家具メーカーの参入が相次ぐゲーミング家具。そこにスウェーデンの家具大手イケアも名乗りを上げた。4999円という破格の安さのゲーミングチェアをはじめ、25種類の商品(2021年9月時点)を取りそろえ、アジアから世界へと展開する。「機能性と価格への驚きを意識した」というイケアの戦略を、イケア・ジャパン(千葉県船橋市)の担当者に聞いた。
5000円切るゲーミングチェアの衝撃
この春、ゲーマーたちの間で大きな話題となった“家具”がある。イケアが2021年4月に発売した4999円(税込み、以下同)のゲーミングチェア「HUVUDSPELARE(フーヴドスぺラレ)」だ。
ゲーミングチェアは、その名の通り、長時間同じ姿勢で画面に集中するコアなゲーマーに向けた、ゲームプレー用の椅子。明確な定義はないが、クルマのバケットシートのように、しっかりと体をホールドする高い背もたれや腰痛を防止するランバーサポート、肘掛けなどを装備したものが多い。
もとよりeスポーツの認知度向上やゲーム人気を背景に需要を伸ばしてきたが、最近は新型コロナウイルス感染防止のためテレワークをする人が増えたこともあって、「自宅でパソコンなどを長時間操作する場合も腰痛になりにくい」と注目されるようになった。
当初は「AKRacing(エーケーレーシング)」や「DXRACER(デラックスレーサー)」といった専門ブランドの製品ばかりが市場を占めていたが、ビジネスチェアの「Ergohuman(エルゴヒューマン)」シリーズなどで知られる関家具(福岡県大川市)がいち早く「Contieaks(コンティークス)」ブランドを立ち上げて参入。前述のコロナ禍でのテレワーク需要を受け、ニトリ、オカムラといった家具大手も製品を展開している。
これにイケアが加わった。インパクトが大きかったのは、その価格だ。冒頭のHUVUDSPELAREに加え、「UTESPELARE(ウーテスペラレ)」(1万2990円)、「MATCHSPEL(マッチスペル)」(1万5990円)とゲーミングチェアはいずれも低価格。ボリュームゾーンが3万円前後であるゲーミングチェアの価格をここまで抑えたのは衝撃的だ。
「ゲーマーにはコア層もいればカジュアル層もいる。だが、従来のゲーミング家具は、ミドルレンジからハイレンジが多く、競合他社の商品もここが中心になっている」と語るのは、イケア・ジャパンのカントリーセリングマネージャーであるルスラン・プセユノック氏。だからこそ、「機能性と価格への驚きを意識した」。低価格な商品を含めて複数の選択肢を用意することで、カジュアルなユーザーでも予算に応じた環境を構築できるようにしているのだ。
しかもイケアの場合、ゲーミングチェア以外に、ゲーム用デスク、ゲーミングPCを置くキャスター付きのCPUスタンドや引き出しユニットなども展開する。実物を見てみると、いずれも手ごろな価格ながらゲーマーのニーズを見極めた、訴求力のある商品だ。
それもそのはず。イケアはこれらのゲーミング家具や雑貨を、台湾エイスーステック・コンピューター(ASUS)が展開するゲーミングブランド「ROG(Republic of Gamers)」とのコラボレーションで開発しているのである。
暮らしになじむゲーミング家具は未開拓
北欧発祥のブランドらしく、木材やファブリックの素材感を生かした製品を多くそろえるイケアがROGとコラボし、硬質でクールなイメージが強いゲーミングの世界に進出する――このことには、イケアというブランドを知る人ほど意外な印象を持つかもしれない。しかし、プセユノック氏によれば、この背景には同社のリサーチに基づく根拠があるそうだ。
オランダのeスポーツ専門調査会社Newzooの「グローバルゲームマーケットレポート2021」によれば、21年末までに世界のゲームプレーヤー人口は約29億人になる見込み。また、世界のゲーマー人口の約46%は女性とするデータもある。しかしながら、そうした市場の盛り上がりはこれまで「家での暮らしという点からは見過ごされてきた」とプセユノック氏は指摘する。
ゲーミングチェアをはじめとするゲーミング関連商品は、ゲームやeスポーツという独特の文化を背景に発展してきた。それ故に、そのデザインは一般家庭のインテリアにいまひとつなじみにくいという側面を持つ。
一方、イケアの店舗は、生活のワンシーンを再現するような形で商品を展示するのが特徴だ。つまり、イケアの商品は生活スタイルの提案でもある。プセユノック氏によると、ゲーミング関連商品においてもそれは同様で、ゲーミングチェア、ゲーミングデスクといった家具を単品で出すにとどまらず、ROGの協力の下、家の中に快適なゲーム環境を構築するための商品を幅広く開発する方針だという。イケアが培ってきた知見を持ってゲーミング関連商品を充実させることで、ゲームを生活の一部に取り入れたインテリアやゲーム体験を新たにデザインしようというわけだ。
