東京・品川の臨海部、天王洲の運河沿いに、寺田倉庫の水上ホテル「PETALS TOKYO」が2020年11月にオープンした。4隻の小舟からなる多目的水上施設で、ユニークな外観とリッチな内装、眺望にこだわり、水辺で過ごす特別感を演出する。滞在型の観光をアピールするのが狙いだ。

天王洲の運河に浮かぶ多目的水上施設を活用した水上ホテル「PETALS TOKYO」。コテージ風だが、実は船。1隻が1客室(40~45平方メートル)で定員2人、1泊1室当たり8万円~(朝食付き)
天王洲の運河に浮かぶ多目的水上施設を活用した水上ホテル「PETALS TOKYO」。コテージ風だが、実は船。1隻が1客室(40~45平方メートル)で定員2人、1泊1室当たり8万円~(朝食付き)

コテージに見えて実は船

 「わぁー、運河の交差点に泊まれるなんて!」。部屋に入るなり、宿泊客はこんな歓声を上げたそうだ。厳密に言うと、泊まるのは運河の交差点のそば。大きなガラス窓の向こうに水をたたえる川が交差するのが見える。人工的に造られた運河ならではの景観だ。

PETALS TOKYOは運河の交差点そばに停泊している。写真奥へ流れるのが高浜運河、他の3方向は天王洲運河と呼ばれる。水上施設は交差点に近い奥から、PETAL1、2、3…と並ぶ
PETALS TOKYOは運河の交差点そばに停泊している。写真奥へ流れるのが高浜運河、他の3方向は天王洲運河と呼ばれる。水上施設は交差点に近い奥から、PETAL1、2、3…と並ぶ

 寺田倉庫(東京・品川)が天王洲運河沿いに2020年11月9日に開業した水上ホテル「PETALS TOKYO(ペタルストーキョー)」は、コテージ(貸別荘)のように見えるが、実は船。ロープで係留されて浮かんでいる。1隻が1客室で、4隻からなる。客室はPETAL1、PETAL2……と呼ばれる。

 PETALSのそばには、同社が16年にイベントスペースとしてオープンした、最大収容170人の船「T-LOTUS M」が白い帆を広げて停泊している。PETALSはもともとこのT-LOTUS Mに付属する多目的水上施設「KOBUNE」として運営していたものだ。T-LOTUS Mで展示会があれば商談室として、結婚パーティーがあれば控室として、さまざまな用途で使う“小部屋”として4隻の小舟を浮かべていた。

 このたびオープンした水上ホテルは、この小舟の活用を宿泊利用にまで広げて再定義したもの。客室利用を目的に造られてはいなかったため、内装や家具などの宿泊設備を整えた。

 PETALS TOKYOという名称は、ホテルとしての営業に限った屋号である。4隻の小舟をLOTUS(ハス)の周りに浮かぶ花びら(PETAL)に見立て、命名した。今後もイベントで使わないときだけ泊まれる多目的水上施設として運営する。

PETALはロープで係留し、完全に浮かんでいる状態。イベント開催時などに年に数回動かすという。とはいってもエンジンは積んでおらず、自走はしない
PETALはロープで係留し、完全に浮かんでいる状態。イベント開催時などに年に数回動かすという。とはいってもエンジンは積んでおらず、自走はしない
デザインは1隻ごとに異なる趣があり、そばを歩くだけでも楽しい。あくまでも船なので、救命浮環(浮輪)の設備が義務付けられている
デザインは1隻ごとに異なる趣があり、そばを歩くだけでも楽しい。あくまでも船なので、救命浮環(浮輪)の設備が義務付けられている

 1隻ずつ異なる個性的な外観は、それ自体がアート作品のようで、桟橋を歩くだけでも楽しい気分になる。ハンドクラフトの趣を大切にしたのは、ある先例に倣ったからだ。それは、古くから運河の街として発展したオランダ・アムステルダムで有名な、係留した船に居住する「ハウスボート」。寺田倉庫イベントプロデュースグループリーダーの菊池亮太氏は「もともとハウスボートは、廃材など手近な物をかき集めて造ったとされる。その自由な発想をお手本に、当社のデザインチームが水辺に映える色合いにこだわり、さまざまな材料を組み合わせて1隻ずつを魅力的に造り上げた」と話す。

“倉庫の裏側”エリアに着目

 寺田倉庫はなぜ、水上ホテルをオープンしたのか。それを知る鍵は、同社の近年の取り組みにある。

 寺田倉庫は1950年、天王洲エリアを拠点に、国の指定倉庫として備蓄米を預かる保管事業からスタートした企業だ。事業を続ける中で、温度・湿度など最適な条件で管理するためのノウハウを蓄積。それを生かしてさまざま物品に特化した保管を行っている。

