映画公開から127日間で興行収入100億円を突破した『シン・エヴァンゲリオン劇場版』。コロナ禍下での厳しい船出だったが、ファンからの熱烈な「推し」に支えられ、快挙を達成した。その大ヒットの過程を、2021年10月に新著『推しエコノミー 「仮想一等地」が変えるエンタメの未来』を上梓(じょうし)したエンタメ社会学者の中山淳雄氏が解説する。

(『推しエコノミー 「仮想一等地」が変えるエンタメの未来』第2章の一部を抜粋・再構成したものです)

『推しエコノミー 「仮想一等地」が変えるエンタメの未来』(日経BP)
『推しエコノミー 「仮想一等地」が変えるエンタメの未来』(日経BP)

 推しエコノミーの象徴的な事例を取り上げたい。2021年3月8日に公開された『シン・エヴァンゲリオン』は、1月から続いていた2回目の緊急事態宣言が明けようとしたまさに開放期に上映を開始したものの、4月25日から再び1カ月にわたって3回目の緊急事態宣言となり、劇場の多くが閉じてしまった。当然ながら興行収入は4月末からほとんど伸びなくなってしまった。

 だが、その3回目の緊急事態宣言の最中に何が起きたか。ユーザーは「再び」劇場に殺到したのである。「エヴァンゲリオンを100億にもっていかなければ」という焦燥感で、貢ぎ続けるかのようにユーザーは訪問を重ねたのだと考える。それは1カ月遅れで始まった『名探偵コナン 緋色の弾丸』では起こらなかった動きである。

 #コナンの日次ツイート数を確認すると、17年の『から紅の恋歌』の10万人から18年4月の『ゼロの執行人』で35万に急激に上がっている。理由については前著『オタク経済圏創世記』(日経BP)に記載したが、これまで10年以上かけた伏線の回収と安室という主人公以上に人気を博したキャラクターをメインにした作品展開のおかげである。当時は「安室を100億男にする」を合言葉に5回、10回と視聴を重ねるコアファンが急増していた。

 翌年の19年4月の『紺青の拳』はシンガポールが舞台で主役もそれほど人気の高いキャラクターではなかったが、それでも前作の興行収入を超えたのは明らかにファンたちが「コナンを100億にする」という成功物語を追いかけていたからだ。

 実は20年4月に『緋色の弾丸』の公開が1年延期となったときも、まだこの物語は「生きていた」。延期発表に対して集まったLikeやツイート数は例年同様、むしろ映画を公開していた時期以上にツイートが伸びていた。

 だが、その後の1年はあまりにイレギュラーであった。映画館そのものが閉まり、ほとんどのユーザーが『鬼滅の刃』に殺到してしまい、人々は「コナン100億円の物語」から冷めてしまった。

 一度その熱狂から外れてしまうと人気はもろい。21年は念願の赤井を主役とした『名探偵コナン 緋色の弾丸』がようやく公開されたが、もうその時点でユーザーは、ほかの作品の物語の味を覚えてしまった。前年に果たされなかった夢に向けて初動はもちろん悪くはなかったが、伸び悩む結果となった。

 では『ドラえもん』や『クレヨンしんちゃん』のように強引にでも20年秋に上映していたらよかったかというと、そうとも言い切れない。半年遅れで上映されたそれらの作品は、映画館に行ったこと、視聴感想を皆でつぶやくようなウエーブが起きなかった。いずれの作品も過去2作と比べると、ほぼ半分の興行収入にとどまっている。

明暗分けた『シン・エヴァ』と『コナン』

 ツイッターというマイクロメディアにおけるつぶやきの重要性が、改めてこの社会実験的な環境下で明らかになった。コミュニティーの熱狂という2次的ファクターがなければ、国民的アニメといわれてきた『ドラえもん』も『しんちゃん』も『コナン』も興行収入100億円、観客動員約650万人という数字は難しい目標なのである。シン・エヴァンゲリオンのようにユーザー自身が自発的に物語の一体となって作っていこうと思わない限り、こうした記録的な数字は達成し得ない。

『シン・エヴァンゲリオン』と『名探偵コナン 緋色の弾丸』の週次売上推移(出典/Box Office Mojo。コナンは4月16日が1週目)
『シン・エヴァンゲリオン』と『名探偵コナン 緋色の弾丸』の週次売上推移(出典/Box Office Mojo。コナンは4月16日が1週目)

 上のグラフはリリース後の週次売上をコナンとシン・エヴァで比較したものである。3月からリリースしていたシン・エヴァの売り上げは、4月後半以降は(緊急事態宣言により地方のみで上映していた)週1億円程度の積み上げだったが、6月13日の週になって突然3億円、4億円と増えている。1人1500円程度と考えると、毎週20万~30万人が劇場に足を運んでいる計算になる。

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