そのため、商品開発においては、イケアとROG双方の知見を生かすことを重視してきた。
イケアがゲーミング関連商品の開発を始めたのは3年前の18年から。3Dプリンターを使った義足などを制作する米UNYQや、教育的観点からeスポーツに取り組むスウェーデンのArea Academyの協力の下、人間工学なども考慮したさまざまな商品のプロトタイプを作成。その取り組みを通じ、機能的なゲーム向けソリューションには「世界的に見ても大きな需要がある」という手応えをつかんだという。
さらにROGと組むことでゲーマーのニーズを掘り下げた。開発段階では、イケアとROGのデザイナーやエンジニアが、上海のプロゲーマーやゲームファンを集めたワークショップを開催。日本と中国のデザイン・開発・販売の担当メンバーも参加して、ゲーミング関連商品に必要な機能を1つずつ特定していったという。
「ROGはゲーマー向けの高品質で革新的なハードウエアなどを手掛けている。ゲーマー向けの商品を初めて発売するに当たり、ROGが持つゲーマーのニーズへの深い理解や専門知識と、イケアが持つ家具への知見を融合させることで、ゲーム体験における快適さのレベルを引き上げたいという思いがあった」とプセユノック氏は説明する。
前述のように、ゲーマーには女性も多いことから、イケアではジェンダーや好みを問わず部屋にマッチする商品開発も心掛けた。ゲーミング関連商品には黒を基調とした鋭角的なデザインが多いが、デザイン性や色の展開に幅を持たせ、より広範なプレーヤーのニーズに応える考えだ。
ゲーミング家具で新たな客層を獲得
世界的な需要を見極めたうえでゲーミング家具に進出を決めたというイケア。21年1月に中国、4月に日本で発売し、10月1日からは全世界で販売を開始する。
中国、次いで日本で先行発売した理由について、プセユノック氏は市場調査の結果によるものだと説明した。先にゲーマー人口は世界で約29億人としたが、このうち半分以上は日本を含めたアジア太平洋地域に属している。このため、ゲーミング家具においてはアジア市場を重視。ここからグローバルに広げていく方針だ。
今後の市場について展望を聞いたところ、プセユノック氏は「ゲーム業界への参入はイケア成長の鍵になると確信している」と返答した。その根拠として、コロナ禍で人々の生活様式が一変し、家での暮らしが重要性を増す中で、ゲームへの関心がより高まっていること、ゲームが家族や友人とのコミュニケーションツールの1つとして機能するようになっていることを挙げた。「Life at Home」をキーワードに掲げるイケアにとって、自社の商品とゲームとの親和性は高まるとみる。
実際、中国と日本で販売を開始して、手応えも感じている。「単に(売り上げが)好調というだけでなく、今までのイケアの顧客とは違う、新たなユーザーも開拓している実感がある」とプセユノック氏は話した。
東京ゲームショウ2021にも初出展
ゲーミング関連商品を手掛けるメーカーはこれまで、特定分野の商品に特化し、その専門性の高さをセールスポイントとしているところが多かった。例えば、ゲーミングチェア専門、アクセサリー専門といった具合だ。しかし、「ゲーミング家具といっても使うのはあくまでも家の中であり、他のインテリアと組み合わせることになる。部屋全体のコーディネートを考慮したイケアのホームファニッシングに関する知識はこの分野でも大きな強みになる」とプセユノック氏は言葉を重ねて強調した。
特に日本の住宅事情を考えれば、ゲームを遊ぶための環境は日常を過ごすスペースでもあるというケースが多い。同社の統一感のある商品展開を魅力と考えるユーザーは多いだろう。
イケアとしては、今後、年4回ほどのペースでゲーミング関連の新商品投入を計画している。また、21年9月30日から開催される東京ゲームショウ2021 ONLINEに初出展。10月以降は、各地の大型店舗を中心に、女性のゲーマーも視野に入れた商品展示を強化する。こうした取り組みを通じて、コア層からカジュアル層まで、幅広くアピールしていく。
そう遠くないうちに、イケアが「ゲーマー御用達の店」になる日が来るのかもしれない。
(写真/稲垣宗彦)
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