バンダイナムコエンターテインメントのアイドルプロデュースゲーム「アイドルマスター」(アイマス)シリーズ。誕生から15年、シリーズ関連商品・サービスの売上推定総額はパートナー企業も含め、約600億円にまで成長した。同シリーズの総合プロデューサーである坂上陽三氏に成長の軌跡やビジネス展開について、前後編の2回にわたって聞く。

2020年に15周年を迎えた「アイドルマスター」シリーズ。現在は5ブランドを展開し、総勢300人以上のアイドルと1000曲以上の楽曲が登場する
2020年に15周年を迎えた「アイドルマスター」シリーズ。現在は5ブランドを展開し、総勢300人以上のアイドルと1000曲以上の楽曲が登場する

 『アイドルマスター』はもともとアミューズメント施設に設置するアーケードゲームとして開発されたゲームタイトルだ。そこから家庭用ゲーム、携帯電話向けのソーシャルゲーム(ソシャゲ)、スマホ向けのアプリゲームと、技術進化に合わせてプラットフォームやゲームシステムを変えながら進化を続けてきた。開発から15年がたった今では、5つのブランドで、総勢300人を超えるアイドルが登場する人気シリーズに成長。今やさまざまなゲームメーカーからアイドルや芸能人を育成するゲームがリリースされて人気を集めているが、その火付け役と言ってもいい。

 対象とするビジネス領域はゲームだけにとどまらない。ゲームを起点に、ライブイベントや音楽CDの発売といった周辺事業に進出。2019年度(19年4月~20年3月)には、全国のアリーナ・ドームなどで、9公演、全18回のライブイベントを開催した。国内外のライブビューイングを含めると、1公演当たりの観客動員数は最大10万人にもなる。

 加えて、アニメやコミックなどのメディアミックス、企業間コラボも積極的に展開している。その結果、「アイマス」シリーズに関連する商品・サービスの19年度の売上推定総額はパートナー企業も含めて約600億円に上るという。

 次々に新作が登場するゲーム業界で、プラットフォームを変えながらもユーザーを獲得し、人気IP(ゲームやキャラクターなどの知的財産)を育成してきた秘訣を、同シリーズ総合プロデューサーを務めるバンダイナムコエンターテインメント第2IP事業ディビジョン第1プロダクションエキスパートの坂上陽三氏に聞いた。

「アイドルマスター」シリーズ総合プロデューサーを務めるバンダイナムコエンターテインメント第2IP事業ディビジョン第1プロダクションエキスパートの坂上陽三氏。ユーザーには「ガミP」という愛称でおなじみ
「アイドルマスター」シリーズ総合プロデューサーを務めるバンダイナムコエンターテインメント第2IP事業ディビジョン第1プロダクションエキスパートの坂上陽三氏。ユーザーには「ガミP」という愛称でおなじみ

当時はなかったアイドルプロデュースゲーム

――まずは「アイマス」シリーズの開発から現在に至るまでのコンセプトを聞かせてください。

坂上陽三氏(以下、坂上氏) 最初はアミューズメント施設に設置するアーケードゲームとして、02年9月ごろから企画をスタートさせました。実際にゲームセンターで稼働し始めたのが05年7月です。

『アイドルマスター』は2005年、アーケードゲームとしてスタート
『アイドルマスター』は2005年、アーケードゲームとしてスタート

 当時は携帯電話向けのメールマガジン(メルマガ)が登場した頃。当社でもゲームセンターに各種アーケードゲームをプレーしに来てもらうため、メルマガを配信していました。そうした中で、同じメルマガなら、いかにもメーカーからといった感じの事務的なものより、ゲームの世界観を反映したもののほうが楽しいんじゃないか。例えば、ゲームに登場する女の子から会話調で「遊びに来てね」と誘われたほうがいいんじゃないかというアイデアが出てきたんです。

 一方で、当時のアーケードゲームは対戦ゲームが主でした。女の子が登場する対戦ゲームってどんなものがいいのか。そう考えたとき、殺伐としているものよりも、切磋琢磨(せっさたくま)しながらトップアイドルを目指すような題材がいいだろうということになったんです。

 こうして、アイドルをプロデュースするゲームとして、シリーズ最初のタイトル『アイドルマスター』が生まれました。ユーザーは「プロデューサー」として、女の子たちの中からプロデュースしたい子を選び、レッスンや営業、オーディションを経てアイドルを育成していく。このコンセプトは最初から現在に至るまでずっと一貫しています。

――アイドルといったとき、今でこそプロデューサーに注目が集まり、「運営」などという言葉も広く使われるようになっていますが、当時はまだそこまでではないですよね?

