2020年10月16日に発売された任天堂の『マリオカート ライブ ホームサーキット』はゲームファンならずとも注目の商品だ。Nintendo Switch用ゲームとラジオコントロールカー(RCカー)が融合。AR(拡張現実)で自宅がサーキットになる意欲作。加えて、マリオ35周年に任天堂が繰り出した“切り込み隊長”とも言える商品だからだ。

任天堂の『マリオカート ライブ ホームサーキット』。Nintendo Switch用ゲームソフトにRCカーなどが同こんされている(9980円、税別)
任天堂の『マリオカート ライブ ホームサーキット』。Nintendo Switch用ゲームソフトにRCカーなどが同こんされている(9980円、税別)

 2020年は、ファミリーコンピュータ向けに『スーパーマリオブラザーズ』が発売されて35年目に当たる。マリオと言えば、ゲーム界の“王者”。その記念すべき年ということで、任天堂は9月3日からオンライン上で「スーパーマリオブラザーズ35周年キャンペーン」を開始した。

 マリオ関連の商品も相次いで投入する。20年9月18日には過去のゲーム3つを復刻して1本にまとめた『スーパーマリオ 3Dコレクション』を、10月16日にはNintendo Switch用ゲームとラジオコントロールカー(RCカー)を組み合わせた『マリオカート ライブ ホームサーキット』を、11月13日には往年の携帯ゲーム機「ゲーム&ウォッチ」のマリオ版『ゲーム&ウオッチ スーパーマリオブラザーズ』(21年3月31日までの期間限定生産)を発売。「Nintendo Switch Online」では特別タイトルとして、35人で競える『SUPER MARIO BROS. 35』の配信を開始した(10月1日~21年3月31日の期間限定)。

 中でも筆者が注目したのは、『マリオカート ライブ ホームサーキット』だ。これはNintendo Switch本体をコントローラーとして使用し、マリオ(またはルイージ)が乗ったRCカーを走らせてレースを楽しむというもの。AR(拡張現実)の技術を使ったギミックもふんだんの意欲作である(詳細は後述)。そしてこれこそが、スーパーマリオブラザーズ35周年キャンペーンにおいて、“切り込み隊長”となるべき商品だった。

USJの新エリアはコロナで延期

 任天堂は20年7月、大阪市にあるユニバーサル・スタジオ・ジャパンに新たなアトラクションエリア「スーパー・ニンテンドー・ワールド」をオープンする予定だった。これは、「スーパーマリオ」のテレビゲームの世界を体験できるという世界初の試み。夏休み時期と重なることもあり、実現していれば相当な盛り上がりを見せたことだろう。

 おそらく任天堂は本来、世界中のゲームファン、マリオファンの注目が集まるこのタイミングで「スーパーマリオブラザーズ35周年」キャンペーンを告知する予定だったと筆者は推測する。そして、このキャンペーンの目玉ソフトの1つが『マリオカート ライブ ホームサーキット』だったのではないだろうか。RCカーとゲーム機、それにARを組み合わせるという先進的なコンセプト、自宅にサーキットを作って複数人で遊べるというゲーム性は、家族や友達同士が集うことの多い夏休みにこそぴったりだからだ。

 しかし、新型コロナウイルス感染症の世界的まん延により、「スーパー・ニンテンドー・ワールド」のオープンは21年2月に延期。ゲーム界の“王者”マリオを軸に夏を華々しく彩るはずだったキャンペーンは20年9月3日にオンラインで発表される形になってしまった。

 21年3月期第2四半期累計(20年4月~9月)の連結決算によると、任天堂は前年比3.4倍となる2131億2300万円の純利益を上げるなど、空前の大成功を収めた。このためコロナ禍でも痛手を受けなかった企業として評価されているが、それは一面的な見方にすぎない。任天堂は今夏に仕掛けるはずだったゲーム史上最大規模のキャンペーンを吹き飛ばされた。その痛手を負いながら、『あつまれ どうぶつの森』を中心とした他のソフト群でカバーしたという格好なのである。

みんなで遊ぶほうが楽しいのだが、人が集うことを自粛せざるをえない今はそれぞれ自宅で遊ぶしかないのが残念ではある
みんなで遊ぶほうが楽しいのだが、人が集うことを自粛せざるをえない今はそれぞれ自宅で遊ぶしかないのが残念ではある

