2020年いっぱいで活動休止を宣言したアイドルグループ、「嵐」。嵐は最強のマーケターだったと力説するのが、IBAカンパニー代表取締役の射場瞬氏だ。ファン歴14年の同氏は、嵐を実例に用いたマーケティングの実践書『「嵐」に学ぶマーケティングの本質』(2021年6月21日発行)を執筆している。クー・マーケティング・カンパニー代表取締役の音部大輔氏が、その内容に切り込む。

IBAカンパニー代表取締役の射場瞬氏(右)とクー・マーケティング・カンパニー代表取締役の音部大輔氏(左)
IBAカンパニー代表取締役の射場瞬氏(右)とクー・マーケティング・カンパニー代表取締役の音部大輔氏(左)
『「嵐」に学ぶマーケティングの本質』(2021年6月21日発行、日経BP、税込み1870円)
『「嵐」に学ぶマーケティングの本質』(2021年6月21日発行、日経BP、税込み1870円)

音部大輔氏(以下、音部) 嵐と言えば、もはやほとんどの日本人が知っているアイドルグループです。メンバー全員が魅力的で、楽曲も良く、ダンスもお芝居も素晴らしいですが、絶大な人気を獲得し、持続させた秘密はそれだけではないような気がします。何が要因でしょうか?

射場 瞬氏(以下、射場) まさに、それをお伝えしたくてこの本を書かせていただきました。これはメンバーである本人たちも言っていたことですが、嵐は日本で、ルックス、歌、ダンスのすべてがトップのアイドルグループではないと思うのです。国民的アイドルともいわれるほどまで多くの人に支持される過程に見られた、ブランディングとマーケティングの考え方とそのやり方に大きな要因があったのではと考えています。

 重要だったのは、ターゲットを“誰”に設定して、どう理解しようとしたのか、ということでした。嵐が大切にしてきた“誰”の定義は、強く応援するファンだったと思います。そして、そのファンたちを深く理解しようと努力し続けていました。

 ファンのインサイト、すなわち消費者がひそかに思っている本音、行動やニーズの本当の理由、という意味でこの本では捉えていますが、 “こうしてほしいな”というファンが言語化していない思いを、嵐は継続的に考え続けてきたのだと思うのです。こうしたらファンが喜ぶかもしれないというインサイトを理解しただけで満足するのではなく、実際にファンに対して実行してみる。そして、ファンの反応を見て、自分たちの理解が正しかったかを確かめるという活動を繰り返し続けたのが、嵐のマーケティングの強いところだと思います。

 そうするとファンは、自分たちのことを理解し、喜ばせるために努力してくれたという気持ちになるのです。それは、ファンとしての自分の体験からも思うことなんですが。

射場 瞬(いば ひとみ)氏
IBAカンパニー 代表取締役
マサチューセッツ州立大学にてMA、ニューヨーク大学スターン経営大学院にてMBA取得後、グローバル企業(Colgate- Palmolive、Kraft、American Express、Fila)の米国本社勤務を中心に、約15年間、マーケティングや事業開発のマネジメントを経験。その後、日本コカ・コーラのマーケティング本部副社長を経て、2010年IBAカンパニー設立。嵐ファンクラブ歴は14年。初参加の07年ライブで魅力にはまり、現在に至る

音部 ファンの期待を超える体験を提供してきたということですか?

射場 その通りです。また、ファンが得る価値を、歌がうまい、踊りがうまいといった単一的な「機能的価値」だけではなく、複合的な価値をファンに提供、交換してきたことも嵐のマーケティングの強さです。

 例えば、心地よい・楽しいといった「感覚的・情緒的な価値」や、参加する・体験するといった「経験価値」、そして、状況や気持ちによって価値が変化する「文脈価値」を組み合わせてファンに提供、交換してきたのだと思います。

 歌という機能的価値だけでファンの期待を超え続けるのは難しいですが、ファンの心を動かしたり、ファン個人の体験を積み上げたりしていくことで期待以上の価値を提供することになり、結果ブランドそのものへの好感、共感が強まることにもなったのでしょう。

音部 いいものをつくって提供すれば売れるのではなく、消費者(ファン)の期待を超えなければならないということだと理解しました。そのために消費者理解を中心に据え、継続したのが素晴らしいと思います。では、どうすればそのインサイトをうまくつかめるのでしょうか?

