コーエーテクモゲームスが販売しているNintendo Switch用アクションゲーム『ゼルダ無双 厄災の黙示録』は任天堂の人気シリーズ「ゼルダの伝説」の最新作にして大ヒットタイトル『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』の前日譚(たん)だ。なぜ任天堂ではなく他社から出したのか?
2017年3月、任天堂がNintendo Switchと同時に発売した『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』(以下『ゼルダの伝説 BotW』)は、世界中のゲームファンが認める傑作だった。その年のゲーム関連の賞を総なめにし、Nintendo Switchの普及をけん引。「Wii U」の失敗によって据え置きゲーム機市場で輝きを失いかけていた任天堂を、再びトップの座に押し上げる原動力になったと言っていい(関連記事「Switch版『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』の魅力は何でもあり」)。
日本では任天堂の看板タイトルといえば「マリオ」というイメージが強いが、グローバル市場となると話は違う。「ゼルダ」はマリオと優劣つけがたいもう1つの強力なブランドだ。Nintendo Switch版主要タイトルの20年9月末時点の販売実績を見ると『ゼルダの伝説 BotW』は1974万本。『マリオカート8 デラックス』(17年4月発売)の2899万本には及ばないものの、『スーパーマリオ オデッセイ』(17年10月発売)の1899万本には勝る。
もともと世界的なブランド力を持つシリーズの新作がセールスで成功、高い評価も得たとなれば、続編が企画されるのは当然のこと。しかしそこでゲームビジネス史上、類を見ないことが起こった。
それが20年11月20日に発売された『ゼルダ無双 厄災の黙示録』だ。これは『ゼルダの伝説 BotW』とストーリーがつながっている続編(正確には100年前に起きた出来事を描く過去編)なのだが、任天堂ではなく、コーエーテクモゲームスが開発と販売を請け負っているのだ。
コーエーテクモゲームスは14年の『ゼルダ無双』、16年の『ゼルダ無双 ハイラルオールスターズ』といったタイトルを制作したことはある。ただ、これらはゼルダシリーズのキャラクターを借りる形で作られた、いわばお祭り的な位置付けのスピンオフ作品。同じ無双シリーズとはいえ、本家シリーズ『ゼルダの伝説 BotW』と物語がつながっている『ゼルダ無双 厄災の黙示録』とは意味合いが違う。
ゲームに詳しくない人には、映画産業に置き換えてみると分かりやすいかもしれない。30年以上続く世界的人気シリーズの最新作が世界各国の映画賞を総なめにし、爆発的なセールスを記録した。それなのに、その続編の製作を別の映画会社が担当し、かつ別の配給会社から配給されることになったということになる。
筆者は30年以上ゲーム産業に関わってきたが、過去の記憶をたどってみても似た事例が思い出せない。異例中の異例と言っていいだろう。
好評すぎて2つの続編が同時に作られることに
なぜ、こんなことが起きたのか。
その要因の1つは、『ゼルダの伝説 BotW』があまりにもよくできていたことがあるだろう。SNSなどでも、「数百時間プレーしても飽きない」「もっと遊びたい」と願うユーザーが多く見受けられた。このため、任天堂は今、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』の文字通りの“続編”の制作に取りかかっている。
ゼルダシリーズは、任天堂の看板ソフトとして長い時間をかけて開発されるため、据え置きゲーム機では1つのハードに本編となるタイトルを1つだけリリースするのが通例となっている。例外を探そうとすると『時のオカリナ』と『ムジュラの仮面』をリリースしたNINTENDO64時代までさかのぼらなければならない。
また、過去の作品にとらわれることなく、常に新しいアイデアを込めた作品作りをするためか、全てのシリーズ作がストーリー上のつながりを持ったことはない。今回のように続きとなる続編の制作を決めたこと自体、慣例を破る出来事だ。
それでもファンの期待を満たすには不十分だったのかもしれない。『ゼルダの伝説 BotW』が提示したのは、100年に及ぶ歴史をバックボーンとした壮大な世界観だ。魅力的なキャラクターも多数登場する。それにもかかわらず、ゲーム内ではその歴史が断片的な映像でしか紹介されなかった。ゲームをクリアした人の多くは、かなわぬ願いと知りながら、100年前に生きていたキャラクターたちを操作して冒険したい! という願望を抱いたのである。
しかし任天堂内部のゼルダ制作チームは、全力で続編に取りかかっている。そうしたファンの期待に応えるタイトルを作ることはできない状態だ。
そこで、さらなる異例の決断をした。前述のように、かつてゼルダシリーズのスピンオフ作品『ゼルダ無双 ハイラルオールスターズ』を制作したコーエーテクモゲームスに白羽の矢を立て、任天堂は「無双シリーズの中で、ゼルダの100年前を描くゲームを作ってみないか」と打診。こうして、任天堂以外の企業の手で『ゼルダ無双 厄災の黙示録』は制作されることになったのである。
本編の空気感まで再現
このような経緯で作られた『ゼルダ無双 厄災の黙示録』。実際にプレーして、ファンの期待に十分応えるゲームと筆者は評価している。
販売も好調だ。コーエーテクモゲームスは発売から4日がたった20年11月24日、『ゼルダ無双 厄災の黙示録』の全世界累計出荷本数が300万本を突破したと発表した。1タイトルでの300万本出荷達成は、同社の無双シリーズで初だという。
無双シリーズ自体、およそ20年の歴史を持つコーエーテクモゲームスの大人気シリーズだ。数百人もの軍勢に単身で切り込み、一撃で一掃してしまう豪快さが最大の魅力。悪く言えば大ざっぱなゲームとも言えるが、だからこその爽快感が他のゲームにはない唯一無二の楽しさであり、特に日本で多くのユーザーに支持されてきた。
そこに今回、ゼルダの世界観とキャラクターが投入され、『ゼルダ無双 厄災の黙示録』として作られた。ゼルダシリーズの過去作に登場したアイテムも、「無双」シリーズに溶け込むようにしてきっちり再現されている。とりわけグラフィックやサウンド、音楽のアレンジといった細部に至るまで任天堂の監修を受け、本家と遜色のない空気感が味わえるようになっているのは素晴らしい。
これならばファンも納得だろう。主人公のリンクをはじめ、ゼルダ本編では高齢だったキャラクターの若かりし日の冒険をプレーヤーは体験できる。『ゼルダの伝説 BotW』では映像のみでの登場だった4人の英傑も操作可能だ。100年前の物語を体験するという、ゼルダファンのかなわぬ願いが実現したのである。
それと同時に、コーエーテクモゲームス、任天堂両社にとっても価値ある成果となった。コーエーテクモゲームスは世界的ブランドの1つ、ゼルダを手がけた実績と信頼を手に入れ、任天堂は日本ではマニアックなゲームと思われがちなゼルダを、日本で抜群の人気を持つ無双シリーズとコラボさせることで新規ファンの獲得が期待できるからだ。今後販売実績をどこまで伸ばすか楽しみだ。