FCAジャパン(東京・港)はeスポーツイベント「ABARTH x ストリートファイターV - SCORPION CHALLENGE」を開催する。自社のイタリア車ブランド「アバルト」の名を冠し、カプコンの『ストリートファイターV チャンピオンエディション』(SFVCE)を使用したオンライントーナメント戦で、2020年に続いて2回目。現在は予選を開催中だ。10月に行うチャンピオンシップを制した優勝者には、賞金8万円に加え、日本eスポーツ連合(JeSU)公認プロライセンスを付与する。

アバルトが2021年6~10月に掛けて実施する「ABARTH x ストリートファイターV - SCORPION CHALLENGE」。6月に募集を開始。7月の1次予選で、9月に開催される2次予選に進出する64人が決まった。9月の2次予選でベスト8が決定。10月のチャンピオンシップの優勝者にはJeSUのプロライセンスが付与される
アバルトが2021年6~10月に掛けて実施する「ABARTH x ストリートファイターV - SCORPION CHALLENGE」。6月に募集を開始。7月の1次予選で、9月に開催される2次予選に進出する64人が決まった。9月の2次予選でベスト8が決定。10月のチャンピオンシップの優勝者にはJeSUのプロライセンスが付与される

 FCAジャパンは、多国籍自動車メーカー・欧州ステランティスの日本法人だ。イタリア「アルファロメオ」「フィアット」「アバルト」、米国「ジープ」という4ブランドの自動車を販売する。

 近年、ゲームと関係が薄い企業がeスポーツイベントを主催あるいは協賛するケースは多いが、「ABARTH x ストリートファイターV - SCORPION CHALLENGE」はそんな中でもユニークなイベントだ。

 国際的な自動車メーカーが自社ブランドを掲げて主催するeスポーツイベントでありながら、使用するタイトルはレースゲームではなく対戦格闘ゲーム。さらに、日本独自のeスポーツ団体である日本eスポーツ連合の公認プロライセンス取得大会となっている。こうしたイベントを行うのには、どんな思惑があるのだろう。

FCAジャパンは2020年に続き、「ABARTH x ストリートファイターV - SCORPION CHALLENGE」を開催する。写真は20年のイベントの様子
FCAジャパンは2020年に続き、「ABARTH x ストリートファイターV - SCORPION CHALLENGE」を開催する。写真は20年のイベントの様子

 FCAジャパンでアバルトの日本向けマーケティングを担当する、同社マーケティング本部長のティツィアナ・アランプレセ氏に尋ねると、「マーケティングで一番大事なことは、ブランドがいつまでも愛されるようにすること。そのためにどうすれば(自動車の)オーナーと深くてユニークな関係を築けるかを常に考えている」という答えが返ってきた。

 日本は年間459万台超(2020年、日本自動車販売協会連合会調べ)の自動車が販売される自動車大国だが、ほとんどは国産車だ。市場規模の大きさのわりに輸入車が占める割合は少なく、特にアバルトのようなニッチなブランドはなかなか入り込みにくいという。09年にブランドとして日本市場に参入した時点では、取り扱いディーラーは全国で4つのみ。販売数も年間400台程度だった。そこから徐々にブランドを浸透させてきたものの、現在の販売台数は年間3500台にとどまる。

アバルトの「ABARTH 595 Competizione」
アバルトの「ABARTH 595 Competizione」

 ブランドを周知するには、マーケティングやプロモーションが必須だが、「大手メーカーやブランドのような大規模な施策は予算的にも難しい」とアランプレセ氏。そこで、注力しているのが、前述のようなユーザーとのユニークな関係性構築だ。「アバルトでは多くのメーカーがやるような消費者調査はしたことがありません。購入者のデータはもちろんありますが、それよりもオーナーやオーナーになり得るような人たちと現場で会い、関係を深めることを重視している」(アランプレセ氏)

アバルトの“スピリット”を発信する

 そのための施策として、18年に始めたのが「スコーピオンスピリット」だ。国内外で活動する写真家のケイ・オガタ氏が、音楽やアート、スポーツなどの分野で活躍する人物などを写真や動画で撮り下ろす企画で、20年は、総合格闘家の山本美憂やK-1スーパーフェザー級王者の武尊、タレントの藤原しおり(元ブルゾンちえみ)、マジシャンのセロ、バイオリニストのNAOTOなどが登場。アバルトが掲げる「挑戦」という“スピリット”と親和性が高い人物にフォーカスすることで、アバルトのブランドイメージを浸透させることを狙っているという。

