松井証券が配信した投資初心者向けの動画「資産運用!学べるラブリー」が再生回数を伸ばしている。お笑いコンビのマヂカルラブリー(マヂラブ)がさまざまな金融商品を学んでいくという内容で、2020年7月に公式YouTubeチャンネルにアップされた。中には再生回数が49万回を超えるものもある。企画立案から出演までを担った同社の武藤正樹氏にヒットの裏側を聞いた。そこには、ありがちな人気芸人の起用にはとどまらない、武藤氏の企画の“妙”があった。

松井証券が公式YouTubeチャンネルで配信した「資産運用!学べるラブリー」シリーズ
松井証券が公式YouTubeチャンネルで配信した「資産運用!学べるラブリー」シリーズ

 資産運用!学べるラブリーは、お笑いコンビのマヂカルラブリーが生徒役になり、授業形式で投資を学んでいくという松井証券の動画コンテンツ。「株主優待」や「信用取引」など、毎回1つのテーマを15分程度で学習する。

 2020年7月にSeason1がスタート。同年9月までに全11回をアップした後、21年2月からはSeason2(同じく全11回)を配信した。動画の再生回数はSeason1が平均7万回、Season2は平均26万回(21年7月現在)。証券会社が公式YouTubeチャンネルで公開するオリジナルコンテンツとしては異例のヒットといえる。

 ヒットの起爆剤となったのは、Season1の配信後、漫才の日本一を決める「M-1グランプリ2020」でマヂカルラブリーが優勝したことだ。M-1チャンピオンとしてメディアの露出が急増。2人が出演しているということで、学べるラブリーにも多くの視聴者が訪れた。M-1で優勝する前にマヂカルラブリーを起用していたことから、YouTubeのコメント欄には「松井証券、先見の明ありすぎ」「マヂラブを採用しようって言った人誰なんだろう? 有能すぎるでしょ」など、松井証券の人選を称賛する声が目立った。

背景にコロナ禍での投資初心者増

 人気芸人を起用したオリジナルコンテンツで、新規顧客の開拓を狙ったのかと思いきや、実はそうではない。ターゲットはむしろ既存顧客。コロナ禍で急増した「ある層」への情報発信と取引促進が目的だった。

 学べるラブリーの生みの親である、松井証券マーケティング部プロフェッショナルの武藤正樹氏によると、20年4月以降、松井証券の口座開設数は増加傾向にあった。コロナ前の19年4月~20年3月と、コロナ禍の20年4~21年3月を比較すると、新規口座開設者数は1.6倍に増加。そのうちの過半数を占めたのが投資初心者だったという。自宅で過ごす時間の増加や将来への不安から、株や投資に興味を持った人が、その第一歩として口座開設に至ったと考えられる。

 ただし、口座を持っていても株の買い方やデータの見方が分からなければ取引には進めない。そこで口座を開設したばかりの初心者層をサポートする動画コンテンツの制作を急いだ。それが学べるラブリーだったわけだ。

「学べるラブリー」は企業の公式コンテンツとは思えぬ、バラエティー風の演出、編集を取り入れている
「学べるラブリー」は企業の公式コンテンツとは思えぬ、バラエティー風の演出、編集を取り入れている

 この動画シリーズの特徴は、金融という堅いテーマでありながら、テレビのバラエティー番組のような演出、編集を取り入れていることだ。特にSeason2にあたって、制作スタッフからは『世界一受けたい授業』(日本テレビ系)や『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)などの番組名が参考イメージとして挙がったという。

松井証券マーケティング部プロフェッショナルの武藤正樹氏。2002年の入社後、顧客サポート部門、事業開発部門を経て17年より営業推進部(現マーケティング部)へ。「学べるラブリー」では企画立案から内容の策定、出演までを1人で担当している
松井証券マーケティング部プロフェッショナルの武藤正樹氏。2002年の入社後、顧客サポート部門、事業開発部門を経て17年より営業推進部(現マーケティング部)へ。「学べるラブリー」では企画立案から内容の策定、出演までを1人で担当している

