パソコンのパーツショップやゲームグッズ専門店が立ち並ぶ、東京・秋葉原の電気街。そのど真ん中に建つのが、野村不動産ホテルズが運営するホテル「NOHGA HOTEL AKIHABARA TOKYO」(以下、ノーガホテル秋葉原)だ。同ホテルは1階にバーカウンターを設けるなど、シックで都会的な造り。にもかかわらず、22年1月にゲーマー向け機器を完備したゲーミングルーム2部屋をオープンした。その狙いとは?
秋葉原の中央を貫く秋葉原中央通り。ドン・キホーテ秋葉原店の向かいの道を入ったところに、ノーガホテル秋葉原はある。周囲にあるのはパソコンのパーツショップやラーメン店。秋葉原を知っている人なら「こんなところに、こんなホテルが?」と驚いてしまうような立地だ。
ホテル内に一歩足を踏み入れると、風景は一変。吹き抜けのエントランスには弧を描くバーカウンターが設置され、都会的な印象だ。広い階段を2階に上ると、正面に落ち着いた雰囲気のホテルフロントがある。
同ホテルがオープンしたのは2020年9月のこと。野村不動産ホテルズが手掛けるホテルブランド「ノーガホテル」としては、上野(18年11月開業)に続く2店舗目となる。総支配人の中村泰士氏は、「ノーガホテルのコンセプトは『地域との深いつながりから生まれる素敵な経験』。日本を代表する観光地であり、多様な文化が交わる場所として秋葉原を選んだ」と話す。
「地域との深いつながり」というコンセプトは、客室内部から共有部分まで細部に表れている。オーディオショップも多い秋葉原らしく、全室にBluetoothスピーカーを設置。デラックスルームには、デンマーク・バング&オルフセンやタグチクラフテック(横浜市)などの高品質スピーカーを配している。館内に流れる音楽や展示されているアートなどは、地域とゆかりのあるアーティストに選定、制作をしてもらった。
「職人が多い街、上野にあるノーガホテル上野は、地域とつながりのあるデザイナーや職人に家具や備品を作ってもらった。秋葉原は、オーディオなどの電気製品を中心に、様々な文化が交錯する多様性をしつらえに込めている」と中村氏。
新型コロナウイルス禍でインバウンドの宿泊客などは当面望めないが、「幸い、コンセプトに共感した日本人宿泊客の利用は順調に増えている。現状は宿泊客の3割がリピーター。客室のオーディオでゆったりと音楽を聴きながら仕事をしたいという人や、長期滞在のお客様もいる」(中村氏)という。
ゲーミングルーム新設の理由
落ち着いた雰囲気が特徴のノーガホテル秋葉原に、22年1月から追加されたのが2つのゲーミングルームだ。1室は部屋面積29平方メートルのスーペリアツインルームの一角にゲーミングコーナーをしつらえた「Gaming Twin」(1泊1万8000円から)。もう1室は同21平方メートルのツインルームから2つのベッドを取り外し、代わりに2段ベッドを置いてゲーミングコーナーを確保した「Gaming Bank」(1泊1万2000円から)。
幅広のデスクに設置されているのは、アイ・オー・データ機器「GigaCrysta」ブランドのゲーミングディスプレー、サードウェーブ(東京・千代田)「GALLERIA」ブランドのゲーミングPC、ロジクール「ロジクールG」ブランドのキーボードやマウス、ヘッドセットなど。サイドテーブルには、レーシングホイールやアーケードコントローラー、さらには配信用のカメラやマイクまで並ぶ。椅子は、米ハーマンミラーとロジクールが共同開発した24万2000円(税込み)の「ハーマンミラー X ロジクールG エンボディゲーミングチェア」を採用するこだわりようだ。
中村氏によると、室内の機器は主にレンタルで、「ゲーマーに人気があり、かつ上質感のある製品をそろえた」。近年増えているゲーミングホテルやその部屋には、赤や青のLEDライトで彩られた派手な装飾のものも多いが、ノーガホテル秋葉原のゲーミングルームは至ってシンプル。「今はゲームユーザーの裾野も広がっている。若いゲーマーだけでなく、落ち着いた雰囲気でゆっくりとゲームを楽しみたいという人にも使ってもらいたい」と話す。
