興行収入100億円を突破した庵野秀明総監督作品『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が、作品を世界に届ける手段として選んだのは動画配信サービスのAmazon Prime Video(プライム・ビデオ)だった。2021年8月13日から日本を含む240以上の国と地域で独占配信されている。上映終了後、1カ月を待たず配信に踏み切った理由を、同作を製作したカラーの緒方智幸代表取締役副社長とアマゾンジャパンの児玉隆志氏に聞く。

『シン・エヴァンゲリオン劇場版』は2021年8月13日からAmazonプライム・ビデオで世界240以上の国と地域で独占配信
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』は2021年8月13日からAmazonプライム・ビデオで世界240以上の国と地域で独占配信

 2021年3月8日に劇場公開された『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(以下、『シン・エヴァ』)。コロナ禍で苦境に立つ劇場作品が多い中、累計興行収入は100億円以上を記録し、21年上半期に日本国内で公開された作品の中で最も見られた映画作品となった(21年7月18日現在、興行通信社調べ)。7月21日をもって上映を終了すると同時に発表されたのは、8月13日からAmazon Prime Videoにて、プライム会員向けに独占配信されるということだった。

アマゾンと組んだ決定打はEC展開

 上映終了からほどなく配信を開始するケースや劇場公開と同時に配信を試みるケースは近年増えている。『シン・エヴァ』にとっても「必然的な流れだった」と話すのは、同作を製作したカラー(東京・杉並)代表取締役副社長の緒方智幸氏。「SVOD(定額制動画配信サービス)やAVOD(広告型動画配信サービス)といったプラットフォームを通じ、日本はもちろん世界のファンに作品を届けることは今の状況に即している。当社からアマゾンにお声掛けし、実現した」と経緯を語る。

 聞けば、今回は映画公開の計画そのものがコロナによって狂わされたという事情もあった。当初予定していた劇場公開日は20年6月。それが半年以上延び、海外興行の計画についても振り出しに戻る。この過程の中で、「配信を活用する」策が浮上したのだ。

 ただ、その時点ではカラーにとってアマゾンはプラットフォームの選択肢の1つにすぎなかった。一方、アマゾンからすると、『シン・エヴァ』の配信権を得ることは渡りに船だった。アマゾンジャパン(東京・目黒)のAmazon Prime Videoジャパン・コンテンツ事業本部長の児玉隆志氏はその理由をこう話す。

 「プライム会員が喜ぶコンテンツを1本でも多く提供することが、我々の最重要課題。だが、コロナ禍を背景に劇場公開の延期や中止が相次いだことで、配信可能な(劇場公開済みの)新作映画は減っていった。そんな状況でもできるだけフレッシュなコンテンツを確保するため、より多くの製作者、プロダクションと話を進めていたところだった」

 最終的にカラーがアマゾンを選んだ理由の1つは配信地域の広さだ。現在、Netflix、米ディズニー直営のDisney+、そしてAmazon Prime Videoが世界三大動画サービスと呼ばれているが、その中でもAmazon Prime Videoの配信地域は今や240の国と地域に上り、競合他社を上回る。

 加えて、緒方氏が挙げたのが、「DVDなどの映像・音楽商品やたくさん展開されているグッズ、関連書籍といった物販系EC展開との連動性の高さ」だ。「カラーの主力事業は映像製作だが、グッズや玩具・ホビーも大きな収益源。映像配信とマーチャンダイズの動線が近いアマゾンは、エヴァという作品を配信する場として合っていると思った。また、今や カラーの作品というより“庵野秀明”そのものがコンテンツになっている面があり、当社製作ではないものも含めて、庵野の過去作から最新作まで振り返ることができる環境をつくるのにもアマゾンが適していた」(緒方氏)と説明する。

マーケティングのピークをつくりやすい

 今回、アマゾンが日本での上映終了から間を置かず世界240以上の国と地域で『シン・エヴァ』を配信したことは、日本以外の国ではアマゾンを通じて同作が初上陸するという状況をもたらした。これは「DTS(Direct to Stream)」と呼ばれる、劇場映画を直接配信する手法に当たる。海外市場ではディズニーをはじめ、新作映画のDTS作品数が増加傾向にあり、消費者からも支持されている向きがある。

