米通信大手のAT&Tが米メディア企業のディスカバリーと手を組み、世界第2位の規模となるメディア企業を誕生させようとしている。狙いは消費者と直接取引するD2C(Direct to Consumer)の動画配信サービス事業の拡大だ。さらに、米アマゾン・ドット・コムが映画会社メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)を約9200億円(84億5000万ドル)で買収することを発表した。この買収劇も動画配信サービスが核となる。Netflixやディズニーへの対抗策として、大手企業がゲームチェンジャーを買って出るこれら北米の動きは、実は日本の映像市場にも影響を与えていく可能性がある。
Netflixやディズニーに対抗
AT&Tが2021年5月17日に発表した内容は、傘下のワーナーメディアをディスカバリーと経営統合させ、新会社を設立することで合意したというものだった。
この契約に注目する理由の1つは、その規模にある。ワーナーメディアとディスカバリーの両社が持つメディアブランドの総数は100以上。数多くのハリウッド作品を世に出してきた映画スタジオのワーナー・ブラザース、国際ネットワークを持つ報道メディアのCNN、世界的大ヒットシリーズ『ゲーム・オブ・スローンズ』などをラインアップするケーブルテレビ局のHBO、米国の老舗のコミック出版社DC Comics、そしてドキュメンタリー分野で圧倒的なコンテンツ数を有するディスカバリーと、各分野においてトップシェアのブランドが並ぶ。さらに、新興メディアのストリーミングサービス「HBO Max」と「Discovery+」もある。
新旧交えたブランドを1つにまとめた新会社の初年度(2023年を想定)の売上目標額は約5兆6000億円(約520億ドル)。企業価値は16兆3000億円(1500億ドル)に上るともいわれている。ウォルト・ディズニーやNetflixと肩を並べる資金力を持つメディア企業に一気に躍り出る。
AT&Tのジョン・スタンキーCEOは、発表同日に開催したオンライン記者会見で今回の大型契約の狙いをこのように説明していた。「エンターテインメントコンテンツの強みを補完し合う2つのリーダーを統合し、世界有数のD2Cプラットフォーム事業を推進させる。ディスカバリーが持つ世界的な拠点を活用し、(ワーナー傘下の)HBO Maxのグローバル展開をサポートすることで、プラットフォーム運用の効率化を図り、消費者が求めるコンテンツに再投資できる 」
ここで言うD2Cプラットフォームとは、Netflixのような、コンテンツ提供企業が世界中の顧客に直接アプローチできる動画配信サービス。その運営が新会社の事業の核となる。前述した100を超えるメディアブランドを基盤に、サービスのブランディングからコンテンツ編成までを自社で統括する映像配信サービスの拡大を図る。それによって、 世界に2億人の顧客を抱えるNetflixに攻勢をかけ、映画興行やリニア放送からストリーミングサービスにビジネスシフトしつつあるディズニーの後を追う。映像サービス分野におけるD2C市場は、まだまだ発展の余地がまだあると踏んでいる。
AT&Tにとって、今回の契約の狙いはもう1つある。スタンキーCEOは「最も資本力のあるブロードバンド企業の1つとなり、5Gへの投資に注力することが長期的な需要に応える機会になる」と話している。これは、リソースを中核の通信事業に集中させていくということだ。
新会社設立後は、AT&Tが株の71%を、ディスカバリーが29%を所有する。一方でAT&Tは事実上、ワーナーメディアを手放し、その代わりに約430億ドルの現金と負債を手に入れる。このことからも、AT&Tの通信事業への“回帰”が見て取れる。
なお、新会社名は「ワーナー・ブラザース・ディスカバリー」となる。ディスカバリーの現CEOで、新会社のCEOに就任予定のデビッド・ザスラブ氏が、21年6月1日に発表した。
アマゾン、MGM買収で動画配信拡大
ワーナーメディアとディスカバリーの合併で誕生する新会社はAT&Tの事業ポートフォリオの再編と捉えることもできるが、その規模ゆえに、動画配信サービス市場に与えるインパクトは大きい。両者の経営統合は、近年新興メディアに押されがちなレガシー勢でも、経営戦略の見直しをすることでゲームチェンジャーとなり、苛烈を極める動画配信サービス市場の勝ち抜き戦に参戦できることを改めて印象づけた。
