新型コロナウイルス感染拡大の影響で売り上げが大幅に落ち込んだビール業界。この苦境に対して、スピリッツ製造・販売のベンチャー企業、ビールの大手ブランド、老舗の日本酒メーカーが協業し、余剰ビールをクラフトジンへと“再生”させた。売れ残りを有効活用するにとどまらない協業の可能性を探る。
バドワイザーらしさ凝縮 代用品だからこそのこだわり
今回協業したのは、ジンやウイスキーを製造するベンチャー企業のエシカル・スピリッツ(東京・渋谷)、「バドワイザー」ブランドを展開するアンハイザー・ブッシュ・インベブ ジャパン(東京・渋谷)、大手日本酒メーカー・月桂冠(京都市)の3社。コロナ禍の影響で賞味期限切れとなったバドワイザー約2万リットルからクラフトジンを製造し、2020年9月4日から約4500本の数量限定で販売を開始した。
もともとエシカル・スピリッツの立ち上げメンバーに、アンハイザー・ブッシュ・インベブ ジャパンと親交のあった人間がいた。その縁もあって、20年4月後半ごろアンハイザー・ブッシュ・インベブ ジャパンからエシカル・スピリッツに対し、賞味期限切れを迎えるビールを有効活用したいという要望があり、今回の協業につながった。
エシカル・スピリッツがビールをジンに変える蒸留技術を月桂冠に提供し、製造を委託した。アンハイザー・ブッシュ・インベブ ジャパンは原材料として、廃棄予定のバドワイザーを無償で提供した。生産本数のうち約3割はエシカル・スピリッツの公式サイトでオンライン販売し、残りの約7割は店舗などで販売する。
この取り組みの目的は、コロナ禍による余剰ビールの再利用という“緊急対策”にとどまらない。活動を通じて「バドワイザー」ブランドを訴求したいとの思惑もある。
今回、アンハイザー・ブッシュ・インベブ ジャパンはREVIVEの味や飲み心地のイメージについて「バドワイザーに近いものを実現できたら」という希望を出した。その理由を同社バドワイザーブランドマネージャーの齊藤太一氏は「世の中でバドワイザーを知っている人は約90%だが、そのうち『興味ある人』は10%前後。名前は知っているが、どういうビールなのかは知らない。まず存在感を増すのが今のステージ」と説明する。
そこでREVIVEでは「コンパウンド製法」という特殊な技法を採用し、蒸留されるベーススピリッツだけでなく、仕上げ段階での添加や混和にもバドワイザーを使用した。そのためREVIVEは、エシカル・スピリッツの他のジンに比べ3倍以上の工程がかかっている。360ミリリットルで5000円(税別)という強気の価格設定は、こうした品質の高さや手間のかかる製造工程が組まれているからこそだ。
一般的なジンはベースとなる無味無臭に近いスピリッツを蒸留し、味や香りを付けていく。しかしREVIVEはベーススピリッツとなるバドワイザーに、さまざまな味や香りが含まれているので、完成品も深い味わいになるという。「廃棄予定のビールを使用すると聞くと、味は劣ると想像しがち。しかし今回は(原材料の)代用となる素材が良質なため、逆に質が高くおいしいものができた」とエシカル・スピリッツのファウンダー山本祐也氏は胸を張る。
「コロナ禍で時間が増えてアンテナが立ち始めたのか、ビールにもいろんな選択肢があると消費者が気づき始めた。昨今の『多種類のビールが選ばれる傾向』に可能性を感じている」(齊藤氏)。変化した消費動向が今回のプロジェクトの後押しになり、バドワイザーに興味を持ってもらえるきっかけになるのではとREVIVEに期待を寄せる。
寄付でカルチャー業界を支援
アンハイザー・ブッシュ・インベブ ジャパンにとっては、余剰ビールの再生、廃棄コストの削減だけでなく、収益の一部をカルチャー団体「Music Cross Aid」に寄付することにもメリットがある。
バドワイザーはこれまでブランディングやマーケティングの一環として、音楽やアート、ファッション業界などとコラボしてきた。ライブハウスやクラブでの提供も多い。しかし、コロナ禍の影響でカルチャーに関わる人々の活動が制限され、「日本のアーティストの2人に1人が活動を諦める」というバドワイザー独自の調査結果も出ている。今回の寄付には、これまでバドワイザーを支えてもらった人々へのサポートと同時に、既存のマーケットを守りたいとの狙いもある。
ビールを原材料にしたジンは世界でも珍しく、大手メーカーの販売では「REVIVE」が日本初となる。エシカル・スピリッツは良質な素材を無償で得られ、アンハイザー・ブッシュ・インベブ ジャパンにはコストやマーケティング面でメリットがある。
今回の協業を皮切りに、エシカル・スピリッツは廃棄予定のビールに限らず、他種のアルコール飲料の活用を検討。年内には「REVIVEの第2弾」として、日本酒から再製したクラフトジンの販売を予定している。また今後も、さらなるアンハイザー・ブッシュ・インベブ ジャパンとの協業の可能性を探る。双方の利害が一致する取り組みを模索していく考えだ。
いまだ収束の見通しが立たない新型コロナウイルス。「REVIVE」が厳しい状況を打破する足がかりとして存在感を示せるか。
(写真提供/月桂冠・アンハイザー・ ブッシュ・インベブ ジャパン)