飲料メーカーや菓子メーカー、通信事業者など、他分野からの参入が珍しくなくなったeスポーツ。BSデジタル放送局のBS12 トゥエルビもその1つだ。運営するチーム「原宿 STREET GAMERS」は、NTTドコモ主催のeスポーツリーグ「X-MOMENT」の「PUBG MOBILE JAPAN LEAGUE SEASON 1」に参戦した。メディアがeスポーツ事業に取り組む狙いと直面する課題を聞いた。

「原宿 STREET GAMERS」のShiroron選手 © 2022 KRAFTON, Inc. ALL RIGHTS RESERVED.
「原宿 STREET GAMERS」のShiroron選手 © 2022 KRAFTON, Inc. ALL RIGHTS RESERVED.

 BS12トゥエルビ(以下、BS12)がeスポーツ事業に乗り出したのは約1年前の2020年秋だった。1つのきっかけは、NTTドコモが立ち上げたeスポーツリーグ「X-MOMENT」。同リーグで展開される「PUBG MOBILE JAPAN LEAGUE SEASON 1」(PMJL S1)への参戦を視野に入れ、モバイル向けバトルロイヤルゲーム「PUBG MOBILE」の日本国内リーグに出場経験のあるチームの選手に声を掛けた。PMJL S1は16チームが、世界大会への出場と総額3億円の賞金を懸けて戦う大会だ。

eスポーツなら放送局の強みを生かせる

 そもそも、BS12がeスポーツに新規参入した背景には、既存の放送事業に対して危機感を持っていたことがある。BS12は、三井物産の完全子会社であるワールド・ハイビジョン・チャンネル(東京・渋谷)が07年12月に開局した無料BSデジタル放送局だ。全国4500万世帯にリーチするが、広告収入の伸び悩みという放送メディア共通の課題を抱えていた。若い世代の“テレビ離れ”も深刻だ。そんな中、新規事業の1つとしてeスポーツ事業に着目したという。

 では、なぜeスポーツなのか。ワールド・ハイビジョン・チャンネルの営業・事業推進本部長である目黒芳則氏は理由をこう語る。

 「新規事業に取り組むに当たって、市場の将来性と放送とのシナジー、当社のアセットを生かせるものを検討した結果、eスポーツ事業はその3つすべてが当てはまった。eスポーツ市場は世界規模で成長している。また、自局で番組を放送することで、チームの認知度を上げ、eスポーツに興味のある若年層を視聴者に取り込むこともできるのではないか。さらに、eスポーツ市場全体の売り上げの6割はスポンサー収入が占めていることから、放送事業で培った広告営業のノウハウやネットワークも生かせるだろうと考えた」

 折しも、NTTドコモがX-MOMENT立ち上げを発表する。NTTドコモが開催した企業向けのX-MOMENT説明会に参加した目黒氏は「多種多様な業種がeスポーツに注目しており、説明会には60社を数える企業が参加していた。この分野の新参者がチームオーナーとして参入することの難しさは理解した」とする一方、「PMJLに年間数十億円の予算をかけ、一大ムーブメントを起こそうとするNTTドコモの本気度を感じ、参入するならここだと思った」と、当時を振り返る。

 肝心のチームは、PMJL S1の前身となった大会、「PMJL SEASON0」で活躍したShiroron(シロロン)選手などを中心に編成。21年2月にはプロeスポーツチーム「原宿 STREET GAMERS」として正式に発足し、eスポーツ事業を本格的に始動させた。チーム名には、ワールド・ハイビジョン・チャンネルが原宿エリアに本社を持つことに加え、世界的にも知られる「原宿」という街から世界に向けて発信したいという思いを込めた。PUBG MOBILEの選手、コーチ、アナリストに加え、4人のストリーマー(22年1月時点)を抱え、7人の社員がeスポーツ専属でサポートする体制を築いている。

「原宿 STREET GAMERS」のチームロゴ
「原宿 STREET GAMERS」のチームロゴ

広告事業に手応えも、チーム強化が課題

 「この1年はまずまずの結果」と目黒氏。eスポーツ参戦1年目はチーム運営の課題を認識した1年だった。21年2~10月まで開催されたPMJL S1の最終成績は16チーム中13位。「当初、5位ぐらいは目指せると思ったが、そう甘くはなかった。(PMJLでは下位2チームが2部リーグ「PUBG MOBILE CHALLENGE LEAGUE」に降格する中、)残留という最低限の目標が達成できたことはよしとしたい」と目黒氏。2年目は、チームのテコ入れ、強化を目指す。

 その一方、社としての狙いは間違っていないという手応えも得た。いち早く効果が表れたのはスポンサー営業だ。大手ハウスメーカーの積水ハウス、ジーンズセレクトショップのライトオン、石油の卸、石油製品の販売などを行う平野石油(東京・墨田)、原宿・竹下通りなどに店舗を構えるクレープショップのマリオン(東京・渋谷)など幅広い業種の企業が原宿 STREET GAMERSのスポンサーに名を連ねる。