さらに、21年5月26日には、かねてより噂されていたメトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)の売却先が明らかになった。買い手は「Amazon プライム・ビデオ」を運営するアマゾン・ドット・コムだった。取引額は約9200億円(84億5000万ドル)にも上る。
MGMはスパイ映画『007』をはじめ、4000本以上の映画カタログを保有し、テレビ部門は『¥マネーの虎』の米国版『シャーク・タンク』やリアリティーショーの先駆けともいえる『サバイバー』、オーディション番組『ザ・ボイス』など、世界的ヒット番組を数多く手掛けている。最近は韓国を代表する芸能事務所のSMエンターテインメントと提携し、K-POP音楽コンテンツ番組の開発にまで手を広げた。これら資産価値の高いIP(知的財産)をAmazonプライム・ビデオで活用することが買収の狙いにある。Amazonプライム・ビデオは、Netflix、ディズニー直営の「Disney+」と並ぶ世界3大動画配信サービスだが、頭一つ抜けだそうというわけだ。
20年時点で、世界全体の有料動画配信サービスの顧客人数は10億人を超えているといわれている。その巨大な市場を狙い、大手事業者はメディア再編の動きを見せ始めた。これを受け、顧客数はまだ小さい中小動画配信サービス、新規参入組も、合併を含めた対抗策を講じていく必要に迫られている。米通信大手コムキャスト傘下にあるNBCユニーバサルが運営する「Peacock」やアメリカ巨大メディアのバイアコムCBSが運営する「Paramount+」などがその例だ。サービス規模を問わず、業界全体を巻き込んだ再編の波がやってきている。
中国テンセントがマレーシアiflixを買収
そしてこの波は北米にとどまらない。アジアも同様だ。アジアのNetflixと言われていたシンガポール最大手のHOOQは立ち上げからわずか5年で閉鎖に追い込まれ、20年4月にサービスを終了した。
ライバルだったマレーシアのiflixも、20年に中国テンセントに買収された。テンセントは中国国外の映像配信サービスとして「WeTV」を19年から展開している。WeTV とiflixの経営統合についてはまだ明らかにしていないが、21年3月に行われたアジア最大級のコンテンツ見本市「香港フィルマート・オンライン」でWeTV とiflixの責任者であるカイチェン・リー氏が「アジアのローカルコンテンツへの投資を加速させていく」と意気込んでいた。
さて、日本はと言うと、動画配信サービスの乱立状態が続いている。英国の調査会社Omdiaによると、20年の日本の映像配信サービス市場はAmazonプライム・ビデオとNetflixの2強で全体の39%を占める。18年の29%から、この2年間で大きく伸ばした。
2強の下には独立系のU-NEXT、日本テレビ傘下のHJホールディングスが運営する「Hulu」、NTTドコモが提供する「dTV」が位置する。さらに20年6月に日本でもローンチしたディズニー直営のDisney+や英国に本社を置くスポーツチャンネルのDAZN、米アップル直営の「Apple TV+」が後を追う。加えて、フジテレビの「FOD」やサイバーエージェントとテレビ朝日が共同で設立したAbema TV、KDDIとテレビ朝日が共同出資するTELASA、TBS、日本経済新聞社、電通などメディアグループ6社が設立した Paraviなどが並ぶ。市場規模は、アジアで中国に次いで2番目に大きく、20年に2400億円規模に達した。
Omdiaは「日本はブロードバンドインフラやスマートフォンの普及が急速に進んでいるにもかかわらず、放送局などの伝統的なテレビ・ビデオがいまだメディアを支配しているユニークな市場だ」と指摘する。日本の動画配信サービス市場が乱立状態にあるのは、レガシー勢の影響力と関係していると言えそうだ。だが、近い将来、「日本においても動画配信サービス拡大を狙った合併の動きがある」とも予想する。
今回のワーナーメディアとディスカバリーの経営統合やアマゾンのMGM買収は、グローバルで展開する動画配信サービス再編の動きであり、そのグローバル展開の先には日本も当然含まれる。日本のローカルプレーヤーも、北米を発端とする競争激化の流れに逆らえない状況となるのは間違いない。