キリンビールは2021年3月21日に缶入りクラフトビール「SPRING VALLEY 豊潤<496>」を新発売する。飲食店向け施策としては、3月1日から同社のクラフトビール専用ビールディスペンサー「タップ・マルシェ」(3リットルボトル)の設置店やクラフトビールを扱うグループ企業「スプリングバレーブルワリー」の直営店(15リットル樽)で先行提供している。人気が低迷するビール市場を再活性化するため、「一番搾り」「本麒麟」に次ぐ“第3の柱”として育成する。

2021年3月21日に発売する「SPRING VALLEY 豊潤<496>」。希望小売価格は350ミリリットル缶が248円、500ミリリットル缶が330円(いずれも税別)
2021年3月21日に発売する「SPRING VALLEY 豊潤<496>」。希望小売価格は350ミリリットル缶が248円、500ミリリットル缶が330円(いずれも税別)

コロナ禍で高付加価値商品へのニーズが上昇

 「SPRING VALLEY 豊潤<496>」は、クラフトビールの家庭内消費を促すため缶商品として量販マーケットで流通させる。16年連続前年割れが続くビールの魅力を再認識してもらい、ビール類市場全体を活性化させる狙いだ。

 2021年2月26日の発表会に登壇した布施孝之社長は、「昨今酒造会社は主戦場である新ジャンルを中心とした同質化競争を続けてきた。そのせいでビールの魅力を減らしてしまったのではないかと、メーカーとしての責任を感じる。ビール類市場全体の魅力化を目指す」と、新しいクラフトビール開発の背景を述べた。

 また、26年には酒税が一本化されることを踏まえ、今後ビール類は「定番」「健康志向」「高付加価値」の3カテゴリーに再分類されていくと展望。キリンビールでは、特にコロナ禍において高付加価値は消費者ニーズが高まっているカテゴリーだと捉え、クラフトビールで需要を充足していく。

 常務取締役事業創造部長の山形光晴氏は、「自宅で過ごすことに対する投資が高まっており、特別なビールへのニーズも高まっている」と指摘。同社が実施した消費者調査では、約4割が「家での食事に普段よりお金をかけることが増えた」と回答している。

 また、635人を対象に実施した別の調査では、平日のビールには「低価格」と「飲みやすさ」を期待するのに対し、週末や特別な日には「味わって飲めること」「品質の良さ」「特別感」を求めていることが分かった。

2021年2月26日に発表会が行われた。(左から)スプリングバレーブルワリーマーケティングマネジャーの吉野桜子氏、キリンビールの布施孝之社長、同社常務取締役事業創造部長の山形光晴氏、同社マスターブリュワーの田山智広氏
2021年2月26日に発表会が行われた。(左から)スプリングバレーブルワリーマーケティングマネジャーの吉野桜子氏、キリンビールの布施孝之社長、同社常務取締役事業創造部長の山形光晴氏、同社マスターブリュワーの田山智広氏

プレミアムビールの“特別感”が低下

 では、高付加価値へのニーズの高まりに、プレミアムビールではなくクラフトビールで応えるのはなぜか。

 キリンビールが実施した2000人への調査によると、ビール類の中でも特別なビールと位置づけられてきたプレミアムビールへのイメージが、通常のビールや発泡酒・新ジャンルへのイメージと同質化する傾向が強まっているのだという。「新ジャンルのイメージ向上などが一因にある」と、山形氏は分析する。

 ビール類カテゴリーの差別化が難しくなる中、20年の販売数量が前年比約30%増と成長している缶のクラフトビールに勝機を見いだしたのだ。

 今回発売するSPRING VALLEY 豊潤<496>のターゲットは、ビールが好きなすべての人々。ビールのおいしさを再認識してもらえるように、「クラフトビールならではの手加減なしのおいしさ」(山形氏)を目指し、完成させたという。21年の販売目標は同社缶商品で最大規模の約160万ケース。「1年で国内クラフトビール市場を1.5倍に拡大する」という布施社長の言葉からも、並々ならぬ自信とブランド育成への覚悟がうかがえた。

