バンダイナムコエンターテインメントは、本社内に配信専用スタジオ「MIRAIKEN studio」をオープンした。宮河恭夫社長の発案からたった5カ月という短期間での立ち上げ。XRやリアルタイムモーションキャプチャー、高画質LEDディスプレーといった先端技術を活用し、自社IPの情報発信に活用する。
コロナ禍で、あらゆるエンターテインメントが集客を伴うイベントの開催を制限される中、改めてクローズアップされたのがオンラインの可能性だ。コンサートや演劇、スポーツなどのイベントがライブ配信されるようになって既に久しい。
当初はリアルなイベントの“代用”として始まったオンライン配信だが、この1年で内容の高度化が進みつつある。仮想現実(VR)や拡張現実(AR)などのXR技術を使ったり、インタラクティブ性を生かしたりと、映像をただ流すだけでなく、配信ならではの強みを生かそうとする動きが出てきた。無料視聴者向けには固定カメラ1台で撮影した映像を、有料視聴者向けには複数のカメラを使っての迫力ある演出を施した映像を配信するなどして差異化し、収益モデルを多様化する試みもある。IP(知的財産)を保持する企業にとって、オンライン配信は、新たなビジネスの場になりつつある。
そんな中、バンダイナムコエンターテインメント(東京・港)は2021年5月26日、本社内に「MIRAIKEN studio」をオープンした。同社が「次世代のエンターテインメントを創造・発信する拠点」と位置付けるこの施設は、最新鋭の配信用スタジオ。4面の巨大LEDディスプレーを備えたステージを常設した「A studio」、モーションキャプチャー撮影やスチール撮影、ラジオ収録などを想定した「B studio」と、用途の異なる2つのスタジオで構成する。
新時代のエンタメを追求する“おもちゃ箱”
このMIRAIKEN studio設立のきっかけは、20年12月に宮河恭夫社長が発した「スタジオを作りたいよね」という一言だったという。それから5カ月という短期間で施設を完成。「これからはスピード感が大切」と語る宮河社長は、「想像が現実に勝ることは多いが、今回は想像を超えたものができた喜びがある」とその成果を評価した。
そこにはコロナ禍におけるエンターテインメントの在り方に対する、宮河社長の思いが込められている。
緊急事態宣言の発令やそれに伴う外出自粛の影響から、1年以上、リアルなイベント開催は制限された状態が続いている。開催するにしても入場者数を半分に絞るなど苦労を伴うが、その会場では「お客様の顔が本当にうれしそう」と宮河社長は話す。
「おもちゃやお菓子といった商品も音楽も映像も生まれていくのがIPというビジネス。イベントもその一手段」と位置付けた上で、「イベントにはライブならではの空気感や連帯感が必要。しかし、それが全てではない。画面越しでも新しいことができる」と発案したのがMIRAIKEN studioだという。
同時に、宮河社長はこのMIRAIKEN studioを「おもちゃ箱のような存在」と表現し、この施設を通じて「バンダイナムコグループとして新しいエンターテインメントを次々と提供していきたい」と抱負を述べた。
過去のオンラインイベントの知見を生かして設計
このMIRAIKEN studioの設計や運営に携わっているのは、19年に東京ドームで開催された「バンダイナムコエンターテインメントフェスティバル」をはじめ、同社のさまざまなライブイベントを担当している第3IP事業ディビジョン ニュービジネスプロダクション クロスメディア課だ。同課マネージャーの波多野公士氏によると、A studioの設計にはこれらのイベントで同社が培ってきた技術と知見が生かされているという。
例えば、4面のLEDディスプレーを使ったステージ構成。波多野氏によれば、20年9月に開催されたイベントでは、背面に90度の角度で「く」の字に交わる2枚のディスプレーを、床面に1枚のディスプレーを設置。計3面でステージを作ったところ、非常に精度の高い映像表現が可能になった。それが今回、A studioを設計する際のベースになったという。
