プロの料理人が釣果を調理してくれる会員制レストランが好調だ。コロナ禍で外食産業が苦しむ中、店舗を西麻布から六本木に移転、店舗面積を2.5倍に増床してリニューアルオープンした。オーナーが語る「今だからこその決断」の理由と会員制レストランの強みとは。
釣り人が持ち寄る釣果をシェフが調理
釣り人は「釣果を食べる(こともある)人」と「魚を釣ることだけを純粋に楽しむ人」に大きく分けられる。前者の多くにとっては、釣り上げた魚を持ち帰り、さばき、調理するところまでが釣りと地続きの楽しみだ。
ただし、その中にも包丁の扱いが苦手な人はいる。得意な人、料理好きな人にしたところで、丸1日釣りをした後、魚をさばく元気が残っていない日だってある。
釣った魚をさばくのは面倒。とはいえ、せっかく釣った魚はおいしく食べたい――「シェフシェアリング 釣り人」は、そんなニーズに応えるべく、2017年に西麻布にオープンした会員制レストランだ(関連記事「日本初、釣り人のための月額制レストラン その驚きの巻き込み力」)。同店が20年7月に六本木に移転し、「リストランテ ペスカトーレ by シェフシェアリング釣り人」としてリニューアルオープンした。
店としてのスタイルはリニューアル前と変わらない。会員登録し、釣果をこの店に持ち込むと、経験を積んだシェフがどんな魚もさばき、料理として提供してくれる。
「六本木の会員制レストラン」と聞くと、非常に高価な店を想像しそうだが、会費は手ごろだ。会員種別は2つ。釣った魚を持ち込み、さばいてもらう権利がある「釣り人会員」と、釣り人が持ち込んだ新鮮な魚を素材とした料理を楽しむだけの「釣り人応援会員」で、前者は入会金が2万円、初月会費が月額1000円、2カ月目以降が同5000円、後者は入会金が5000円、会費が月額2000円となっている(いずれも税別)。なお、釣り人会員が1カ月に1回も魚を持ち込まなかった場合は、翌月に4000円のコース料理の無料券(有効期限3カ⽉)がもらえる仕組みだ。
コンセプトを立案し、出資したオーナーの佐野順平氏は「釣り人にとって最も大事なものは、釣行のための軍資金。だからこそお店で提供する料理は極力安くしたい」と語った。
釣りをしない人に向けたプランも用意
釣り人会員が同店を利用する場合、釣った魚を店に持ち込むかクール便で店舗に発送する。店に届いた魚はシェフによってさばかれ、そのまま調理してもらうか、さばいた魚を素材として持ち帰るかを選べる。あるいは、同店で冷凍保存しておき、別の日に調理してもらうことも可能だ。
料理は、2000円、4000円、8000円、1万2000円の4コース。例えば4000円のコースは、前菜+メインディッシュ2種+パスタやリゾットの4品に、アルコール類を含めたフリードリンク付き、2000円のコースは、魚料理+パスタやリゾットの2品に1ドリンクが付く。価格の違いはあくまでも皿数などによるもので、アコウやノドグロ(アカムツ)といった超高級魚を使う場合もコース料金の値段が変わらないのは、仕入れを主に釣り人の釣果に頼っているこの店ならではだ。
今までどんな魚が持ち込まれたかを聞くと、「海の魚が中心だが、鮎(あゆ)などの川魚もあり、種類は多い。ノドグロ、クエ、アコウダイといった有名な高級魚や100キロを超えるようなアブラボウズ、青森県の大間沖で釣ってきたクロマグロも持ち込まれた」(佐野氏)という。
新店舗は床面積を2.5倍に拡大
同店を開いた理由について、佐野氏は「魚を釣った瞬間はうれしいものの、帰路でその処置に途方に暮れることも多い」と話す。
