サッポロビールは2021年11月、新商品「ホップテロワール」発売に合わせて書き下ろし小説を公開した。小説のサブタイトルを生産地の名前からつけ、ビールの雑学や商品の背景、物語性などを持たせることで商品を訴求する狙いだ。1890年創業のエビスブランドが、今現在、新しい取り組みに注力する理由は何か。
2021年11月24日、サッポロビールの「エビス」ブランドから、新商品「ホップテロワール」が数量限定で発売された。同商品の特徴は、ホップの名産地として知られる、ドイツ・バイエルン産のアロマホップを100%使用したことだ。製造工程で3度に分けてホップを添加することで、原料の風味を最大限に引き出した。
製造にこだわったぶん、参考小売価格は248円(税別)と、通年販売の「エビスビール」よりも少し高い。実際に口にすると、エビスビールに比べて、香ばしいほろ苦さをしっかりと感じつつ、長期熟成させた麦芽のコクも堪能できる。香りもスッとする爽快感があり、味が濃く感じるわりに、後味がしつこくない。
ホップテロワールのこだわりは製法や味だけではない。これまでのエビスシリーズに比べて、販促方法や商品の見せ方にもこだわるという。その理由を、エビスビール ブランドマネージャーの沖井尊子氏はこう語る。
「新型コロナウイルス禍になる以前から、家で充実した飲酒時間を過ごしたいと思うユーザーが増えている。これまでエビスブランドの商品は、高級感やご褒美として飲まれてきたが、これまでにない楽しみ方を提案することで、暮らしに寄り添い、愛着を高めてもらいたい」(沖井氏)
沖井氏によると、19年ごろから「家飲みの時間にこだわる」ユーザーが増えてきたそうだ。そこでエビスブランドは、商品の味やクオリティーだけでなく、製法や原料、生産地のこだわりも含めて訴求しようと考えた。製品の背景や物語性を前面に出すことで、これまで高級だったイメージを身近なものに変え、新規層を獲得しようとした。
ホップテロワールで行った取り組みは大きく2つ。1つ目は小説を公開したこと。2つ目は商品の見せ方を変えたことだ。
1つ目の小説については、21年11月10日から同社初の書き下ろし小説を公開。タイトルは原料のホップが採れる生産地名を入れた「HOP TRAVEL ハラタウ-1000年の土地-」と題し、新商品にまつわる内容を盛り込んだ。
著者は、作家かつ、渋谷でワインバーを経営する林伸次氏だ。同氏はメディアプラットフォームの「note」で6万弱のフォロワーを持ち、著書も多数。バーテンダーとしての自身の経験を基にした恋愛エッセーや、飲食店にまつわる作品の寄稿も多い。
「読者が物語を楽しみつつ、お酒に関する知的好奇心を刺激されるような作品を求めていた。上手に物語を紡いでくれる方として、林氏に声をかけた」(沖井氏)。作中では、中心人物であるバーテンダーの男性が女性客とテンポ良くビールを飲みながら会話する中で、ビールに関する知識やそのおいしさを説明する場面が頻出する。
小説の一部を抜粋する。
「人がおいしいと感じるとき、3つの理由があるとよく言われています。まず最初の3割は『その酒の本当の味そのもののおいしさ』と言われています。その次の3割は『その酒の物語』だそうです。この酒はこういう歴史があって、こういう人が作っていて、こういう原料を使っていてという物語を知ることによって、人はおいしく感じるそうです。ー中略ー 残りの1つは『雰囲気』だそうです。一人で悲しいときに飲む酒、愛している人と幸せな気持ちで飲む酒、高級な飲食店で丁寧に説明されてゴージャスな雰囲気で飲む酒、どれも同じ酒でも人は違う味に感じてしまいます」(HOP TRAVEL ハラタウ-1000年の土地-より。一部省略)
作品の詳細は省くが、小説内では、酒がおいしいと感じる3つの理由が体現されている印象を受けた。「雰囲気ある」バーの店内で、「酒本来の味」と「酒の物語」を語るバーテンダーのセリフを中心に、物語が展開されていく。沖井氏が語るような、ビールを飲みながら読むと優雅な気持ちになれる作風だ。
2つ目の商品の見せ方については、まず缶のデザインが目につく。これまでのエビスシリーズは、恵比寿様のロゴが目立つのが一般的だが、ホップテロワールは缶の全体がエメラルド色で覆われている。一見するとエビスブランドの商品とは思えない。
シリーズ内において、斬新なデザインを採用したのも、「商品の物語性を伝えるため」と沖井氏。
「ハラタウ(ホップが採れる生産地の名前)の畑を描き起こしてもらい、畑の中にいるようなイメージでデザインした。よくワインのラベルで、シャトーのぶどう畑が描かれているのを参考に、情緒感や物語性が伝わりやすいようにした。通常のエビスビールとは変え、シンプルながら細部にはこだわっている」(沖井氏)
缶の表面にも工夫を施した。側面に貼ってある二次元コード(QRコード)を読み込むと、生産地のバイエルン畑の映像が360度広がるという仕掛けだ。公式サイトでは、生産者のインタビューやホップに関する豆知識が閲覧できる。
こうしたユーザーに興味を持ってもらうような仕掛けを、あらゆる側面で展開する。ホップテロワール発売以前に、小説を公開すると宣伝していたことも話題を呼び、計画数を大幅に上回る売れ行きだそうだ。
ファッション誌を購読する層が流入
サッポロビールでは今、エビスビールの認知やブランドイメージの転換を図っている。エビスビールは、21年2月にリブランディングを実施。キャッチコピーを、これまでの「ちょっと贅沢(ぜいたく)なビール」から、「Color Your Time! YEBISU ビールの楽しさ、もっと多彩に。」に変更した。
今回、小説を公開したのも、「リブランディングの一環」と沖井氏は説明する。「エビスビールを片手に、よい時間を過ごし、楽しんでもらえる取り組みを行う」と、新しいブランドコンセプトに沿うコンテンツを提供する。
サッポロビール広報部によれば、エビスブランド全体としても、21年1~11月の累計の出荷数は前年比104%に伸びているそうだ。客層としては20代を中心とした若年層が増加。さらにグルメやファッション誌などを購読するような、身の回りの暮らしに興味がある「ライフスタイル層」からの反応も増えているという。
「これまでエビスビールは、年に1、2回、ハレの日のタイミングでしか飲まない人も多かった。それが今は、おいしいご飯を作った日など、日々の時間を充実させるために購入されるパターンも多くなった」と沖井氏。
商品の見せ方に注力し、本来の味やブランディングを保ちながらビールの多彩な魅力と幅広い楽しみ方を伝えることで、これまで愛飲していたユーザーを手放すこともなく、自然とターゲット層が広げる考えだ。
「プレミアムビールというよりも、ブランドの歴史や味わいの深いエビスならではの魅力を発信していきたい。今回ホップテロワールの小説に限らず、多様な伝え方があると思うが、ビールの飲酒体験そのものをプレミアム化していけたら」と沖井氏は結んだ。
(写真提供/サッポロビール)