ただし、この構造にも課題はあった。それがステージのサイズだ。背面と床面、計3面のディスプレーでステージを構成すると、床面積が広く取れず、その上で動けるのは2~3人に限られてしまう。また、カメラは基本的に正面にしか固定できない。
A studioではこれを改善。背面に「コ」の字を大きく開いたような形で3枚のディスプレーを並べ、床面と合わせて4面の構成にした。これによって床面積を広く取り、カメラが左右に回り込んで撮影することもできるようにしたのである。また、背面の中央部分が平らになったことで、ステージ正面から撮影した映像がゆがみのないより自然なものなり、「一番ライブ映えする形」を実現できたと波多野氏は胸を張る。
20年5月26日に開催された同スタジオのオープニングセレモニーでは、XRを使ったパフォーマンスも披露した。3DCGの映像をディスプレーに映し、ステージでダンサーが踊ることで、バーチャル空間をダンサーが駆け回っているような映像になるもの。筆者は配信された動画だけでなく、ステージ上で実際にダンサーが踊る様子も見たが、目の前で見ていてもバーチャル空間に演者たちが入り込んでいるような錯覚を起こすほど、その表現力は高く、驚いた。
こうした表現では、バーチャル空間の映像をステージにはめ込むようにして処理しているとのこと。よく見るとステージ手前の床には黒いマーカーがいくつもランダムに配置されている。これを基準に背面ディスプレーに映ったバーチャル空間とステージ上の現実の整合性を確保しているのだそうだ。
一方で、ディスプレーを4面にしたことで新たな難題も生まれた。その1つが背面ディスプレーの接続点が2カ所になったこと。また、背面と床面、それぞれにどんな映像を映し出すかも試行錯誤が必要だった。
当初は背面ディスプレーに立体物を、床面に地面を映す単純な手法を用いたが、これでは空間的な奥行きが表現できなかったそうだ。例えば、ライブハウスでステージの写真を何枚も撮影し、ディスプレーにはめ込んでみたところ、ピアノやドラムなど床に置かれたものが大きく見えて距離感が狂い、空間がゆがんで見えたという。そこで、地面の映像を背面ディスプレーの下部まで伸ばし、床と壁面のつなぎ目を緩やかな曲線でつなぐ処理を疑似的に施すなどの工夫も重ねた。
モーションキャプチャーでキャラとの共演も
A studioの隣に備えたB studioにも工夫は多い。B studioは写真撮影やラジオ収録を想定した施設だが、注目はモーションキャプチャー用の設備を備えていることだ。A studioと組み合わせることで、アクターが演じる動きをモーションキャプチャーで拾い、それをリアルタイムにA studioのスクリーンに投影。バーチャルなキャラクターと人間がステージ上で競演するといった表現が可能になる。
こうした映像には、バンダイナムコエンターテインメントの「ゲームメーカーならではの強み」も存分に生かす方針だ。例えば、モーションキャプチャーには、グループ会社・バンダイナムコスタジオの技術「BanaCAST(バナキャスト)」を採用。A studioのスクリーンに投影する3D映像はUnityやUnreal Engineといったゲームエンジンを活用できる。
波多野氏によれば、MIRAIKEN studioで映像を配信するには、今はまだ手作業による調整がかなり必要とのこと。しかし、いずれはその負担を減らし、「所有しているキャラクターIPの素材をコンバートすると気軽に投影できるような仕組みを作りたい」と話す。その技術はまだまだ発展途上ということだ。
だからこそ、こうした施設が社内にあることの意味は大きい。ライブエンターテインメントやXRをはじめとする映像表現に対する試行錯誤や実験が容易となるからだ。
MIRAIKEN studioのオープンに際して、宮河社長は「先が見えない状況だが、新しい時代が必ずやってくる。そのとき、エンターテインメントには何ができるのか、新しいことは何ができるのか皆さんと共に考えたい」と語っていた。ゲームをはじめとした映像エンターテインメント企業として、多くの人気IPを抱えるコンテンツホルダーとして、MIRAIKEN studioを拠点に新たなエンタメの可能性を模索する考えだ。
(写真/稲垣宗彦、写真提供/バンダイナムコエンターテインメント)