タッチポイントをつくり、反応を見て呼応する

射場 ファンと直接に触れ合い、インサイトを理解できる場を多くつくっていたと思います。嵐は他のグループに比べても圧倒的にファンの前に立つ機会が多かったんです。毎年1回実施するオリジナルアルバムを中心にした全国ライブと学びをテーマとしたイベントなど。お祭り的なライブを実施した年もありました。意識的にファンとのリアルなタッチポイントを増やし、彼らの反応を見続けたのではないかと思います。それを妥協せず、20年間やり続けた。

音部 ともすると、(マーケターは)「じかに消費者に会うべき」「ホームビジットをすべき」「1on1でやるべき」といったような議論になりがちです。しかし、嵐は自分たちのアクションに対する消費者の反応を見て、それを即座に修正するインターラクション(相互作用)、やりとりを大事にしていたんですね。ただ会うのではなく、反応のやりとりをする場として、イベントやライブをし続けたという気がします。

音部 大輔(おとべ だいすけ)氏
クー・マーケティング・カンパニー 代表取締役
日本と米国のP&Gで17年間ブランドマネジメントやイノベーション方法の確立などに従事した後、ダノンジャパン、ユニリーバ・ジャパン、日産自動車、資生堂など複数のブランドを擁する企業でブランドマネジメント組織を指揮・構築。組織強化を通したブランドの成長を実現。2018年1月より現職。博士(経営学 神戸大学)

射場 おっしゃる通りです。例えば、北海道からツアーが始まり、全国を巡行するときも、最初の札幌公演と最後の東京公演では、舞台のセッティングや演出が変わっていたりします。ものすごくお金をかけた演出やセットでも、ファンが楽しめるものではないなと判断すると、潔くスパッとやめてしまう。マーケターとしては、せっかくつくったのだからと思ってしまいそうで、私にはそこまでの決断はできません。

 こうした話をすると、ジャニーズ事務所や優秀なエージェンシーがやっていたのでは?などと言われるのですが……。嵐の場合、重要な方向性や決断を、メンバーが話し合って決めていたことが、成功の大きな理由であったと思います。嵐というグループとして何をやって何をやらないか、それを誰が決めるかというブランドのオーナーシップがクリアでした。そして、「ファンが喜んでくれることをする」という軸を決してブラさず、自分たちで決断し続けたのだと感じています。

音部 ファンのことを考えるのは非常に大事で、すべてのマーケターが考えていることです。「消費者のことを考えていますか」という問いに、「いいえ」と答えるマーケターはあまりいません。では、ファンのことを考えるのは何かという疑問が生まれますが、今の話から想像するに、彼らはやはり反応を観察しているのだと思います。テレビや映画などでは難しいですが、ライブであればリアルタイムで反応が分かりそうです。

 そして、多くの人は反応を見るところまではしますが、嵐の場合は反応に呼応している。ステージの瞬間だけでなく、秒単位や分単位、ツアーの地域単位、年単位でもきっとやりとりをしている。それこそがファンを考えることの嵐的な解釈であり、嵐的なインサイトの見極め方というわけですね。

射場 その通りです。

音部 私は、強いブランドは消費者の参加や二次創作を促して、エンゲージメントを高めることがあると思っています。結果的には共創ですが、缶ビールをグラスに注いで完成させるのは消費者の参加プロセスですし、好きなアニメを見ながら主題歌を一緒に口ずさむのは二次創作を通したエンゲージメントです。この共創や参加、二次創作の面で、嵐にはどういった特徴がありますか?

射場 嵐は日本でかなり早い段階からコール・アンド・レスポンス(ライブでのファンとの掛け合い)を使い出したアイドルグループだと認識しています。そして、嵐がコール・アンド・レスポンスにこだわったのは、ファンと一緒に嵐のステージをつくっていきたいという強い思いがあったからだと想像しています。最初はうまくいかないこともあったようですが、スクリーンにコール・アンド・レスポンスのセリフとタイミングを映すなど、初めての人でも参加できる工夫をしてきました。そして、観客全員が参加して、会場全体でライブをつくり上げることにつなげていきました。

音部 嵐はファンとの反応を楽しみにするグループで、だからこそデモクラタイゼーション(民主化)をしているわけですね。オタク化を防いでいると思うんです。コール・アンド・レスポンスはオタクダンスと対極にあり、エントリーのファンが体験するのにも練習を必要としない。ファンの横の力を使い、参加のデモクラタイゼーション(民主化)によって、うまくエンゲージメントを高めたんですね。

(後編につづく)

「嵐」は最強のマーケターだった!
『「嵐」に学ぶマーケティングの本質』
『「嵐」に学ぶマーケティングの本質』(2021年6月21日発行、日経BP、税込み1870円)
『「嵐」に学ぶマーケティングの本質』(2021年6月21日発行、日経BP、税込み1870円)

2020年に活動を休止したグループ「嵐」を事例に用い、これ1冊あれば今必要とされる最新かつ実践的なマーケティングを学べる本になっています。嵐を題材にした理由は、マーケティングの基本的な概念も、現在進行形で変化している最新理論も、嵐が実践していたからです。ブランディングとは何か、マーケティングとは何か、SNS活用を含めたデジタル化にどう対処するべきなのか、顧客(ファン)のインサイトを見極め、共創するにはどうすればいいのか、魅力的なストーリーテリングはなぜ必要か……。すべての答えが嵐の活動の軌跡から見つかります。

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(写真/古立康三)

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