2021年6月にロッテホールディングス社長に就いた玉塚元一氏と、エグゼクティブサーチ会社のハイドリック&ストラグルズジャパン(東京・港)でパートナーとして活躍する渡辺紀子氏による対談の後編。キャリア形成を考える上で、人との出会いをどう考えるかが重要になりそうだ。

玉塚元一氏(写真右)と渡辺紀子氏(写真左)
玉塚元一氏(写真右)と渡辺紀子氏(写真左)

 前編でのやり取りで分かるように、「突入」という言葉を頻用していても、玉塚元一氏のスタンスはあくまでファシリテーター。常に戦えるチームへの改革が念頭にある。実は渡辺紀子氏はロッテ若手幹部の友人から転職の相談を受け、移籍先候補企業に紹介し、最終面談までこぎ着けていたという。しかし、その人物は玉塚氏とも2回ほど面談し、「これからこの会社(ロッテ)はよくなる」との確信が得られたことを理由に、「辞めるのをやめた」。玉塚氏はいわばその人間力で、ロッテからの人材流出を食い止めたのだ。対談の後編、本誌でも連載「異能のキャリアを掘り起こす」を担当した渡辺氏は玉塚氏により具体的な質問を続けた。

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ロッテには恩があり、だからこそこの局面で引き受けた

渡辺紀子氏(以下、渡辺) (玉塚さんは)ずっとオーナーの息がかかった、あるいは商事系の会社に請われ、いわば面倒な局面に踏み込んでこられた。ロッテはその最たる例に思えるんです。そうした面倒に対応する技術がだんだん上がってきて、最後に一番難しい所へきたという感覚が(玉塚さんには)あるんですか?

玉塚元一氏(以下、玉塚) ロッテの場合、相当時間をかけなきゃならないとは思っています。ただ毎回、あまり先のことは考えない。元気なうちは最後までやっていたいですよ、80歳ぐらいまでは。だから、あと3~4社は経営支援をやるんじゃないですか。

渡辺 それは楽しみですね。

玉塚 ロッテといえば、リヴァンプの割と最初の段階(2006年)に、ロッテリアの再建を任されたんです。僕らを評価してくれた。あれがなかったらリヴァンプは立ち上がらなかったですよね。だから、(ロッテには)ものすごく恩も感じています。

 ご存じのようにロッテは今、トランジショナル(過渡期の)企業です。20年1月に重光武雄名誉会長という大変偉大な創業者が亡くなった。それで韓国グループの会長職でもあった昭夫会長が双方見ていくことになった。韓国では年商8兆円ぐらいの規模の大グループです。

渡辺 多角化経営ですもんね。観光流通、建設・不動産、石油化学……。亡くなった武雄さんは日韓双方をそれこそ客観的に見られたので、それだけ母国で事業を伸ばすことができた。売り上げの9割は韓国からですし。

玉塚 そう。韓国では百貨店から金融まで多岐にわたる商売をしている。しかし、いろんな意味で日本では、ここ10年ぐらい、蓋をされてきた企業だと思います。創業者が偉大すぎるあまり、気をつかったり、忠実な番頭さんがいたり、アグレッシブにいろんなチャレンジをやりにくい環境にあったのかなと。そこへ日本でももっと成長できるポテンシャルがあると、昔からお世話になった昭夫会長に、「何とか一緒にやってくれないか」と言われた。

渡辺 それは引き受けざるを得ませんよね。

玉塚 すごく悩みましたけれどね。これは向き合わないといけないだろうな、と思って決断しました。でも、実はそういうアプローチは1~2年前からあったんです。ですが、デジタルハーツホールディングスの社長(17年6月就任)を途中で投げ出すわけにはいかないんでね。今の社長の二宮(康真)君も、僕が連れていったんですよ。これからはデジタルエンタープライズ系の営業に力を入れないといけないからと、二宮君を口説いて割と早く副社長に据えて。二宮君もだいぶいい感じになってきたんで、彼に経営を任せて僕は抜けられた。

「昔からお世話になった(重光)昭夫会長に、『何とか一緒にやってくれないか』と言われ、ロッテホールディングス入りを決断しました」(玉塚氏)
「昔からお世話になった(重光)昭夫会長に、『何とか一緒にやってくれないか』と言われ、ロッテホールディングス入りを決断しました」(玉塚氏)

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