コロナ禍が2年目に入った2021年8月、香港政府は経済刺激策として2度目の給付金5000香港ドル(約7万円)を18歳以上の永久居民約720万人に支給した。注目したいのは、それが現金ではなく電子消費券だったこと。給付金が貯蓄に回されるのを防ぎ、国内の消費を喚起するのが狙いだ。

香港政府はコロナ給付金の支給方法に電子消費券を採用。申し込みには専用のWebサイトが用意された
香港政府はコロナ給付金の支給方法に電子消費券を採用。申し込みには専用のWebサイトが用意された

現金では消費を喚起できない

 香港は新型コロナウイルス感染症の感染拡大抑制に成功している地域の1つだ。海外からの入境者による輸入感染は頻繁に発生しているが、市中感染に目を向けると2021年の8月4日まで58日連続で新規感染者ゼロを記録。その後、8月18日から再び41日連続して市中感染ゼロを続けている(9月27日時点)。しかしその一方で、厳しい規制によって消費が伸び悩んでいるのも事実。コロナ給付金の支給は、香港在住者の消費を喚起することで経済の活性化を図ったものだ。

 香港政府が20年7月に1回目の給付金1万香港ドル(約14万円)を支給したときは現金(銀行振込)だったが、2回目の給付金は電子消費券による支給となった。給付金の支給方法に電子消費券を採用したのは1回目の給付、つまり現金では期待したような消費の活性化が見られなかったからだろう。香港の各業界団体、市民からも2回目の給付を求める声が出ていた。

 給付金による消費の喚起を考えたとき、重要なのはその使い道だ。現金と電子消費券の違いは貯蓄性にある。現金の給付による経済の活性化が芳しくなかったのは、その一部が貯蓄に回されたからだとみていいだろう。電子消費券には利用期限が設定されているため、受給者が期限までに使い切ろうと考えるのは想像に難くない。

 電子消費券は小売店、飲食店、香港を拠点とするEC(電子商取引)サイト、公共交通機関などで利用できる一方、電気・水道などの公共料金や税金の支払い、保険などの金融商品の購入、政治や宗教団体への寄付、教育機関の授業料などには充当できない。もちろん、アマゾンなどの外国企業からの購入も不可だ。こうした制限を加えられるのもデジタルデータによる給付ならではだろう。

 21年6月に電子消費券での給付が公示されると、電子決済サービスを提供する企業や小売店は「待ってました!」とばかりに、さまざまな割引や特典などの提供を開始。その効果はてきめんだったようで、香港の新聞・星島日報(電子版)は「香港政府の陳茂波(ポール・チャン)財政長官が電子消費券の効果は当初予測を上回っているとの見方を示した」と伝えている。

銀行振込から決済アプリへのチャージへ

 今回の電子消費券の支給先としては交通系ICカード・アプリ「八達通(Octopus、オクトパス)」、中国系電子決済アプリ「微信支付(WeChatPay、ウィーチャットペイ)」および「支付宝(Alipay、アリペイ)」、香港地場の電子決済アプリ「拍住賞(Tap & Go、タップ・アンド・ゴー)」の4種類を選択できるようになっている。

 八達通は日本のSuicaのようなもので、香港では1997年にサービスが始まり、20年余りを経た現在では、交通系の支払いに加えて小売店などでの電子決済にも使われている。また香港を訪れる中国人観光客が年間5000万人を超えていた2018年ごろには、彼らの消費に対応するため微信支付、支付宝もすでに普及していた。香港版QRコード決済の拍住賞も広く浸透している。

「八達通」は香港版Suicaといったところ
「八達通」は香港版Suicaといったところ

 香港在住の筆者は電子消費券の受け取りに八達通のICカードを選択した。このICカードはチャージの限度額が3000香港ドル(約4万2000円)に制限されているため、まず21年8月1日、続いて10月1日に2000香港ドルずつ支給されることとなった。残りの1000香港ドルは計4000香港ドルを使い切ると翌月の16日以降にチャージが可能になる仕組みで、10月31日までに使い切れば11月16日以降、11月30日なら12月16日以降といった具合だ。なお「八達通」以外では2回目の支給で3000香港ドルをまとめてチャージ可能だが、電子消費券の有効期限は12月31日となっている。

八達通のチャージは、地下鉄などに設置されている専用の機械に「八達通」をかざすだけだ
八達通のチャージは、地下鉄などに設置されている専用の機械に「八達通」をかざすだけだ

 今回のような「給付金をデジタルデータで支給する」といったことができたのも、香港では市民一人ひとりが顔写真、氏名、性別、生年月日などが記載された「IDカード」を所有しており、個人情報が完全にデジタルデータで管理されているからだ。

 香港のDX(デジタルトランスフォーメーション)は日本よりはるかに進んでいる。20年9月にスイスの国際経営開発研究所が発表した「世界デジタル競争力ランキング2020」によると、調査対象となった63の国・地域のうち香港は第5位。これに対し日本は27位と大きく後れを取った。日本のDXが香港に追いつける日が来るのか、今後の動向に注目したい。

香港のIDカード。役所や病院での手続き、公共料金の支払い、銀行口座の開設など、あらゆる場面でこのカードが必要となる
香港のIDカード。役所や病院での手続き、公共料金の支払い、銀行口座の開設など、あらゆる場面でこのカードが必要となる
1
この記事をいいね!する