例えば、佐野氏は対馬沖でたくさん釣り上げた大型のヒラマサをさばく際、指を切り落としそうになったことがあるという。また、同氏の友人は、相模湾でマグロを釣るという夢を苦節5年目でかなえたものの、1日に2匹も釣ったため、「どう処理するのか」と家族に怒られたそうだ。「釣り人が味わうこんな不幸を世の中からなくしたかった」と佐野氏は語る。
その思いが釣り人の共感を呼び、同店は隠れ家的レストランとして西麻布の地に根を下ろした。それが20年になって、六本木への移転を決断。新型コロナウイルスの影響で飲食店の苦境が叫ばれる中、しかも床面積は約2.5倍、厨房も3倍近くに拡大し、座席数は20から40へと増やしている。決断の理由は何か。
佐野氏が挙げた理由の1つが、会員増への対応だ。同氏によると、リニューアルオープン時の会員数は200人超。内訳は釣り人会員が約70人、釣り人応援会員が約150人だ。実はこの数字、西麻布にオープンした直後に一気に獲得したもので、以降は会員獲得を抑制していたのだという。
「それというのも西麻布の店舗は狭く、会員が増えるとすぐに予約が取れない状態になってしまいました。それで、入会を制限せざるを得なくなったのです」(佐野氏)
魚には旬があり、潮回りによっても釣果は変わるため、釣り人が魚を持ち込むタイミングが特定の日に集中してしまうこともある。また、釣りをしない人は「釣ってからの時間が短いほど魚はおいしい」と誤解しがちだが、実際は違う。大物の魚などは釣ってからしばらく寝かせ、熟成させたほうが食味が向上するものが多い。そういう魚の食べごろを見計らって店舗を予約したくても、予約がなかなか取れないような状況になってしまっていた。
「顧客からもずっと店を広くするか座席を増やしてほしいと要望されていました。移転でそれがようやく実現した形です」(佐野氏)。実際、リニューアルオープン後は会員が確実に増え、9月頭の時点で会員数は約100人増の約300人になった。
コロナ禍だからこそ見つかった物件
もう1つの理由が「こういう世情だからこそ」だ。佐野氏が店舗の移転を考え始めたのは20年6月。移転先となった六本木の物件の情報を得てからだったという。
「平時なら、このような好物件の情報は(すぐに借り手が見つかるので)なかなか表に出ません。今回は、新型コロナウイルス感染症流行の影響で19年末からなかなか借り手がつかなかったため、チャンスが回ってきました。大資本や格式あるレストランでないと入れないような物件に入れたのは、今だからこそ。移転するなら“今しかない”と思いました」(佐野氏)
スペイン風邪など過去に流行した感染症のケースを鑑みて「今を耐えれば1年半か2年で状況は元に戻る」というのが佐野氏の“読み”だ。しかし、影響が落ち着く頃に希望の物件が見つかるとは限らない。6月に物件と出合い、7月10日に新店舗をプレオープン、同月31日にグランドオープン。その間、約1カ月の即断即決だった。
店舗面積の拡大は、感染防止対策の面でも有効だったという。「西麻布の店舗では4月以降、1日1組限定で営業していました。今の店舗なら座席を間引いても複数のお客様に来店いただけますし、東京都の感染防止対策ガイドラインにも準拠して営業できます」(佐野氏)。
この状況下で移転を決断できたのはリストランテ ペスカトーレが会員制であることも大きい。
「コロナ禍で店舗を構えるビジネスには苦しい状況ですが、それでも会員制の店舗は前年比でマイナスになっていないところが多いんです。稼働率30~40%でも成り立ちます。当店の場合は稼働率にかかわらず、会員数500人程度をキープできれば、家賃や人件費が捻出できるように設計しています」(佐野氏)
今後は、現状とほぼ同じ、釣り人会員が3割、釣り人応援会員が7割を目安に会員獲得を進め、20年12月には会員数600人を目指す。
(写真/稲垣宗彦)