PR動画に見せないバランス感覚

 コンテンツの演出や動画の撮影・編集はテレビ番組を手がける制作会社に依頼している。一方で、各回で扱うテーマや切り口、どんなことを伝えたいかといった内容を決めるのは武藤氏だ。役割分担を明確にしたことで、演出以外にも良い効果があったという。

 「毎回、私が扱う商品を絞り、全体の構成を組み立て、制作会社にストーリーを作ってもらいます。ただ、彼らは株に詳しいわけではないので、こちらの提出した構成案が分かりづらいと間違ったストーリー案が上がってくる。逆に、『ここまで詳細に話すと視聴者には分かりづらいですよ』とか『要素をもっと削ってください』といった指摘が先方から入ることもある。こうした修正のやりとりを繰り返すことで、(ターゲットである投資初心者にとって)適切な難易度を維持することができました」(武藤氏)

 動画では自社商品も紹介するが、PR色をかなり抑えているのも特徴だ。特にSeason2では松井証券の具体的なサービスを紹介するのは動画全体のごく一部。それも、あえて「今はPRの時間ですよ」と分かりやすい演出をすることで笑いに寄せた。

 「出演者から『PRかい!』とツッコミが入るくらいでちょうどいいんです。宣伝っぽさが強いと、見ている人は拒否感を示す。伝えたい内容は入れつつも、そういった不快に感じる要素を極力減らすつくりにはしたかったですね」(武藤氏)

武藤氏自身が出演するシーンも。ただし、コンテンツになじむよう、資産運用科を担当するクラス担任として登場する
武藤氏自身が出演するシーンも。ただし、コンテンツになじむよう、資産運用科を担当するクラス担任として登場する

 最もこだわったのは、「視聴者が一緒に学べる動画」であることだ。一方的な講義ではなく、質問やコメントを挟みながら、演者と視聴者が共に成長していける内容を目指したという。そのためマヂカルラブリーの2人にはほぼ台本がなく、講義内容に対するリアクションはすべてアドリブ。出てくる用語が難しかったり、説明を理解しきれなかったりするときは「難しい!」「分からない」と正直な感想が飛び交った。

                              

 この率直な反応が予定調和になるのを防ぎ、視聴者の共感を呼んだ。生徒役の2人が実際に金融商品への理解を深めていく過程が大きな見どころとなったのである。

 具体的な発言内容を指示しないということは、それだけ予期せぬ疑問や質問が投げかけられることを意味する。クラス担任役で出演もしていた武藤氏は、毎回アドリブに応えるのに必死だったそうだ。

 「企画責任者と出演者という2つの立場があるので大変でした。収録中はどうやって成立させるかで頭がいっぱいで、撮影が終わると何を話したか忘れてしまうくらい集中していましたね。ただ、お笑い芸人の方に出演いただくとなったときに、大げさなリアクションを求めたり、商品をテーマにしたギャグやネタを披露したりするだけといった起用の仕方はしたくないと思っていました。一緒に学んで成長していく、その過程で芸人ならではのワードセンスや感性が発揮される動画を作りたかったんです」

武藤氏が出演するといっても、PR要素は最小限(左上が武藤氏)
武藤氏が出演するといっても、PR要素は最小限(左上が武藤氏)

 顧客向けのサイトなどから動画に誘導したこともあって、同社が顧客を対象に行った調査では当初の狙い通り、口座を開設したばかりの顧客の大半が学べるラブリーを視聴していることも分かった。Season1の配信後、「口座を開設したが、投資サービスを利用していなかった人」 のおよそ13%が視聴後に取引を開始したという。

 ターゲットは既存顧客だったが、動画のアップ先が誰でも視聴できるYouTubeだったこと、コロナ禍の外出自粛などで動画の視聴時間が全体的に増加傾向にあったこと、出演していたマヂカルラブリーがM-1グランプリで優勝したことなど、いくつかの要因が重なり新規顧客の開拓にもつながった。