 とはいえ、このキャンペーンが秋に開始されたことはゲームファンにとってうれしい誤算かもしれない。

 20年は、コロナ禍が影を落としたものの、外出自粛中のレジャーとしてゲームが好調。9月には完全オンラインながら「東京ゲームショウ2020」が開催され、新作ゲームの話題も飛び交った。11月には次世代ゲーム機としてソニー・インタラクティブエンタテインメントの「PlayStation 5」(PS5)とマイクロソフトの「Xbox Series X」「Xbox Series S」が発売。「ファミ通」調べでは、PS5(通常版とデジタル・エディション含む)は発売から4日間で計11万8085台が、「Xbox Series X」「Xbox Series S」は発売から6日間で計2万534台が売れているという。そこに、スーパーマリオブラザーズ35周年キャンペーンも加わり、この年末はまさに「盆と正月が一緒にやってくる」状態になりそうだ。

この『マリオカート』は何が新しいか

 最後にこの『マリオカート ライブ ホームサーキット』の何が新しいのかについても語っておこう。先に同作は「Nintendo Switch本体をコントローラーとして使用し、マリオ(またはルイージ)が乗ったRCカーを走らせてレースを楽しむ」ゲームソフトだと書いた。これだけの説明では、ただの“ラジコン”遊びをする商品と思われるかもしれない。

 しかし、いざ実機を手に取ってみると、誰しもがこのゲームの先進性に驚くはずだ。『マリオカート ライブ ホームサーキット』では、車体にカメラが搭載されていて、そこに映った光景がNintendo Switchの画面内にリアルタイムで表示される。プレーヤー(操縦者)は、カーレースのテレビ中継における車載カメラ映像のようなものを見ながらカートを走らせることができるのだ。

 同こんのキットと組み合わせれば、自宅に“サーキット”が構築できる。コース設定はプレーヤーの自由。まずはカートを操作して、室内を好きなように周回すると、その軌跡がそのままコースとしてゲーム内に登録される。キットに含まれるゲートや矢印看板をルート上に置くことで、自宅は本格的なサーキットになる。

日経BPの会議室でサーキットを作ってみた。同こんされている4つのゲートや矢印看板を配置。ゲートを番号順にくぐるようにサーキットを設定してある
日経BPの会議室でサーキットを作ってみた。同こんされている4つのゲートや矢印看板を配置。ゲートを番号順にくぐるようにサーキットを設定してある
マリオの頭上にある白い部分がカメラ。それで映した光景がNintendo Switch本体にリアルタイムで表示される。プレーヤーはこの画面を見てカートを操作する
マリオの頭上にある白い部分がカメラ。それで映した光景がNintendo Switch本体にリアルタイムで表示される。プレーヤーはこの画面を見てカートを操作する

プレーして驚き!AR空間が現実に作用する

 実際にレースを始めると、さらなる驚きが待っている。それがARによる仕掛けだ。

 前述のように、Nintendo Switchの画面に映し出されるのは「カートのカメラが撮った現実世界の映像」なのだが、同時に「キノコ」や「コイン」「バナナ」などの各種のアイテム、「パックン」などの敵キャラ、ライバルの車も出現する。ARによって、現実を映した映像にゲーム内のさまざまなギミックが追加されるのだ。

 コースの状況もどんどん変化する。雨が降っていることもあれば、雪が積もっていることもある。水中でのレースになることもある(おなじみ「プクプク」も登場)のはまさにマリオならではだ。自宅を舞台にしたサーキットであるにもかかわらず、ゲームの『マリオカート』と同様、多彩な条件下でのレースが楽しめるのだ。

 しかも、これらアイテムや敵キャラ、気象条件など、ARで表示されるギミックは、ただの映像的な演出ではない。それらは、現実世界におけるカートの挙動に影響を与える。

 例えば、敵キャラに妨害されればカートは停止するし、アイテムのキノコを使えばカートは加速する。ゲーム内の「磁石」というギミックに接近すると、カートは勝手にそちらに引き寄せられるといった具合だ。

雪が降っているコース。設置したゲートの上に雪が積もって見えることが分かるだろうか
雪が降っているコース。設置したゲートの上に雪が積もって見えることが分かるだろうか
お化け屋敷をイメージしたコースでは、四隅が暗くなっていて視界がぼんやりと狭い。遠くにはゴーストも見える
お化け屋敷をイメージしたコースでは、四隅が暗くなっていて視界がぼんやりと狭い。遠くにはゴーストも見える
コース上に磁石が登場。カートが強制的に引き寄せられる
コース上に磁石が登場。カートが強制的に引き寄せられる

 つまり、ゲームの中の“虚構”の世界で起きたことが、自宅のリビングルームという“現実”の空間にあるカートに作用する。テレビゲームの長い歴史の中でも前例がない仕組みが導入されているのだ。

 プレーヤー同士でゲームとカートを持ち寄れば、最大4人でのレースも可能。コロナ禍の今は人が集まることを避けなければならないが、いつか収束したら友達などに声を掛け、この虚構と現実が融合したレース体験をわいわいと楽しんでみたいものである。

(c)2020 Nintendo/Velon Studios

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