2021年7月期の売り上げが前年同期比150%を超えるなど、好調が続く独立系化粧品メーカーのシロ(東京・港)が21年7月1日、経営体制を刷新。14年の入社以来、経営全般の戦略立案などを手掛けてきた専務取締役の福永敬弘氏が、代表取締役社長に就任した。SHIROブランドの創設者であり前代表取締役社長の今井浩恵氏は会長となり、ブランド発祥の地に、新工場と観光資源となる施設をつくる「みんなのすながわプロジェクト」をスタートした。このタイミングでの社長交代や今後の戦略について、「SHIROというブランドと、シロという会社を、100年、200年続くものに育てる」と話す福永社長に話を聞いた。
シロ代表取締役社長
消費者の信頼とスピード感でヒット
──シロは観光土産品の製造や、卸販売を目的に創業し、OEM(相手先ブランドによる生産)での実績を経て、化粧品ブランドを確立しました。化粧品は信頼性を高めるためのブランディングが大変ともいわれますが、どう信頼を担保してきたのでしょう。
福永敬弘社長(以下、福永) 2009年に自社ブランド「LAUREL」を立ち上げ、15年にブランド名を「shiro」に、19年のリブランディングで「SHIRO」に変更していますが、消費者の信頼は「正直であること」で得てきたと思っています。
化粧品は3年間の品質保持(※1)や、全成分表示の必要があります。製品の裏面を見れば分かる通り、SHIROの製品は成分を厳選しています。例えば、美容成分は1滴でも配合すれば表示できますが、1滴での効果には疑問があるからそれはしない。余計なものは足さず、いいものだけを入れている。
プロダクトデザイン、店舗づくり、販売員の制服も同様に、足し算ではなく引き算の発想で考えています。企画、製造、販売のすべてを自社で手掛け、卸売りしないことも同様です。
──EC(電子商取引)でも、卸売りはしないと。
福永 アマゾンの公式ショップのみ卸売りしていますが、これは価格高騰防止の意味でも適正価格を示すのが目的です。09年に北海道の複合商業施設「札幌ステラプレイス」に1.25坪の直営店をオープンしましたが、初期の販路は催事が中心。14年ごろから店舗を増やし始め、翌年以降売り上げも上がりましたが、販路は変わらずです。
──コロナ禍では消毒用エタノールの代替品として使えるスプレーやジェルもヒットさせました。
福永 自分たちが肌への刺激が少なく香りのよい消毒用製品を使いたいと思って作ったものです。北海道の自社工場で一部の製造をストップして生産し、20年4月2日にはハンドミスト「チャクラーサナ ハンドリフレッシュナー」を発売しました。当時、オフラインの販売チャネルは閉じてしまっていたので、卸売りに頼っていたらこのタイミングでの発売は厳しかったでしょう。結果、自社ECのみで3日間で22万個売り上げました。ただ、これまでそうした経験がなかったので、製品の生産、発送、カスタマーサポートが追い付かない状態で、私自身もカスタマーサポートに入り対応しました。
──スピード感を持って今までないことができているのは、ブランドの姿勢そのものにも関わるように見えます。
福永 よく、シロの課題は何かと問われますが、乗り越えていくべき「課題」はなく、階段を上るように一段一段「進化」してきていると思っています。20年春も、本来の計画ではリップの新製品を予定していましたが、それよりも今必要なもの、自分たちが欲しいと思える製品を作ろうと、社員一同すぐに切り替えることができました。
──「コロナ禍をどう乗り切るか」という課題を乗り越えるというよりは、状況に合わせて手掛けたことのない新製品を生み出し進化したと。
福永 その後も「おうち時間」充実のためのバス製品やフレグランスを、生産ラインごとがらりと変えて作りました。結果、コロナ禍下での業績も前年比約150%を維持していますが、既定路線で動いていたら、こうはならなかったでしょう。
次の10年をつくるための社長交代
──時勢に応じる姿勢を製品で見せ、業績も伸びている今、社長交代に踏み切った理由は何でしょうか。
福永 今井はブランドの創設者であり、10年間、ブランドづくりに尽力しました。私はそれを次世代につながなければいけません。これからはお客様から支持を得るだけでなく、従業員からも選ばれる会社である必要があります。
