の風呂文化に接する
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 小原氏によると、「スタジオおよびクリエイター集団としてのNAZに魅力を感じており、『テルマエ・ロマエ ノヴァエ』を製作するに当たってお声をかけたらとんとん拍子で話が進んでいった」。NAZは、13年に設立されたスタジオで、代表作として小泉徳宏監督の映画『ちはやふる -上の句- 』のアニメーションパートなどがあるものの、世間的知名度はまだ高くはない。それでも「一緒に仕事がしたくなることが大事。NAZは、中核となるクリエイターがすべての作品にさまざまな立場でかかわる制作体制を築いている点も魅力的」と話す。

息を吸うようにアニメを見る人は世界中にいる

 では、Netflixがこれほどアニメを重視するのはなぜか。それは、アニメが世界的にもニーズの高い分野だからだ。20年10月に開催された「Netflix アニメフェスティバル 2020」で初めて公開されたデータによると、全世界のNetflix契約世帯のうち、1億世帯以上が過去1年間にアニメ作品を再生、中でも日本では会員の約2分の1が1カ月に5時間以上、アニメ作品を再生していることが分かった。これらの数字はその後も順調に伸びているという。

 「加入者数が伸びるに従って、アニメの視聴は伸びている。日本を発信地としてアジアに広がり、英語圏、欧州に広がっていく構図が出来上がっている。実際、(Netflixが21年11月から公表している1週間の視聴時間の集計結果である)『グローバルトップ10』リストにアニメ作品が食い込む率は高い。『泣きたい私は猫をかぶる』はアジア圏を中心に相当な視聴を勝ち取り、自信につながった作品。格闘系の『バキ』や『ケンガンアシュラ』『終末のワルキューレ』もトップ10に入る率が高かった。アニメはニッチと思われがちだが、決してそうではない。息を吸うようにアニメを見ている人は世界中にいるということだと思う」(小原氏)

 小原氏の言う通り、数字で結果が表れていることはNetflixがアニメを強化する理由の一つだ。一方で、同社にはアニメというジャンルそのものの価値を底上げする役割を担っているという自負もあるようだ。

 「これまでも海外番組販売を通じて、日本のアニメ作品は海外の地上波テレビでたくさん放送されてきた。しかし、Netflixが作品を全世界に配信することで、アニメを見慣れていない人にも自然と見てもらう機会を増やせた。今後も積極的にアニメを発信し、クリエイターにとって作りたいものを作る環境を整えることが最終的なゴールだと思っている」(小原氏)

 そうしたNetflixの長期的戦略の中で、今回の『テルマエ・ロマエ ノヴァエ』も実現したと言える。しかも、原作にはなかった「ルシウスが浴場技師を目指すことになった理由」を描く前日譚(第1話)、「ルシウスが現代日本ではなく江戸時代の日本にタイムスリップしてしまう」エピソード(第7話)をヤマザキマリが書き下ろしたのは新たな試みだ。

『テルマエ・ロマエ ノヴァエ』では過去にアニメはもちろん、原作にもなかった新作エピソードを追加
『テルマエ・ロマエ ノヴァエ』では過去にアニメはもちろん、原作にもなかった新作エピソードを追加
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 それについて小原氏は、「Netflixの一番の強みは、クリエイターと一緒に作りたいものを掘り下げていく制作環境があることだと思う。『テルマエ・ロマエ ノヴァエ』も、連載時にヤマザキ先生が落としたエピソードがあったことがきっかけでできた」と話す。

 新たな試みはもう一つ。『テルマエ・ロマエ ノヴァエ』では各話エンディング前にヤマザキマリ自身が群馬県草津温泉など日本各地の名湯を巡るミニ実写エピソード「テルマエ・ロマエ巡湯記」を加えた構成となっている。

 「『テルマエ・ロマエ ノヴァエ』に関わったプロデューサーからは『孤独のグルメ』がヒントになったと聞いている。原作者の言葉には含蓄があり、それを聞くとどのように作品が生まれたのかが分かる面白さがある。尺の制限もなく、自由度が高いNetflixのコンテンツならば、本編に実写エピソードを加える遊びもありだと思った」と小原氏は明かす。

Netflixの全世界総アニメオタク化計画

 Netflixとしては、今後も幅広いアニメをコンテンツとして獲得していく考えだ。「マーケティングの視点だけで作品を選ぶと、ラインアップが偏ることがある。だが、アニメの裾野を広げていく過程では、特定のカテゴリーにとらわれず広く楽しんでいただける作品をそろえていることが重要。『テルマエ・ロマエ ノヴァエ』のような風呂上がりに飲むフルーツ牛乳的な作品もあった方がいい。Netflixは、世界中の人がアニメに触れる機会を増やすプラットフォームの1つでありたい」と小原氏。

 同時に、「アニメクリエイターを下支えする存在でもありたいと思う。短期間で何かが変わるというわけではないが、スタジオと日々、将来を見据えた会話を続けている」と話す。

 それは、小原氏自身がアニメにさらなる発展の可能性を感じているということでもあるだろう。「僕は、Netflixの会員の誰しもが1日に2~3時間、アニメを視聴する状況は十分に考えられると思っている。今や、若年層は韓国ドラマ『イカゲーム』からアニメ『賭ケグルイ』にシームレスに流れていく。ドラマかアニメかは関係なく面白いかどうかで評価される時代になった」と小原氏。「だからこそ、僕はNetflixによる“全世界総アニメオタク化”だって可能だと本気で信じている」と希望を語った。