三越伊勢丹は、接客から決済までを同一プラットフォーム上で行う「三越伊勢丹リモートショッピングアプリ」の本格運用を開始した。売り場に立つ販売員がリアルタイムで接客。EC未掲載のアイテムを含む、店頭にある全ての商品がリモートで購入できる。目指すのは、「店頭と同じ買い物体験」だ。

三越伊勢丹は伊勢丹新宿店の一部のカテゴリーを対象に「三越伊勢丹リモートショッピングアプリ」をスタートさせた。写真は本館2階、婦人服のアーバンクローゼット
三越伊勢丹は伊勢丹新宿店の一部のカテゴリーを対象に「三越伊勢丹リモートショッピングアプリ」をスタートさせた。写真は本館2階、婦人服のアーバンクローゼット

 「こちら、見えますでしょうか」。婦人服売り場の中程で、販売員がノートパソコンの画面に向かってシャツを広げてみせた。「実際に見るとハリがありまして、きれいめ(なコーディネート)にお使いいただけると思います」。シャツを画面に近づけ、デザインや生地の質感を補足説明する。

 三越伊勢丹が2020年11月25日に始めた「三越伊勢丹リモートショッピングアプリ」のデモンストレーション風景だ。「チャット」と「ビデオ接客」によって顧客1人ひとりに合わせた商品レコメンドを行うというもので、百貨店らしいワントゥワンの接客に特化している。

販売員側は自分と客の画面が両方見える。「実際の色味は画面より鮮やかに見えます」など、映りを見ながら商品説明を行う。客側はビデオをオフにし、音声のみでの参加もできる
販売員側は自分と客の画面が両方見える。「実際の色味は画面より鮮やかに見えます」など、映りを見ながら商品説明を行う。客側はビデオをオフにし、音声のみでの参加もできる

 同社は緊急事態宣言が明けた20年5月末から、いち早くLINEとZoomによるオンライン接客に取り組んできた。春先に需要が高まるランドセルの販売では、店頭での接客ノウハウを生かし、オンラインでも約半数が成約に結びついたという(関連記事「三越伊勢丹 Zoom接客でランドセル成約5割、見えた『売れる商材』」)。

 一方で、「取り組みを進めるうちに課題も見えてきた」と三越伊勢丹MD 統括部デジタル推進グループ シームレス推進部長の升森一宏氏は話す。大きな課題は2つある。

 「1つは、LINEとZoomという異なるサービスを組み合わせる、サービス上の動線の煩わしさ。もう1つは、購入いただける商品がどうしても限られてしまうこと。現状はECサイト上の商品をご紹介しているが、それができない場合には電話で承るしか方法がなく、サービスを拡大する上で大きなボトルネックになると感じていた」(升森氏)

 この2点を解決するために開発されたのが本アプリだ。使い方はシンプル。チャットで販売員に要望を伝え、ビデオ接客で具体的な商品説明を受ける。ECサイトで気になった商品を指定してもいいし、予算と用途を伝えて販売員にアイテムを選んでもらってもいい。ビデオ接客は予約制で、時間は基本60分。多少の延長は問題ないそうだ。

 冒頭のデモンストレーションは、ECサイトに掲載されているシャツについてチャットで問い合わせがあった、という設定だ。販売員は写真だけでは伝わりづらいディティールに触れながら、オフィス向けとカジュアル、それぞれのコーディネートを提案。カジュアルな着こなしの例として組み合わせたニットに客が興味を持ち、シャツと合わせて購入に至る、という一連の流れを実演した。

店頭と同様に客と会話をしながら利用シーンやライフスタイル、趣味嗜好に合わせて商品を提案。カシミヤなど、素材によって取り扱う際の注意事項も併せて伝える
店頭と同様に客と会話をしながら利用シーンやライフスタイル、趣味嗜好に合わせて商品を提案。カシミヤなど、素材によって取り扱う際の注意事項も併せて伝える

EC未登録の商品もネット販売

 実は、ここからが本アプリの要となる。ビデオ接客が終了すると、販売員は購入が決まった商品をタブレットですぐさま撮影し、バーコードを読み込んで情報を登録する。すると、その商品は“客専用”のカートに入った状態に。カートのURLを、先ほど撮影した商品写真と合わせてチャットで送信して最終案内する。ここまでの作業にかかる時間は、商品点数が2~3点なら1分ほどで済むという。客側は送られてきたURLから決済画面へ。アプリ内で買い物が完結する仕組みだ。

スタジオや照明機材を使わず、販売員がその場で撮影。商品説明が済んでいるので、ECサイトのような細部を示す写真は必要ない
スタジオや照明機材を使わず、販売員がその場で撮影。商品説明が済んでいるので、ECサイトのような細部を示す写真は必要ない

 新たに開発したこの「個品登録」機能により、EC未掲載の商品も含めて、店頭にある全ての商品がオンラインで販売できるようになった。伊勢丹新宿店ではおよそ100万種類の商品を扱っているが、ECに登録できているのはそのうちの12万種類ほど。ECで販売するためには事前に商品登録や「ささげ(撮影、採寸、原稿)」と呼ばれる作業が必要で、掲載準備には人手と時間がかかる。アプリではこの作業工程を大幅に減らし、接客した販売員がその場でオンライン購入につなげるシステムを作り上げた。

 接客から決済までをシームレスに行うだけでなく、リモートショッピングアプリでは店内の雰囲気や販売員との会話など、まるで実際に売り場を訪れたかのような買い物体験を提供することを目的としている。問い合わせ内容によっては販売員がタブレットを持って店内を回り、商品棚を映しながら接客することもあり得るという。

 とはいえ、試着や化粧品のテスター利用といった、オンラインではかなわないサービスも当然ある。実物を確認できないので、届いてみたら「思っていた商品と違った」ということもあるだろう。ビデオ接客を経て購入した商品であっても、キャンセルや返品は可能。基本的にはECサイトと同様のルールが適用され、不良品を除き1週間以内であれば返品できるようになっている。ただし、化粧品は商品の性質上そもそも返品対象外だ。

本館地下2階、ナチュラル・オーガニック系セレクトショップのビューティアポセカリー
本館地下2階、ナチュラル・オーガニック系セレクトショップのビューティアポセカリー
「こっくり」「さっぱり」など、化粧品の使用感は人によって好みが分かれる。試し塗りができないため、販売員がカメラの近くで実際にクリームを伸ばし、映像と説明で質感や使用感を伝える
「こっくり」「さっぱり」など、化粧品の使用感は人によって好みが分かれる。試し塗りができないため、販売員がカメラの近くで実際にクリームを伸ばし、映像と説明で質感や使用感を伝える

 三越伊勢丹はこれまでの取り組みで、客と体形の近しいモデルが服を着用してイメージをすり合わせるなど、オンラインで商品を販売するための接客ノウハウを積み上げてきた。アプリで接客を担当するのは、こうしたオンライン接客の知見を広げてきた同社の社員だ。

 まずは新宿店でスタートし、運用準備ができた14ショップ、300ブランドから展開する。将来的には全ショップ・商品の取り扱いを目指すが、商品数をただ増やすのではなく、同社の強みである接客を生かしてオンラインでの売れ方の「質」を向上させる方針だ。高額な商品が多い百貨店だからこそ、接客が購買の大きな後押しになるのは確かだろう。

 「長らく店頭のみの商売を前提にしてきたが、このアプリを軸に、接客のあり方そのものを見直すことができると期待している」と升森氏。まずは既存客をターゲットに、買い物の新たな選択肢として注力していく。

(写真/大吉 紗央里)