 こうしたマスでのコミュニケーションに加え、個人との関係づくりにも注力する。「アバルトを運転する人、アバルトが好きな人のコミュニティーをつくること。女性オーナーを対象に、女性限定のコミュニティーを運営したり、アバルトのアンバサダーとして活躍してもらったりしている」(アランプレセ氏)

 そして、冒頭に挙げたeスポーツイベント「SCORPION CHALLENGE」もこうした取り組みの一環だ。アバルトがeスポーツと関わったのは19年から。最初は自動車ブランドとしての立ち位置から、フランスに本社を置くユーピーアイソフトのレーシングゲーム『ザ クルー2』とのコラボレーションから始まった。「ABARTH×ザ クルー2 - SCORPION CHALLENGE」と名付けたイベントでは、ゲーム内のアバルト車だけを対象としたトーナメント戦を行い、YouTubeで配信。当時はeスポーツにそこまでの盛り上がりを期待しておらず、ニッチなアバルトらしいオーナーとの関係づくりと捉えていたという。

 同イベントである程度の手応えを感じたことが、20年6~10月に掛けて行ったABARTH x ストリートファイターV - SCORPION CHALLENGEの開催につながる。『ザ クルー』から一転、ゲームタイトルに『SFVCE』を選んだのは、カプコンのアクティブな活動に関心を持ったこと、eスポーツファンによりアプローチをすることが理由だ。

 「『ストリートファイターV』(SFV)はキャラクターが豊富。格闘ゲームではあるけれど、バイオレンスや戦争といった感じを受けず、ゲームとして面白い。ベースにあるスピリットもアバルトに合っていると思った」とアランプレセ氏は話す。

 それと並行して、SFVなどで活躍するプロゲーマーのときど選手を先に挙げたスコーピオンスピリットで取り上げた。「ときど選手にはテクニックとスピードがある。eスポーツをしながら空手もやっていたりと、アクティブでもある。“アバルト的”だと感じた」(アランプレセ氏)

アバルトは「スコーピオンスピリット」にプロゲーマーのときど選手を起用
アバルトは「スコーピオンスピリット」にプロゲーマーのときど選手を起用

 20年のABARTH x ストリートファイターV - SCORPION CHALLENGEには、合計358人が参加し、大会の様子を配信したYouTubeの再生回数は合計で10万3537回。ときど選手を起用したスコーピオンスピリットの動画は440万回以上再生されたという。

 この結果をどう評価するのか。アバルトでは、同ブランドの車が何台売れるかはあまり重視していないという。eスポーツに関わることで、アバルトというブランドの熱量を表現することが重要という考え方だ。そのために、さまざまな方向にアンテナを張り、チャンスを見ながら、オーナーやオーナーになりそうな人との関係を都度つくっていくマーケティング戦略を取っている。

eスポーツ好きの若年層との親和性

 次世代へのアピールという側面もある。eスポーツを楽しんでいる層は10~20代を中心とする若年層。今すぐに自動車を購入することはなくても、アバルトのブランドイメージやその姿勢を感じ取ってもらうことで、将来的に車を購入するとき、アバルトが選択肢の1つになることが狙いだ。コロナ禍の今はオフラインのeスポーツイベントを開催することは難しいが、いずれ可能になれば、その若年層と直接接触する機会もできるだろう。

 こうした取り組みは、日本独自のものだという。規模は大きくないものの、自由度が高く、個々のオーナーやオーナーになりそうな人に向けた挑戦的なマーケティング手法が取れるのは、これらを日本ローカルのものとして行っているからだ。eスポーツイベントを開催するのも、ゲームタイトルとして日本で人気が高い『SFVCE』を選択し、優勝者に日本独自のプロライセンスであるJeSU公認プロライセンスを付与できるのもそれゆえ。また、日本でのマーケティングはアランプレセ氏が一貫して担当しており、継続性のある取り組みを行っていることが、アバルトの長期的なブランド戦略につながっている。

 アランプレセ氏によると、今後もSCORPION CHALLENGEは継続して開催していく予定だ。イベントの中でもっとアバルトの車を見せること、eスポーツコミュニティーとのさらなるリンクも考えていくという。5Gの普及に伴うモバイルの需要の高まりを見越し、モバイルゲームとのエンゲージも視野に入れる。

 アランプレセ氏は、「eスポーツは、車をカスタマイズするのが好き、マニュアルの車に乗りたいという人たちとの親和性も高いと思う。まだ少ないものの女性ファンもいる。そういった人たちとのつながりを大事にしていきたい。若い人はちょっと面白いもの、人とはちょっと違うものが好きだったりする。アバルトはニッチなブランドなので、そういった要求に応えられる特別な車でありたい」と結んだ。

(写真提供/FCAジャパン、編集/平野亜矢)

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