テレビ東京が2021年7月に深夜ドラマ枠で放送を開始したドラマ「お耳に合いましたら。」は、ドラマ内にSpotifyが配信する氷川きよしのポッドキャスト番組が登場し、主人公が作るポッドキャスト番組もまたSpotifyで配信されるという、架空のドラマと実在のポッドキャスト番組を連動させた仕掛けが特徴だ。テレビ東京が強みとするグルメを題材にしたドラマと、Spotifyの音声コンテンツを掛け合わせることで、新たな視聴者の取り込みやポッドキャストのリスナー獲得を狙っている。

テレビ東京が2021年7月に放送開始した、グルメを題材にしたポッドキャスト連動ドラマ「お耳に合いましたら。」
テレビ東京が2021年7月に放送開始した、グルメを題材にしたポッドキャスト連動ドラマ「お耳に合いましたら。」

 「お耳に合いましたら。」は、伊藤万理華が演じる主人公・高村美園が、あるきっかけからポッドキャスト番組の配信を始める物語だ。配信を重ねるうちに主人公を取り巻く人間関係に様々な変化が起こり、それらを通じて主人公は成長していく。

 ドラマ内で主人公が配信するポッドキャスト番組のテーマはチェーン店グルメ、通称“チェンメシ”。人気チェーン店が毎回登場し、主人公はそのメニューを味わいながら“チェンメシ愛”を語るという内容だ。

 このドラマはSpotifyが配信するポッドキャスト番組と連動している。ドラマ内で主人公が配信するポッドキャスト番組「お耳に合いましたら。」が、ドラマの放送に合わせてSpotifyで実際に配信される。

氷川きよしによるポッドキャストと、伊藤万理華が演じる主人公・高村美園によるポッドキャストがドラマと連動して配信される
氷川きよしによるポッドキャストと、伊藤万理華が演じる主人公・高村美園によるポッドキャストがドラマと連動して配信される

 さらに仕掛けがもう一つ。主人公は歌手・氷川きよしのファンという設定で、ドラマ内に氷川きよしによる料理をテーマにしたポッドキャスト番組「氷川きよし kiiのおかえりごはん」が登場する。この番組もドラマの放送に合わせてSpotifyで配信されている。テレビドラマと2つのポッドキャスト番組はそれぞれ独立したコンテンツとしても楽しめるが、すべて視聴することで、ドラマの世界観により浸ることができる。これらのポッドキャスト番組がドラマ放送後にSpotifyのポッドキャストチャートで1位、2位にランクインするなど、出足は好調だ。

インスタグラムで“kiiさま”として20~30代からも注目されるなど、演歌歌手にとらわれないイメージがある氷川きよし。料理好きとしても知られる。料理関連の番組を持つのは今回が初
インスタグラムで“kiiさま”として20~30代からも注目されるなど、演歌歌手にとらわれないイメージがある氷川きよし。料理好きとしても知られる。料理関連の番組を持つのは今回が初
氷川きよしのファンでポッドキャスト番組をいつも聴いている主人公が、自分でもポッドキャストの配信を始めるというストーリー。それぞれのポッドキャスト番組はSpotifyで実際に配信されている
氷川きよしのファンでポッドキャスト番組をいつも聴いている主人公が、自分でもポッドキャストの配信を始めるというストーリー。それぞれのポッドキャスト番組はSpotifyで実際に配信されている

ポッドキャストは「食」が人気

 企画のきっかけは、テレビ東京が音声コンテンツレーベル「ウラトウ」を設立してポッドキャスト番組を制作し、グループ会社であるテレビ東京コミュニケーションズを通じてSpotifyで配信する取り組みを始めたことだった。

 テレビ東京 配信ビジネス局所属 ドラマプロデューサーの寺原洋平氏は、「制作したドラマを動画配信サービスで配信するといった取り組みをしてきたが、動画配信サービスでもオリジナル作品が増えてきた。我々としても、既存のメディアだけではリーチできるターゲットが限られるのではないかという危惧がある」と語る。

 そこでこれまでとは違うプラットフォームと組めないかと思っていたときにウラトウの取り組みを知り、テレビドラマでも同様のことをできないかと考えた。

 グルメを題材にしたのは、テレビ東京がドラマ「孤独のグルメ」シリーズなどのグルメコンテンツを強みとしてきたことや、氷川きよしが料理好きであること、ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response:聴覚や視覚への刺激で得られる、心地よくなったり眠気を誘われたりする反応のこと)と相性がいいことが理由だ。