 米国の調査会社Hub Entertainment Researchが、週に1時間以上テレビを視聴する14~74歳の米国消費者3000人を対象に21年6月に実施した調査によると、今後1年間に新作映画を見る予定のある人のうち、「主に自宅で配信視聴する」と答えた人(38%)と「主に映画館に行く」と答えた人(36%)がほぼ同数に、両方を利用する予定と答えた人が全体の約4分の1(26%)になった。米国では今後、コロナ以前のような「映画館一択という常識」に戻る兆しはみられない。

 また、かつてレンタルビデオがその役割を担っていたライトユーザーへのリーチは、動画配信サービスが取って代わりつつある。ここでも、新作映画に初めて触れる場が動画配信サービスというユーザーは増えていくだろう。

 DTSは、こうした消費者行動の単純な変化に対応するのみならず、「実はマーケティングの効果が出やすいのが利点」とアマゾンの児玉氏は指摘する。

 劇場公開後に動画配信サービスに展開する従来の方法では、国や地域によって作品を見られるタイミングに時差ができた。しかし、「DTSではその時差を減らし、世界中でほぼ同時に展開できる。その分、マーケティングのピークをつくりやすいということ。ピークは高いほどその影響は長く続きやすい。エヴァのようにもともと海外からも支持を集めやすい作品は、DTSによって新しいファンを増やすことにもつながるだろう」(児玉氏)

 実際、今回『シン・エヴァ』の配信がスタートしたことで、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』(07年公開)、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』(09年公開)、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』(12年公開)の前3作を加えた全4部作をすべてそろえて配信できる体制が整った。これによって、今まで「エヴァンゲリオン」シリーズを見たことがない人も入りやすくなる。

 また、Amazon Prime Videoが扱う日本のアニメ作品として、かつてない規模のブランド展開が可能になり、話題も集めやすい。21年7月23日に行われたポップカルチャーの祭典サンディエゴ・コミコンのオンラインイベント「Comic-Con@Home」には庵野氏自ら出演し、Amazon Prime Videoを通じて世界配信することが告知された。前述のような、世界同時に一気通貫でマーケティング展開ができる効果が表れていると言っていいのではないか。

 それは、『シン・エヴァ』の配信初日の視聴数が、15年にAmazon Prime Videoが日本国内サービスを開始して以来配信した全作品の歴代最高記録を塗り替えたことからも裏付けられる。

劇場、配信、パッケージのファンは異なる

 一方で、上映終了から間を置かずに動画配信サービスでの配信を始めてしまうことは、その他のビジネス、特にBlu-rayなどのパッケージ販売に影響を与えるのではないかという懸念も一般にはある。これについて、緒方氏は「必ずしもそうとは思わない」と答えた。「劇場と配信、パッケージを通じて作品に触れるファンは重なってはいてもイコールではない」と考えているからである。

 「劇場公開からパッケージ販売までは通常時間が掛かる。エヴァはこだわりが強く、パッケージ化に際し映像をブラッシュアップしたり特典映像を制作したりするので、その傾向が一層強い。それでも待ってくださるファンにとって、パッケージは単に作品を鑑賞するためのものではなく、コレクターズアイテムという要素がある。配信を見るファンとはまた別の楽しみ方だ。むしろいち早く配信することで、そうしたファンに、パッケージが販売されるまでの間も作品を見られる環境を提供できるのは、利点かもしれない」(緒方氏)。しかもこうした傾向は、ニッチな作品になればなるほど強いとみている。

 では今後、DTSによる海外配信が増えていくことが、作品作りに及ぼす影響についてはどのように捉えているのか。「庵野が『日本のユーザー向けに日本の言語で、日本向けの作品を作っている』と答えているように、配信モデルが直接影響を与えるものではないと考えている。ただし、どこのアニメスタジオももはや配信抜きには(ビジネスモデルを)考えられない時代になっているのは事実。DTSで世界展開ができることで、クリエイターがより利益を得られるような変化には期待している」というのが、緒方氏の答えだった。

 今回の『シン・エヴァ』の全世界配信は現時点ではあくまでも「作品を届ける手段の広がり」にすぎない。だが、それが手段から戦術に変化するのは時間の問題。国や地域を越え、作品を直接届けるDTSはグローバルなビジネスの時間軸を限りなく縮めていくからだ。

(写真提供/カラー)

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