会社を100年、200年と続けるためには、まずは次の10年をつくらなければならない。今井が20年6月に創業地、北海道砂川市の活性化を図る「みんなのすながわプロジェクト」を発足した理由もそこにあります。地域に根付いたブランドづくりは、100年、200年続く会社につながります。これからの10年は、私が事業会社の社長として、今井が会長として、地域創生のプロジェクトを進める期間と位置付けました。
──21年9月には「シロ エコシステム(SHIRO ECOSYSTEM)」を開始しました。エコロジカルな視点で素材選びやパッケージなどに取り組むという内容で、これまでも行ってきたことを言語化したものにも思えますが、これも、100年、200年続く会社づくりにつながるものと考えてよいですか。
福永 シロの売り上げは、ありがたいことに毎年前年比を上回っています。しかしながら規模はまだまだ小さい。だからといって、環境のために何もしなければ何も良くならない。せめて自分たちでできることとして、エコに対する取り組みに、お客様を巻き込んでいきたいと考えました。
紙箱なしで提供する代わりに通常価格の3%引きで販売する「エシカル割」もその1つ。単に箱なしにするだけでなく、その商品を選ぶことで削減できる二酸化炭素(CO2)量を製品ページなどに表示することで、お客様の選択が地球環境や社会にもたらす影響を見える化しました。
企業によっては、プロダクトそのものではなく、工場や店舗の電力削減など製造・販売段階の取り組みをSDGs(持続可能な開発目標)の活動として挙げています。ですが、私たちの場合、プロダクト自体がエコであり、エコシステムは従来やってきたことを少しバージョンアップしたにすぎません。それでも、この活動にお客様を巻き込むことで、企業規模というロジックを超えて、地球環境に貢献できるのではないかと思っています。
炎上で知ったブランドの立ち位置
──シロは19年9月にリブランディングをした際、SNSで不満の声が投稿される、いわゆる“炎上”を経験しました。
福永 ブランドロゴやパッケージをリニューアルしたことで、「それまでの世界観を崩した」という内容の投稿があり、その後、ブログに記した社員向けのメッセージにも、厳しい声が寄せられました。その際の対応は、ベストだったとは言えないと思っています。
──この経験がブランドにもたらしたものは何でしょう。
福永 情報は早く丁寧に伝えなければならないということが大きいですね。例えばリブランディングで価格が上がったといわれましたが、実際には価格は変わっていませんでした。それをすぐに丁寧に伝える必要がありました。
また、いくつかの製品を廃番にしたのですが、それはどこかで「自分たちのブランドだから」と利己的に決めてしまった面があったと思います。
それまでのシロは、自分たちが良いと思った製品を世に出すと、お客様にも受け入れてもらえてきたこともあり、リブランディングに関して、どう受け入れられるかよりも、自分たちとしてどうありたいかを重視してしまった。伝え方もやや性急で丁寧さに欠けていました。今井も私も従業員も、苦しい経験になりましたね。
一方で炎上があったにもかかわらず、売り上げは伸びていました。その後、ブランドマネジメント調査も行い、改めて「SHIROは自分たちだけではなく、ユーザーも含めたみんなのブランドだ」と捉え直して、以降、情報は早く丁寧に伝えるようにしています。
──リブランディングは、ターゲット層の拡大を考えてのことだったのでは? 男性ユーザーも増えたと聞きます。
福永 顧客層として、男性ユーザーが増えたということはありますが、ただそれは偶然の産物であって、必ずしもターゲット層拡大が狙いだったわけではないんです。そもそもターゲットを広げるために製品を出すのではなく、よかれと思う製品を出し、それを購入してくれた人をターゲットと考えています。
ロゴを小文字のshiroから大文字のSHIROにし、書体も変更したのは、存在感のあるいでたちのほうがグローバルでは伝わりやすいのではないかという視点からです。16年からグローバル展開し、18年ごろから支持が高まってきたことを受けて、もう少し存在を伝えたいという思いがありましたから。
──とはいえ売り上げが前年比150%を維持しているということは、コロナ禍下でも、新規顧客開拓ができているということですよね。
福永 現状、購入者の65%は新規のお客様、35%は継続のお客様でブランドが成立しており、この構造は3年ほど変わっていません。