 スポティファイジャパン 音声コンテンツ事業統括 西ちえこ氏は「ASMRコンテンツは非常に人気があり、どんどん広まっている。グルメ番組につきものの、料理を作る音やそしゃく音はASMRと相性がいい。Spotifyで人気が高いポッドキャストも、食をテーマにした番組だ。テレビ東京に音声の面白さを訴求できる企画をお願いした際、提案されたものの中に“食”があり、これだと思った」と言う。テレビ東京が得意とする題材と、ポッドキャストの中でも人気が高いジャンルが合致した形だ。

20~30代のメディアは音楽配信やゲーム

 テレビ東京は、多くのユーザーを持つSpotifyと連携することでドラマの認知を高めたい考えだ。アプリゲームを原案にしたドラマ「八月は夜のバッティングセンターで。」など、Spotifyに限らず様々なメディアと連携した番組作りに取り組んでいる。そこにはテレビというメディアに対する危機感がある。

 「我々は企画開発に関して頭打ちになっている。メディアというものに対する認識を改めなければ時代遅れになってしまうのではないか。20~30代の人たちはテレビをあまり見ていないし、SNSのフェイスブックも中高年がユーザーの中心だ。20~30代がコミュニケーションの場や時間を費やすメディアとしているのは、音楽配信やゲームプラットフォームなど。Spotifyやゲーム会社などと組むことで、そうした部分で先行している人たちの胸を借りて企画開発から変えていきたい」(寺原氏)と意気込みを語る。

 寺原氏は今回の取り組みでポッドキャストの手軽さを実感するとともに、視聴者にどれぐらいの臨場感を伝えられるのか、距離感が分かってきたという。デジタルイベントなどでエンゲージメントを高めるのにも有効だと考えている。

 「ポッドキャストのよいところは、すぐそばで聴いているような臨場感があること。テレビはどこかよそよそしいし、ラジオのトークも構成や演出があって成り立っている。YouTubeは身を削るような一発芸になりがちだ。ポッドキャストはオチやエピソードがなくても、ただしゃべっているだけなのに、耳元でささやかれているように感じられる。“こういう距離感の縮め方があるんだな”と感じた」(寺原氏)

ポッドキャストをより日常的にしたい

 取り組み目標の一つは、潜在的なポッドキャストクリエイターの掘り起こしだ。Spotifyは、世界的に市場が拡大している音声コンテンツの拡充に力を入れている。国内でもクリエイターの発掘と支援を強化しており、ポッドキャストの制作から配信までできるツール「Anchor(アンカー)」の日本語対応を強化している。Anchorはあまりプロモーションを行っていないにもかかわらず、ポッドキャスト人気を受けてユーザー数が非常に伸びているという。ドラマにも登場し、視聴していくうちにポッドキャストの作り方や配信の仕方が分かるようになっている。

 2021年秋には、米国、英国、ドイツ、スウェーデンなど世界8カ国で展開されているポッドキャストのクリエイターを育成するプログラム「Sound Up」を、国内でも実施する。ポッドキャストの企画、制作、配信などを学べるプログラムで、制作した優秀作品をSpotifyで配信する。対象者は各国の社会的課題に合わせて選んでおり、日本では女性のみを10人ほど募集して育成する。

 Spotifyには260万のポッドキャスト番組があり、サブスクリプションと広告収入でマネタイズしている。クリエイターを掘り起こしてコンテンツの幅を広げることで集客効果が高まる。

 「音声コンテンツの可能性をテレビ東京と模索したいというのが目的の一つ。ポッドキャストを聴くことや発信することを、より日常的なものにしていきたい」(西氏)

 テレビ東京は、今後はイベントなどでポッドキャストとの連携を検討したり、ポッドキャスト発のヒット番組を探ったりしていきたい考えだ。テレビ東京には、「孤独のグルメ」シリーズが低予算の深夜枠ドラマにもかかわらず国内外で人気を集めているなどの成功事例がある。

 等身大の女性の日常とチェンメシの知識を掛け合わせた「お耳に合いましたら。」も、テレビ東京らしさが感じられるドラマだ。氷川きよしのポッドキャストがBGMのように流れ、主人公がポッドキャストを制作してそれがメインストーリーに深く関わるところも新鮮だ。テレビ東京らしい形でヒットの鉱脈をつかめるか。

(写真提供/テレビ東京、スポティファイジャパン)

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