機器は、折を見て最新の製品に入れ替える予定だという。ユーザーとしては、家族や友人とゲームを満喫するのはもちろんのこと、購入に二の足を踏む高品質な機器を、一晩かけてゆっくりと体験する場としても魅力的。マウスやキーボード、ゲーミングチェアは、実際に一定時間使ってみないと自分に合うか分からないからだ。配信機器が充実していることから、いつもと違う空間で配信したいというストリーマーからの引き合いもあるだろう。
すでに販売状況は好調で、ゲーミングルーム2部屋の稼働率は80%以上、Gaming Bankはほぼ満室とのこと。認知が広がれば、機器メーカーが自社製品のサンプルを提供し、ユーザーに試してもらう、ショールームのような場としても活用できるかもしれない。
秋葉原のコンテンツとしてゲームは必須
開業から1年半を待って設置されたゲーミングルームだが、その構想は開業当初からあったと中村氏は語る。「秋葉原は家電量販店やPCパーツショップ、ゲーム関連のショップや施設もある。ゲーミングやeスポーツの市場が世界的に伸びている中、秋葉原という街のコンテンツの1つとしてゲームは必須だと思っていた」
ただ、「実際やろうとすると何から手を付ければいいか分からなかった」とも明かす。どうすればノーガホテルならではのゲーミングルームを実現できるか。手探りの中、まず相談したのは、eスポーツ関連施設の運営やソリューション提供を行うNTTe-Sports(東京・新宿)だった。同社には、インフラの構築や機器の選定を依頼。さらに、ロジクールの協力によって配信まで含む周辺機器をそろえた。
特に悩んだのは、ゲーミングチェアだ。「派手なデザインはホテルの雰囲気に合わないが、事務的すぎてもゲーミングルームにはふさわしくない」(中村氏)。実際にショールームなどに足を運び、座ってみる中で選んだのが、ハーマンミラー X ロジクールG エンボディゲーミングチェアだったという。椅子の高さや角度はもちろんのこと、座面の奥行きやアームレストの高さ、幅まで細かくカスタマイズできる。背面がブルーの個性的なデザインながら、室内で浮かないのもポイントだ。
ゲーミングルームオープンを機に、今後はホテルをあげてゲームやeスポーツとの関わりを深めていく方針だ。そのため、2階にあるスタジオには、ゲーミング環境としても十分な高速インターネット回線を敷設。DJブースと大型ディスプレーを設置し、ゲーム映像の配信などができる環境を整えた。1階のレストランとも連携可能で、eスポーツやゲームのイベント、eスポーツチームのファンミーティングの会場としての活用を想定している。
実際、プロeスポーツチーム「ZETA DIVISION」が動画撮影に同ホテルを使用。FPSゲーム『Overwatch』の人気プレーヤー、Ta1yoが同チームに加入した理由を語ったYouTube動画などを客室やレストランで撮影している。同ホテルは、日本eスポーツ連合(JeSU)の賛助会員にも加わり、eスポーツへの支援を明確に打ち出した。
「秋葉原のホテルとしてゲームカルチャーに関わる情報を発信していくことで、地域とのつながりを深めるとともに、新たなライフスタイルとして、ゲームやeスポーツがある生活をより多くの人に提案できれば」と中村氏は意欲を語る。
コロナ禍でインバウンドや国内観光、出張の需要が減少する一方、ワーケーションやステイケーション(近場のホテルで休暇を過ごすこと)、ホテルワーク(ホテルに宿泊して仕事をすること)など、従来はなかった宿泊ニーズも生まれている。ホテルの使い道も多様化する中、ゲーミングもまたホテル利用の動機になるか。秋葉原密着を掲げるホテルがゲーミングカルチャーに及ぼす作用に期待したい。
(写真/平野亜矢)