難しそうな金融系動画は拡散されづらい

 そもそも松井証券が動画配信に取り組んだ背景には、対面でのセミナーやイベントに限界を感じていたことがある。

 松井証券では、既存顧客を対象に取引促進を目的としたさまざまなセミナーを実施していた。顧客は全国にいるが、リアルなセミナーを全国各地で実施するのは予算や人員確保の面で厳しい。本社がある東京以外の開催地は、大阪や名古屋といった大都市にとどまり、ほかの地域の顧客になかなかアプローチできないという課題を抱えていた。

 より多くの人に情報を届けるため、まずはセミナーの様子をオンラインで中継することから始めた。しかし、会場の熱量を動画で伝えることが難しく、視聴者数はそれほど増えなかった。そもそも、金融系のセミナーはハードルが高く感じる人、人に薦めにくいと感じる人も多く、他業界のイベントと比べてSNSで拡散されづらいという面もあるという。

松井証券が当初配信していたセミナーの中継。視聴者はそれほど増えなかった
松井証券が当初配信していたセミナーの中継。視聴者はそれほど増えなかった

 そこで、武藤氏はセミナーの配信をやめ、動画に特化したコンテンツづくりに軸足を移した。19年には、株主優待活用の達人としてテレビなどでも有名な桐谷広人氏や、YouTubeで「Zeppy投資ちゃんねる」を運営する金融系YouTuberの井村俊哉氏らを起用。再生回数が伸び始めた。

 動画の出演にたけた人物を起用することで、堅いテーマでも面白く、かつ分かりやすく伝えることができる。手応えを感じた武藤氏は、「それならば」とトークに秀でたお笑い芸人の起用を本格的に検討。一定の知名度があり、コンビ間のかけあいができて、お笑いだけに走らず金融商品の話を理解してくれる、という条件からマヂカルラブリーを指名した。

 ただ、その時点で2人はM-1優勝前。知名度は今に遠く及ばない。どうしてマヂカルラブリーに決めたのか。武藤氏が明かす。「以前、劇場でマヂラブの2人を見たことがあって、ネタの奇抜さとトークのときの真面目な様子の鮮やかなコントラストに驚いたんです。両面を備えた彼らなら、必ずこの企画を面白くしてくれるだろうと思いました」。社内にはまだマヂラブを知らない人も多く、心配する声もあったというが、「自分の目で見て、自信を持って起用できたことが大きかった。もし代理店からタレント候補を挙げてもらい、その中から選んだだけだったら、押し通せなかったと思います」(武藤氏)

松井証券のYouTubeチャンネル。登録者数は4.9万人になった
松井証券のYouTubeチャンネル。登録者数は4.9万人になった

 司会進行を務める佐田志歩アナウンサーや、Season2から参加したトレーダーのテスタ氏など、出演者はみな松井証券のセミナーで関わりがあり、武藤氏が「この人なら」と信頼を寄せて起用したメンバーだ。前例のない取り組みだからこそ、企画と座組みを自分たちで決定するという覚悟が重要だったという。

 学べるラブリーの配信前後で、YouTubeチャンネルの登録者数はおよそ3000人から4.9万人へと16倍以上になった(21年7月現在)。新作動画を上げるたび、これだけの人に更新情報が届くということだ。「こうなるとメディアとしての強みが出てくる」と武藤氏。テキストが中心のウェブサイトやSNSアカウントのほかに、動画チャンネルを持つことで、発信できる情報の幅やリーチできる層は広がる。今後はバラエティー要素の強いものだけでなく、さまざまなタイプの動画配信を検討していくという。「学べるラブリー」の次はどんな動画がアップされるのか。続編は配信されるのか。視聴者の期待は高そうだ。

(写真提供/松井証券)

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