奈良県のしょうゆ蔵「マルト醤油」が、2020年8月「泊まれるしょうゆ蔵」として生まれ変わった。300年以上の歴史がある蔵が、7部屋限定の宿泊施設として再生した。70年間息を潜めてきたが、18代目に当たる木村浩幸氏の強い思いで復活を果たした。
マルト(奈良県田原本町)が営むマルト醤油は、今から331年前の1689年に創業した後、1950年に一度閉業したものの、奈良県最古のしょうゆ蔵といわれている。最寄りの田原本駅は、JR京都駅から近畿日本鉄道に乗り換えた先にある。奈良盆地の大和川の川辺に位置し、今も農業が盛んな地域である。マルト醤油はこの地で創業以来260年間、醸造を続けてきた。原料となる大豆も小麦も地元で取れたものを使用してきたが、戦後の原材料調達難のあおりを受け、木村氏の祖父に当たる17代目が1950年、やむなく蔵を閉じる選択をしたという。この話を親戚から聞いた木村氏は「もう一度、しょうゆ蔵を興したい」と強く思うようになった。
古文書が語るしょうゆ蔵の歴史
しょうゆ醸造に一度も携わったことのない木村氏が最初に手掛けたことは、書庫から発見した古文書を読み解くことだった。1000点以上ある古文書の中には、しょうゆ造りに関する重要な内容が記されていそうではあるものの、内容は全く分からなかった。そこで町の文化財課に依頼したところ、古文書の専門家が解読を手伝ってくれた。それにとどまらず、自身でも読めるようになりたいとの思いから、町の古文書教室にも通い始めた。5年間かかったが、ある程度は自力でも読めるようになったという。
「少しずつ、創業時の様子や代々の当主の話など、しょうゆ蔵の背景が見えてきた。蔵をもう一度、地場産業として再生する意味合いを手繰り寄せるのに、貴重なヒントが残されていた」と木村氏は話す。
2014年ごろから、ようやくしょうゆ造りが再開した。そこで最も重要だったのは、70年間、蔵に眠っていた「菌」だった。当時のまま残る蔵の一部にすみ着いていた菌の発見により、改めて天然醸造が可能になったという。しかし、70年前とは大きく異なる現在の衛生基準を満たすことと、蔵の姿をなるべくそのまま残すことの両立は簡単ではなかった。さらに、しょうゆの天然醸造には2年かかる。まだ量産には至っておらず、22年1月から販売予定だ。現在は宿泊客だけが、朝食などで口にすることができる。
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