 同社は新商品の投入で、ビール類全体におけるクラフトビールの構成比が現在の0.9%程度から1.4%まで伸びると見込んでおり、布施社長は「長期的には5%にもっていきたい」との意気込みも見せた。

 マーケティング施策は、まず認知拡大と飲用機会の創出に集中する。発売後3カ月で7500GRP(延べ視聴率)の広告を投入する予定で、これは「一番搾り」や「本麒麟」並み。さらにデジタル広告やSNS施策による話題化を狙う。同期間にタップ・マルシェやSNSも活用し、約130万人という史上最大級の規模で飲用機会を創出する予定だ。

手加減なしのおいしさ

 キリンビールのクラフトビールへの取り組みは、1988年に京都に設立したミニブルワリーからスタートした。「クラフトビール発祥の地といわれる米国でクラフトビールという言葉が使われ始める90年代半ばよりも前から取り組んできた」と、同社マスタ―ブリュワーの田山智広氏。

 米国では伝統的な英国の製法と希少ホップを掛け合わせることで人気が広まった。キリンビールは独自の醸造に関する哲学「バイタードリンケン」とホップの個性を生かしきることの両立を目指した。バイタードリンケンとは、「飲むほどまた飲みたくなるような、毎日でも飲み飽きないバランスの良いおいしさ」を指す。250回の試験醸造を経て、独自の醸造製法「ディップホップ製法」を確立した。

 ディップホップ製法は、通常、仕込み段階で入れるホップに加え、発酵段階でも酵母と一緒にホップを入れて7日間にわたり漬け込む。酵母と一緒にホップを入れることで雑味、苦み、辛みが酵母に吸着されるので、雑味が少なく穏やかだが、しっかり香りが残るという。英国発祥で世界的に人気の「IPA(インディア・ペールエール)」のような華やかで個性豊かな味は維持しつつ、IPA特有の苦みや飲みにくさを克服した新しい製法だ。

 SPRING VALLEY 豊潤<496>にもこのディップホップ製法を用いた。原料は、「キリンラガービール」の1.5倍の麦芽で豊潤な味わいを出し、多くの人が飲みやすいバランスのいい香りと苦みを出す4品種のホップの組み合わせを用いた。

 田山氏は、「496は完全数のこと。究極のバランスであることを表している。以前発売した『496』から名前は継承したが、ゼロベースで設計し、良い原料をふんだんに使って手間暇かけて妥協せずつくった。これまでのクラフトビールの集大成といえるきれいな後味」と太鼓判を押す。

 2014年にヤッホーブルーイング(長野県軽井沢町)と資本提携し、15年にスプリングバレーブルワリーを代官山にオープンさせたことで、クラフトビール事業を本格化したキリンビール。16年には米ブルックリン・ブルワリーとも提携。17年に飲食店向けにクラフトビール専用ビールディスペンサーを提供する「タップ・マルシェ」事業もスタートした。同事業は、2年半で取扱店数が7倍になるなど、着実に認知とユーザー層を拡大している。

 今回、家庭向けに缶ビールを本格展開することで、さらなるクラフトビール市場の魅力化を目指す。

 発表会で布施社長は、新商品が同社のCSV(共通価値の創造)マインドにのっとった製品であることを強調した。「流通業界の売上単価が上がらないという問題解決に向けた商品でもある。さらに、おいしさへの認知度が広がることでクラフトビール市場やブルワリーにも良い効果が期待できる。市場が活況になれば外食にも還流する。ビール市場に大きなうねりが起これば、キリンビールにもメリットが生まれる」

 こん身の一作は苦境のビール市場にとって希望の光となるか。

ビールの魅力化にこん身の一作で挑む
ビールの魅力化にこん身の一作で挑む

(写真提供/キリンビール)

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