 一方で、従来の倉庫業の枠組みを超え、空間活用のノウハウを生かした文化発信の拠点となる事業も積極的に進めてきた。PETALSを含む水辺の開発の原動力は、創業家の寺田保信氏の強い思い入れにある。

 「日本ってみんな、川にビルのお尻を向けるよね。なんでだろう? 海外では商店も川の方に表口をしつらえる。日本でも水辺に人が集まる風景をつくれないものだろうか――」。海外での生活が長かった寺田氏のこうした言葉に込められた「水辺への愛着が開発のきっかけになっていると思う」と菊池氏は語る。

 同社は14年から護岸工事とボードウオークの整備、電柱の地中化や植栽など、官民合同の取り組みで水辺の空間活用と景観づくりに力を入れてきた。「かつては“倉庫の裏側”だったエリアに着目した」(寺田倉庫広報グループ広報チームの菱川貴子氏)取り組みだ。さらに、天井の高い倉庫をリノベーションしてホールや商業施設に転用したり、運営する大小10カ所のイベントスペースにさまざまな催し物を誘致したりしてエリアの活性化を図っている。

ボードウオークと植栽で歩きたくなる水辺を造った
ボードウオークと植栽で歩きたくなる水辺を造った

 天王洲運河に多目的水上施設を造ったのは、水辺という独特の空間に魅力を加えることで、人が集い、新しいモノやコトが生まれる場にするためだ。同じ天王洲エリアには、現代アートのコレクターズミュージアムやアート複合施設、ギャラリーカフェ、画材ラボなどアート関連事業を展開。ストリートでは道行く人を楽しませる大規模な壁画作品も企画する。「世界一のアートシティーを目指す街づくり」(寺田倉庫)に取り組んでいる。

 加えて今回、その多目的施設を活用してPETALS TOKYOという水上ホテルをオープンした。その契機は「東京五輪」だという。「五輪開催に向けた準備が進む頃、多方面から宿泊施設として開放を、との要望があった。羽田や五輪会場へのアクセスも良い。東京での新しい滞在スタイルとして活用しては、という提案があり、本格的な検討と構築を開始した」と菱川氏。結局、新型コロナウイルス感染拡大の影響と五輪開催の延期でオープンは20年11月になった。

水辺で過ごす特別感を演出

 水辺を人の集まる場所にしたい――その思いからつながった水上ホテルは全室スイートルーム仕様だ。「水辺で過ごす特別さを感じられるよう、どこにいても水面が目に入る造りになっている」(菊池氏)。窓越しに船が往来し、渡り鳥の姿や魚が跳ねるのも見える。

運河の交差点に最も近いPETAL1のメインルーム
運河の交差点に最も近いPETAL1のメインルーム
ガラス張りのシャワールーム。ミストサウナを使うと曇って中が見えなくなる仕掛け
ガラス張りのシャワールーム。ミストサウナを使うと曇って中が見えなくなる仕掛け

 PETALはロープで係留しているだけで、いかりを沈めていない。取材中も船が通った後など、ふわーっと揺れるのを感じた。「この“揺れ”も船や海が好きな方にはたまらない魅力らしい」とPETALS TOKYOマネージャーの佐久間有紀氏。チェックインの際には「船の利用ルール」を説明する。客室に救命胴衣を備えているのもルール通りだ。

 宿泊客の年代は幅広い。毎年船旅を楽しむというシニア夫婦は、「舷窓」と呼ばれる丸窓のある部屋を選び、コロナ禍での船上の滞在を楽しんだという。既にリピーターも生まれており、20年の年末年始は予約で埋まったそうだ。

PETAL2の客室。上部には「舷窓」と呼ばれる船特有の丸窓があり、船上の滞在を演出する
PETAL2の客室。上部には「舷窓」と呼ばれる船特有の丸窓があり、船上の滞在を演出する

 小舟のホテルが運河に浮かぶ姿は、どこか外国の景色のようだが、PETALS TOKYOは品川駅から徒歩15分ほどの立地。天王洲エリアはここ数年で飲食店や商業施設が増え、コロナ禍以前には週末ごとにマルシェやイベントが開かれていたこともあって、30代夫婦を中心に訪れる人が増えているという。「日付をまたいで街を回遊する、その楽しみの拠点となれば」と菊池氏。倉庫街から変貌する天王洲エリアの面白さも武器に、滞在型の観光を訴求する。

(写真/稲垣純也)