「アサヒ生ビール」、通称「マルエフ」が、約28年ぶりに缶商品として復刻する。「スーパードライに次ぐ第二の柱」として、2026年には1千万箱規模の売り上げを目指す。世代や性別関係なく、長期的な定着を見据えて展開する。なぜアサヒビールは、四半世紀以上前に終売した商品を復活させたのか。
アサヒビールが2021年9月14日、約28年ぶりに「アサヒ生ビール」、通称「マルエフ」を復刻する。味わいとしては、コクとキレのバランスが良く、度数4.5%で低炭酸と気軽に飲めるのが特徴だ。アサヒビール広報部門によると、店頭での想定価格は350ミリリットル缶で219円前後 、500ミリリットル缶で286円前後(いずれも税込み)と、「スーパードライ」とほぼ同じだという。
アサヒビール新商品開発部長の倉田剛士氏は、マルエフへの思いを「『スーパードライ』に次ぐ第二の柱として、育てていきたい」と語る。26年には単年で1千万箱規模の販売目標を掲げた(スーパードライの20年販売総数は6千517万箱)。
アサヒビールにとっても、本格的なビール商品の登場は約3年半ぶりとなる。これまで「スーパードライ」ブランドを中心に売り出していたアサヒビールは、なぜこのタイミングでマルエフを発売したのか。また、どのような戦略で、マルエフを基軸商品として成長させていくのか。
ユーザーの飲用シーンや気分を重視
アサヒビール専務取締役マーケティング本部長の松山一雄氏は、マルエフの発売に乗り出した背景に「ビールに対するニーズの多様化」を挙げた。
「スーパードライという1つのブランドだけで、すべてのお客様の、すべてのニーズに応えて満足していただくことは非常に難しい。おいしさや価格、スペックという物性機能価値だけでは、お客様の心をつかめない世の中になってきている」(松山氏)
松山氏が言う「ニーズ」とは、個々のユーザーが、あらゆる場面で、「飲用してどのような気分になりたいか、どんなシーンで飲用したいか」と感じることを意味する。例えば、同じユーザーでも、活力が欲しいときもあれば、癒やしやリラックスを求めている時もある。その時々の気分や状況によって、同一人物かつ同じビールカテゴリーでも、求める銘柄は変わるというわけだ。
松山氏によれば、このニーズを重視する傾向が、ここ10年から20年の間で強まり、多様化につながっていると分析する。
「(最近の世の中の流れとして)多様性を認め合い、皆が寄り添えるような社会に向いてきている。(その流れにユーザーも着目して)何かを買ったり、使ったり、飲んだりするときに『このような気持ちになる』と感じることを大事にしている。モノ(商品のクオリティーやスペック)だけでなく、商品を通じた体験、(商品の)ストーリーや共感性、そういったものが求められる時代になってきている」(松山氏)
だからこそ、松山氏は「物性機能価値だけではお客様の心をつかめない」と語るのだ。そこでアサヒビールは、ユーザーの飲用シーンや気分に広範囲でアプローチすることを重視した。
「日本だけでなく世界的に、一人一人が複数のブランドをシーンに応じて飲み分けていると言われている。そこで我々も、人(世代や性別など)で(ターゲットとするユーザー層を)分けるというよりは、それぞれの情緒ニーズに応じて楽しんでいただくのが非常に重要だと思った」(松山氏)
ニーズの多様化は、コロナ禍による巣ごもり需要やライフスタイルの変化、人とつながりにくい状況で加速していく。そういった状況に対応するため、アサヒビールはマルエフを復刻させたのだ。
それでは、具体的にスーパードライでは満たせないニーズを、マルエフでどのようにカバーするのか。商品コンセプトやそれに伴ったプロモーションからひも解いていく。
商品イメージは「ぬくもり、まろやか」
スーパードライとマルエフの違いは大きく2点、飲用シーンと味わいにある。
倉田氏によれば、スーパードライは「仕事からプライベートへ切り替えたい時、明日への元気や活力を得たい時」を飲用シーンに設定している。一方、マルエフは「プライベートの時間をゆったり楽しみたい時、心地よくくつろぎたい時」を想定している。
飲用シーンが異なれば、当然味わいも異なる。スーパードライの特徴といえる「クリアな味・辛口やキレ」に対し、マルエフは「まろやかさ・バランスの良いコクとキレ」がウリだ。
スーパードライにはない、まろやかな味わいでオフ時間のニーズを狙うマルエフ。商品のコンセプトを「ぬくもり」と掲げ、そのイメージに沿う製法やプロモーションでアプローチを行う。
「中身・製法については、1986年の発売当初から変わらない『まろやか仕立て』で今回も発売する」と倉田氏。製法には3つの特徴がある。1つ目は仕込みと煮上がりの段階でホップを入れて、ほどよい苦味と香りをつけること。2つ目は発酵度を高くしすぎず、麦の味わいを残すこと。3つ目は低炭酸・低アルコールに設定し、うまみを引き出したことだ。
プロモーションに関しても、温かさや懐かしさを演出する工夫が随所で見られる。
まず目を引くのがパッケージだ。「(復刻にあたり)大きく刷新した」と倉田氏も語るように、アイボリーとゴールドを基調に、レトロさを感じる書体を採用。裏面には86年の発売当初から現在にいたるマルエフのストーリーを記載して、長く愛される商品として売り込んでいく。
テレビCMでは竹内まりやの楽曲を使用し、アルコールCM初登場となる新垣結衣を起用。「何かと忙しい時代、心のゆとりを忘れてしまいそうで。だから、ずっと前からお店で愛され続けてきた、このまろやかなアサヒ生ビールで」というセリフで、ブランドの世界観を伝えていく。
また、マルエフは「非常にストーリーのある商品だ」と倉田氏。マルエフの発売当初から振り返ると、初めてマルエフが販売された86年、アサヒビールは低迷期だった。そこで当時主流だった苦味の強いビールに対して、バランスよく飲みやすいマルエフを開発。結果、マルエフはヒットして、アサヒビールは低迷期を脱却した。
しかし、会社を立て直した救世主にもかかわらず、マルエフは93年に缶商品が終売となる。スーパードライの爆発的ヒットにより、生産ラインの兼ね合いから泣く泣く生産を中止したそうだ。しかしその後も、飲食店からの強い要望で、樽生で取り扱われ続けた。そして今回、約28年ぶりに缶商品として復活を果たしたわけだ。
紆余曲折(うよきょくせつ)あるエピソードを、家庭で飲むユーザーにも伝えることで、「ブランドの価値も上がるのでは」と倉田氏。スーパードライとは異なる飲用シーンやコンセプトを「製法・プロモーション・商品の歴史」から訴求していく。
コロナ以降も長く愛される商品として
「2026年までに単年で1千万箱規模」という販売目標にもあるように、アサヒビールは長期的にマルエフを売り込んでいく予定だ。
「コロナが収束したらまた違う商品をプッシュしていくという戦略ではない。コロナ禍が明けて外で飲むときにも、当然マルエフという選択肢があると思っている」(松山氏)
幅広い世代から飲用されることで、需要の拡大も狙う。40~50代には温かみや優しいイメージで、若い世代には懐かしさや新しさで訴求していく。
「決して『古いものが良い』ということで、マルエフを復活させたわけではない。時代がぐるぐると回っていく中で、いろいろな世代の方に普遍的な価値を提供していきたい」(松山氏)
かつての低迷期を支え、長く飲食店で提供されてきたマルエフ。今後はより多くのユーザーとコミュニケーションを図れるような、長く愛される商品として定着を狙う。
(写真提供/アサヒビール)