日本全国で2位という漁獲量を誇りながら、魚市場がないために、買い手の言い値で取引されているという霞ケ浦のシラウオ。近隣の茨城県行方市はベンチャーと組んで、AIの画像診断による評価システムを構築し、霞ケ浦産シラウオの高付加価値化、ブランド化を狙う。
霞ヶ浦産シラウオをブランド化
茨城県にある霞ケ浦は滋賀県の琵琶湖に次ぐ日本で2番目の面積を持つ広大な湖だ。さまざまな水産資源が得られる漁場であり、中でも茨城県産シラウオは全国の漁獲量で都道府県別2位、全体の約3割を占める高シェアを誇る。
しかし、霞ケ浦沿岸に位置する行方市の鈴木周也市長によれば、霞ケ浦周辺には淡水の魚市場がなく、商社や加工会社が販売価格から逆算して価格を決める。そのため、どんなに質の良いシラウオを取っても、生産者側が価格をコントロールできないという構造的な問題を抱えているとのこと。
これに一石を投じようというのが、行方市がima(アイマ、東京・港)と組んで始める「霞ケ浦シラウオ×AI」プロジェクトだ。釣り好きがimaと聞くと、釣りに使うルアーの有名ブランドを思い浮かべるかもしれないが、同社はそれとは無関係。「あらゆるものの“あいま”をとりもち新しい価値をつくりだす」ことをモットーに、日本の伝統産業とAIなどの最先端技術を組み合わせた事業創出を手掛けるベンチャー企業だ。両者は、AI(人工知能)を使った画像診断によるシラウオの品質評価に取り組む。画像診断の結果に基づいて、シラウオを「S」「A」「B」「C」と4段階に格付けし、ブランド化を狙うというものだ。
品質基準を明確化する狙いは、シラウオの高付加価値化だ。漁業者が利益を伸ばすには、現状、漁獲量を追求するしかないが、高付加価値化ができれば、漁法を工夫するなど、質向上に向けた施策を打てる。漁獲量を抑え、持続性ある漁業を実現することもできるだろう。
品質に応じた販路の拡大もできる。高品質で、鮮度が高いシラウオは、傷みが遅く、長距離輸送にも耐えられる。imaの三浦亜美CEO(最高経営責任者)は、「高品質と判断されたシラウオは大都市圏で高価格で販売し、それ以外は鮮度が高いうちに地元で消費したり加工品にしたりというように、品質や鮮度に応じて卸す先を変えることを考えている」と話す。加えて、飲食店などへの直接販路を開拓することで、価格決定の主導権を握り、漁業者の売り上げや利益の拡大を目指す。
成長に合わせて学習データを作成
評価システムの装置とAIは、AIなどを活用したビジネス構築支援を行うKICONIA WORKS(東京・渋谷)が開発した。同社の書上拓郎社長によると、画像で品質を判断するときの最初の障壁になったのが、シラウオ特有の「透き通った魚体」。画像診断時により均一な条件を整えるため、外光を遮断する箱を用いて撮像装置を製作。装置内部の照明の位置や明るさの設定にも苦労があったという。
この装置で撮影した大量の画像データと目利きができる漁業者の知見を基に学習データを収集。AIによる分類モデルを作成した。
ここでもう一つの障壁にぶつかる。それがシラウオの成長だ。漁期である7~12月、シラウオは日ごとに成長していくために、それぞれの成長度合いによって学習データを収集しなければならなかったのだ。2021年の漁期が始まる7月からデータ収集を始め、成魚になるまでのデータ収集が完了したことからプロジェクトのめどが立った。
“AIシラウオ”が出荷されるのは22年7月以降
このプロジェクトで実現を目指す品質評価は、画像判断による絶対的な評価であり、漁獲量の上位一定量が最上位クラスとするような相対的な評価ではない。また、AIに評価基準を学習させるためのサンプルデータは今後も収集し続け、判定精度を向上させていくとのこと。三浦氏は「今後もデータが蓄積していけば、高品質なシラウオがたくさん取れる『当たり年』のような傾向も見えてくるかもしれない」と期待を込めた。
また、鈴木市長は「これまでは(買い付ける商社や加工業者など)加工者の目線でシラウオの品質を判定、価格を設定してきた。それを変えるのが本プロジェクト。AIの学習が進めば、どういうものがSランクで、どういうものがCランクなのか、基準がはっきりしてくるだろう」とした。
評価システムは行方市の漁師から少しずつ設置を進めている。「いずれは行方市だけでなく、霞ケ浦全域のシラウオ漁師に広げたい。シラウオと同様の問題を抱えるほかの水産資源にもこの判定技術を応用していきたい」と三浦氏。そのためにも、まずは行方市で取れるシラウオの品質評価を定着させ、ブランド化を成功に導かなければならない。次の漁期が始まる22年7月に評価付けされたシラウオの出荷から始めることを目標に、準備を進める。
(写真/稲垣宗彦)