 「決してまだ強いチームではないが、16チームの中、最も多くのスポンサーロゴがユニホームに入っている。BtoC商材を扱う企業にとって、スポンサー活動は販促の一環で、eスポーツファンという新しい顧客層にアプローチできることにメリットを感じてくれた。また、(平野石油のような)BtoBの企業には、先進的なイメージのeスポーツに関わることが新卒採用に効果をもたらすという期待がある。こうしたニーズは、実際に営業する中で気づいた」(目黒氏)

 また、放送局だからこその利点も実感している。それは、テレビ広告とのセット売りだ。eスポーツチームを持つことで、企業の広告活動に複合的にアプローチできるメニューが広がる。しかも既存の営業活動の延長線上で行うことができるのだ。放送局がプロチームを運営するにあたって、有利に働く点の1つだろう。

 日本のeスポーツシーンにおいて、メディアを運営母体とするチームの数は決して多くないが、PMJL S1には集中している。16チームのうち、日本テレビ系の「AXIZ」(アクシズ、運営はアックスエンターテインメント)、ブロードメディア系の「CYCLOPS athlete gaming」(運営はブロードメディアeスポーツ)、そしてBS12の「原宿 STREET GAMERS」の3チームがある。推測にすぎないが、認知を広げることにおいての優位性があるといえる。

 BS12ではこれまでeスポーツ関連特番を編成し、ゲーム好きとして知られるモデルの貴島明日香や声優の小野賢章、石川界人、芸人のマヂカルラブリー・野田クリスタルらを起用して、情報を発信してきた。21年10月からはレギュラー番組「eスポでドン!」を開始。22年2月から開幕するPMJL S2に向けて盛り上げていく狙いだ。

21年10月から始まったレギュラー番組「eスポでドン!」
21年10月から始まったレギュラー番組「eスポでドン!」

放送局の知見でストリーマーを育成

 eスポーツを通じて、若年層の視聴者の獲得と、広告収入の拡大を狙う同社だが、現状、eスポーツと親和性が高いのはテレビよりもネットの動画配信だ。運営するeスポーツチームのコンテンツを自局で放送することで、チームを応援する若い視聴者を引き付けられるといっても、まずは動画配信やSNSなど、eスポーツファンの目に付きやすい場で情報を発信し、チーム自体の人気を高めなければならない。

 そのため、ワールド・ハイビジョン・チャンネルの親会社である三井物産と中国IT大手の騰訊控股(テンセント)との合弁会社であるDouYu Japan(東京・渋谷)が運営するライブ配信プラットフォーム「Mildom」(ミルダム)での展開や、YouTubeチャンネルの開設など、動画配信にも注力しているが、まだまだ試行錯誤の段階だ。目黒氏は、「選手をストリーマーとして育成していくことが必要」と主張する。

 動画配信などで人気を集めるのは、魅力的な発信ができるストリーマーだ。そして、「eスポーツ市場が成熟している海外では、人気選手がストリーマーとしても活躍する構図が出来上がっている。選手そのものがメディアとなって盛り上げ、企業が協賛する流れがある。これに対し、日本の場合はプロとしてのキャリアがある格闘系のプロゲーマーなど一部の成功例はあるものの、海外に比べると選手とストリーマーが分かれてしまっている状態」(目黒氏)。

 10代の選手も多いPUBG MOBILEの場合、プロゲーマーが配信メディアに露出し、どのようにしたらファンを獲得できるのか、そもそもなぜその必要があるのかといった具合に、基本的な指導から始める必要がある。道のりは険しいが「コンテンツ作りのノウハウを持つメディアとして、この点においても強みを生かしていく」と目黒氏は意欲を語る。

 世界の放送業界では今、eスポーツへの関心が一段と高まっている。21年10月にフランス・カンヌで開催された世界最大級の番組コンテンツ見本市「MIPCOM」では、eスポーツ専門イベント「Eスポーツ・バー」が併設された。キーノートスピーチには、米マスターカードや米マイクロソフトなどが協賛する、獲得賞金世界歴代1位のeスポーツチーム「チームリキッド(Team Liquid)」の社長兼COO(最高執行責任者)・Claire Hungate氏が登壇。3日間にわたって、ビジネスマッチングやネットワーキングが行われた。

世界最大級の番組コンテンツ見本市「MIPCOM」では、eスポーツ専門イベント「Eスポーツ・バー」が併設された(写真/長谷川朋子)
世界最大級の番組コンテンツ見本市「MIPCOM」では、eスポーツ専門イベント「Eスポーツ・バー」が併設された(写真/長谷川朋子)

 「とても活発なイベントだった」と、出席した目黒氏。原宿 STREET GAMERSはまだ立ち上がったばかりだが、海外の動向にもアンテナを張る。「より成熟した海外市場にいち早く進出することができれば、新規参入組でも逆転のチャンスを狙えるのではないか」。将来的にはBS12が放送局として保有するIP(知的財産)を活用したゲーム化やeスポーツ大会の主催も視野に入れるなど、目標は大きい。

(写真提供/BS12 トゥエルビ、編集/平野亜矢)

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