良い商材なのに売れない……それは「リサーチ(市場調査)」「ブランディング(認知向上)」と並ぶ第3のマーケティングができていないからだ。『BtoB マーケティング偏差値 UP(日経BP)』をはじめ数冊の著作もある専門家・庭山一郎氏が商材の売れない理由を解明し、売るための戦略を語った。
売りたいなら勝てる市場で勝負する
BtoB専門のマーケティング・アウトソーシング・サービスを請け負うシンフォニーマーケティング(東京・千代田)の代表である庭山一郎氏は、マーケティング歴38年の専門家だ。1990年9月にシンフォニーマーケティングを設立し、97年にはBtoBにフォーカスした日本初のマーケティングアウトソーシング事業を開始。製造業を中心に国内外向けにサービスを提供する一方、年間150回以上もマーケティングの最前線を紹介する講演を行い、中央大学大学院ビジネススクールの客員教授も務める。
その庭山氏が2020年11月にメディア向けブリーフィングを実施。日本企業のマーケティングが成果を出せない理由について「商談の機会創出を専門に担当する部署がないからだ」と指摘した。
庭山一郎氏(以下、庭山) 私のところにはよく「良い商材なのに売れない」という相談が来ます。そこで「誰にとって良い商材なのか」をお尋ねするのですが、「前のバージョンより良くなっている」「競合の商材よりも優れている」という答えが多いんです。良いか悪いかを判断するのは、その商材がターゲットにしている層。それが分かっていない。
商材が売れないのは“勝てる市場”に乗っていないからです。マーケティングの知識がない企業が乗るのは“みんながいる市場”。そこには絶対に勝てないジャイアント、ディスカウンターがいますよね? なぜ、そこに乗って戦い続けて疲弊するのでしょうか。
勝てる市場を見つけてそこに乗り、その市場に最適化されたマーケティングとセールスを実施した商材。それだけが売れる商材になるんです。それがマーケティングに必要とされる戦略です。
日本企業には案件を生み出す部署がない
庭山 マーケティングにおいて企業が取り組むべきことは3つ。リサーチ(市場調査)とブランディング(認知向上)とデマンドジェネレーション(案件創出)です。その中で日本企業ができていないのが、第3のマーケティングであるデマンドジェネレーション。このデマンドジェネレーションを担当するのが、商談の機会をつくり出してセールス部門に供給するデマンドセンターという部署です。ところが、この部署を持っている日本企業はほとんどありません。
庭山 顧客が製品・サービスを購入するのは、彼らが抱えている課題を解決するためです。デマンドセンターが担当するのは、課題を抱えている顧客を探し出してデータを集め、課題解決に必要な情報を提供して啓蒙・育成し、その反応を見ながら絞り込んだ見込み客の情報をセールス部門に案件として提供することなんです。
リサーチもブランディングも重要ですが、売り上げという側面から見ると少し遠い。それに対してデマンドジェネレーションは、商談の機会を供給する形でセールス部門を直接支援するので売り上げとの相関が極めて強い。
部門の4分割でセールスの負荷を軽減
効率の悪いビジネスを排除し、売り上げを最適化するためにはデマンドセンターを活用すべきだと庭山氏は言う。日本企業が商材を売るために解決すべきだと庭山氏が指摘する課題は3つ。 「セールス部門の生産性の向上」「ABM(アカウント・ベースド・マーケティング)の実現」「モノ売りからコト売りへの転換」だ。
庭山 日本企業のセールス部門は、生産性が極めて低い。その原因は、セールスパーソンが担当する範囲が広すぎること、期間が長すぎることです。市場から案件を見つけ出すのはマーケティング部門の仕事ですが、日本ではこれをセールスパーソンが個人でやっています。商談から契約、代金回収、アフターフォロー、メンテナンス、もちろん接待などもセールスパーソンの担当。これでは1人のセールスパーソンが担当できる企業の数が限られてしまい、生産性が上がるはずがありません。
庭山 欧米ではデマンドセンターとセールス部門の間に、さらにインサイドセールス部門を置き、セールス部門の後にはカスタマーサクセス部門を置いて業務フローを4分割しています。インサイドセールスは、実際にセールスパーソンが企業を訪問する前にアポイントを取る部署。カスタマーサクセスは、商材を購入した顧客の課題解決をサポートする部署です。それぞれのKPI(重要業績評価指標)は、デマンドセンターがROMI(マーケティング投資回収率)、インサイドセールス部門の場合はアポイント獲得率、セールス部門は受注決定率、カスタマーサクセス部門はLTV(顧客生涯価値)となっています。
顧客とセールスを点と点から面の関係に
庭山 また商材の売り方にも問題があります。ある商材をたくさん買ってくれている顧客がいるとします。結果、取扱金額が伸びて、その顧客は“お得意様”ということになるわけですが、新しい商材を買ってもらえない。それは顧客とセールスパーソンが“点と点の関係”にあるからです。
現在扱っている商材の他にも買ってほしい商材がある。自社の商材を他の事業所、部署でも採用してほしい。そのためには“点と点の関係”を“面の関係”にする必要があります。これがABMと呼ばれるマーケティング手法です。
庭山 自社の商材をいろいろな事業所・部署で採用してもらうことは、その企業からの売り上げを最大化できるだけでなく、競合の参入余地を奪うことにもなります。日本企業のセールスパーソンもABMという言葉は知っていますが実行できない。なぜなら自社にデマンドセンターがないから。デマンドセンターを持たないところがABMをやろうとしても無理なんです。
顧客の課題を共に解決するコト売りへ
庭山 ABMを実現するためには、モノ売りからコト売りへの転換が欠かせません。ある企業の課題解決のために入札が行われたとしましょう。そこに呼ばれてRFP(提案依頼書)を渡される。その案件を受注するには競合他社よりも安い見積もりを出すか、最短の納期を提案するか……。これは商材を提供する“モノ売り”で、いずれにしろ良いビジネスではありません。
これを適正なビジネスに変えるのが、顧客の奥深くで発芽した課題をいち早く察知し、一緒に解決していくことを提案する“コト売り”です。どの企業の、どの事業所の、どの部署の、誰がどういう課題を抱えているか。その課題解決のためにどういう情報を収集しているか。そうした情報を収集、データベース化するのがデマンドセンターで、その情報をセールス部門だけでなく、開発部門ともリアルタイムで共有する。そうしたコト売りが、ユーザビリティーの高い商材の開発につながり、「良い商材」と判断されて売り上げにつながっていくのです。日本企業も早くデマンドセンターの重要性に気づいてほしいと思っています。
(写真提供/シンフォニーマーケティング)