化粧品は消耗品であるためスイッチングコストが低く、ともすれば毎月10%程度ずつ、顧客が減っていく可能性は高いとは思います。ですが、「キンモクセイ」シリーズのような限定品を常に出し、新規を開拓し続けてきたことが今の成長につながっています。これはつまり、1年に1回しか購入しないというお客様も、われわれにとっては重要なお客様だということなのです。
──SHIROは「みんなのブランドだ」という考えは、ともすればターゲットが絞れなくなるリスクもあると思うのですが、そのバランスはどう取っていますか。
福永 自分たちが毎日使いたいものを作ることはブランドポリシーであり、プロダクトアウトであることは変えていません。あくまでも、出来上がったものに対して伝える方法や、SHIROの製品を日常的に購入していない人も視野に入れるという意味においての「みんなの」ですね。
──100年、200年続く会社をと考えたときも、ずっとプロダクトアウトでいくと。
福永 逆にそれしかないんですよね。自分たちがアンテナを張って、高感度を保ちながら、これが欲しいのではないかという、自分たちよりほんの半歩進んだくらいの目線でプロダクトを世に送り出していく。それをなくすと、他企業やOEM企業と変わらなくなってしまうと思います。ものを売るためのマーケティングはしても、ものを作るためのマーケティングはしません。
接客的な毎週1時間のインスタライブ
──今後、SNSの活用はどうされますか。
福永 SNSの価値を教えてくださったのはお客様なんです。15年にブランドのたたずまいを変えて、19年にリブランディングをしましたが、その間、何となくSNSがにぎわっているという感覚があり、それを教えてくださったのがお客様でした。「サボン」の香りがバズったのもお客様がきっかけです。それからSNSの重要性に気づいて、ちゃんとやっていこうということになりました。
インスタライブは20年3月ごろから毎週1時間、必ず配信しています。これはお客様が店舗で購入できなくなり、接客が受けられない、新製品情報が得づらいといった声も聞く中、販売現場で行われているようなコミュニケーションの場として活用しています。スタッフが代わる代わる担当しながら、製品に関しての情報を発信します。
──戦略的というよりは、地道な販売活動にも見えます。
福永 愚直なんですよね。14年にインフルエンサーの方に依頼して発表会を行ったことがありましたが、該当記事は3日後には削除されていたという経験をしました。それを機に、広告費をもらわなくても伝えたくなるものを作ることが重要だと気づき、よりプロダクトに対する思いを加速させた面はあります。今も日本ではSNS広告もリターゲティングはしていませんし、単純なリスティング広告くらいですね。
先進的で戦略的な手法はまねしやすい部分がありますが、地道な活動は模倣困難性を高めます。こだわりを持って手作りするとか、化粧品の原料を自ら探しに行くというのが私たちのやり方ですが、それが模倣困難な理由だと思っています。
──SHIROは幅広い顧客に対応するブランドとしても期待されていると思いますが、今後の展開はどうお考えですか。
福永 プロダクトで応えていくことになると思います。例えば2000円弱の「ボディコロン」は高校生くらいから買っていただいていますが、5000円弱の「アイクリーム」は60代の方にも買っていただいている。私たちが顧客を選ぶのではなくアイテムを投じることにより、幅広い人に興味関心を持ってもらう。
年齢や性別、LGBTQといった多様性に対しても、私たちが何かを発信するというより、良いプロダクトを生み出し、それに吸引されるようにお客様がついてきてくれたらいいなと思います。
インスタライブでは男女の組み合わせでの発信が多く、男性が当然のこととしてSHIROの製品を使っていることが伝えられています。インスタライブをリアルタイムで見てくださる方は300人にも満たないですが、ストックで見てくださる方が2万~3万人はいるので、効果はあるのではないでしょうか。
多様性は環境が変わらなければ受け入れられない部分があるし、まだまだ日本ではその必要性を感じにくい面があると思います。シロはグローバル展開により各地の従業員やお客様との関わりの中で、学べたことが多くあります。その経験を生かし、幅広い人が興味関心を持っているようなプロダクトを主語に置くことで、時勢の変化にもぶれることなく対応していけるのではと考えています。
(写真提供/シロ)