コロナ禍において、世界では自動運転や電動化に代表される新しい移動サービスや、スマートフォン1つに複数の移動手段を統合する「MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)」の動きが加速している。そんな中、注目されるのが、環境に優しい様々な移動サービスを集約させて利便性の向上を図る「モビリティハブ」だ。新刊『MaaSが都市を変える~移動×都市DXの最前線』を出版したモビリティデザイナーの牧村和彦氏が報告する。
コロナ禍を受け、人々のライフスタイルの中心が勤務地から居住地にシフトし、自宅や自宅周辺で過ごす時間が増大。近隣の生活圏の価値を再考する動きが、世界中で活発化している。移動においても、自宅と勤務地間の移動から、自宅を中心とした移動やその質が重要視されるようになった。そうした比較的短い距離の移動については、電動化された共有型のスローモビリティやマイクロモビリティが主役のまちづくりが始まっている。
新しい移動サービスという選択肢を増やし、ニューノーマル時代に対応したライフスタイルを浸透させていく上では、MaaSに代表されるようなバーチャルな移動サービスに加えて、フィジカルな空間での移動サービスの提供が必須だ。その中で、欧州から始まった「モビリティハブ」導入の動きが、気候変動への対応や生物多様性の維持といった課題の解決を通じて経済を浮上させようとする「グリーンリカバリー戦略」の一環として今、注目されている。
モビリティハブとは、鉄軌道やバス停留所の周辺、また移動が不便な住宅地などに、カーシェアリングや自転車シェアリング、電動キックスケーターなどの貸し出し拠点を集約し、移動の選択肢を提供しながら新しいライフスタイルを創出していく取り組みだ。近年は、電気自動車(EV)などの充電施設、カーゴバイク、宅配ボックス、カフェ、緑地といったパブリックスペース、コミュニティー施設などを併設したオリジナリティーのあるモビリティハブが、世界で続々と登場している。
MaaS先進都市・ウィーンも推進
オーストリアの首都ウィーンは、世界でMaaSの一大潮流が起きる以前から、マルチモーダルな移動サービスを行政主導で進めてきた先進都市の1つだ。2025年に向けた将来の交通ビジョンは、自家用車を所有せずとも移動できる社会の実現を目指す革新的なものになっている。カーボンニュートラル(温暖化ガス排出量実質ゼロ)を実現していくため、25年までに自家用車の利用率を20%、それ以外の交通手段を80%とするKPI(重要業績評価指標)を掲げた。その中でウィーン市は、公共交通機関とカーシェアリングや自転車シェアリングなどを統合したモビリティハブを推進している。
例えば、ウィーン市交通局の地下鉄駅「Simmeringer Platz」では、周囲に電動アシスト自転車やカーゴバイク、カーシェアリングや充電ステーション、情報端末などが配置されたモビリティハブとなっている。このエリアの住民であれば、モビリティハブから様々な移動サービスを利用できるフィジカルな空間が提供されており、自家用車を保有することなく快適に暮らせる(EUのSmarter Togetherプロジェクトの一環)。
これまで日本でもあった充電ステーションだけを配備していく施策や、シェアリングサービスを個々に展開していく施策ではなく、それらを交通拠点と一体で展開していく取り組みだ。こうした形態は、欧州の新しいトレンドになりつつある。いずれも集約する新しい移動サービスはグリーンモード(環境配慮志向)であり、自家用車の保有以外の選択肢を提供する。これらの活用を市民に働きかけていくことで、環境に優しいライフスタイルを緩やかに浸透していく狙いがあるのだろう。
モビリティハブを利用する上では、MaaSアプリが欠かせない。ウィーン市内では、市交通局が提供するMaaSアプリ「WienMobil(ウィーンモービル)」が人気だ。それ以外にも、フィンランド発のMaaSグローバルによる「Whim(ウィム)」をはじめ、環境に優しい移動に特化したMaaSアプリなど、数多くのアプリが利用できる。日本で例えるなら、ヴァル研究所の「駅すぱあと」やナビタイムジャパンの「ナビタイム」、ヤフーの「Yahoo!乗換案内」など、複数の経路検索サービスが利用できる環境と考えると分かりやすいだろう。
17年6月にウィーン市民向けにリリースされたWienMobilは、バス、路面電車、地下鉄だけではなく、タクシー、自転車シェアリング、カーシェアリング、レンタカー、電動キックスケーターなど、市内の移動手段にスマホからアクセスできる。チケットの購入、予約、あるいは組み合わされた移動手段の予約、決済まで行える。まさにスマホ上での「ワンストップ・モビリティ・ショップ」の展開を3年以上前から進めている。
モビリティハブ導入で地域が潤う
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