坂上氏 オーディション番組の『ASAYAN』(1995~2002年にテレビ東京で放送。モーニング娘。やCHEMISTRYなどを生み出した)や小室哲哉さん、つんく♂さんなどの活躍で、プロデューサーという存在はだいぶ知られるようになっていたと思います。プロデューサーはクリエイティブで、なんなら社長よりも力があるというイメージ。そこでユーザーをプロデューサーにしたんです。

――アーケードゲームでスタートして2年後、07年にはXbox 360版を出し、家庭用ゲームにも進出します。案外早い展開ですね。

坂上氏 「鉄拳」や「リッジレーサー」などもそうですが、アーケードゲームでコアなお客さんを育て、家庭用ゲームでシリーズの裾野を広げるというのが当時のナムコ(現バンダイナムコエンターテインメント)のビジネスモデルの1つでした。だから、「アイマス」も企画時から家庭用ゲーム機に展開する予定だったんです。

世代の変化には多ブランド展開で対応

――その後、アーケードゲームから家庭用ゲーム、携帯ゲーム、スマホアプリゲームと展開していくにつれ、「アイマス」シリーズは複数のブランドに分化していきます。現在は『アイドルマスター』、『アイドルマスター シンデレラガールズ』(デレマス)、『アイドルマスター ミリオンライブ!』(ミリオン)、『アイドルマスターシャイニーカラーズ』(シャニマス)、『アイドルマスターSideM』の5つのブランドがありますね。「アイマス」になじみのない人には分かりにくく、ファンが分散することにもつながりかねないと思いますが、複数ブランド展開にしたのはなぜでしょうか。

坂上氏 ゲームとしての「アイマス」シリーズは、24歳くらいをピークに前後5年、10年と遊んでいただいています。ただ、やはり年月がたつにつれてアイドル像が少しずつ変わるんですよ。「モラル感が変わる」などと表現するんですが、身近な感じの女の子が好まれる時期もあれば、派手な子、ボーイッシュな子などが好まれる時期もある。

「アイドルマスター」シリーズとして現在展開している5つのブランド
「アイドルマスター」シリーズとして現在展開している5つのブランド

 例えば18年4月にリリースした『シャニマス』には櫻木真乃というキャラクターがいます。ゲームの中で中心になる、いわゆる「センター」的存在ですが、従来のキャラクターとは少しタイプが違う。従来は明るくて前向きで、いつも先頭を切って動いていくタイプが多かったのですが、真乃はおとなしくておっとりしています。そういう子がセンター的存在になるのは時代を象徴している感じがするんです。

『アイドルマスターシャイニーカラーズ』の櫻木真乃はおっとりとした性格
『アイドルマスターシャイニーカラーズ』の櫻木真乃はおっとりとした性格

 ユーザーがアイドルに求めるものは普遍的には変わりませんが、そうした細かい感覚が3~4年単位で変化する。先に言ったようにピークは24歳ですが、そこに向けて1段若い世代を狙いたいというときは、その世代の人たちに好まれるアイドル像や世界観を提示するために、あえてブランドを分けてきたんです。とはいえ、ユーザーが分断されているわけではなく、複数ブランドを楽しんでいる人も多いです。新しいブランドを出すと既存のブランドも盛り上がったりするのが面白いところです。

――同じブランドのままバージョンアップすることもできますが、当然それまでの世界観やキャラクターを愛し、応援している人たちもいます。その出来上がった世界観はいじらず、部分的にリンクした別のブランドを作ることで世代の違いに対応してきたんですね。

2019年の市場規模は600億円

――「アイマス」シリーズはゲームを核に、今やライブや音楽配信、アニメ、コミックなどメディア横断的に事業を展開されています。事業の規模としては今、どのくらいですか。

坂上氏 スマホ向けのゲームアプリおよびソシャゲの延べダウンロード数は約4300万ダウンロード。家庭用ゲーム機向けにはこれまで14タイトルを販売し、シリーズ累計販売本数は約200万本です(いずれも20年7月時点)。19年度のIP関連の商品とサービスの売上推定総額はパートナー企業も含めて約600億円でした。

――主軸はやはりゲームですか?

坂上氏 ゲームを軸に、ライブや音楽CDなどですね。19年度のライブは、東京ドームや幕張メッセ、さいたまスーパーアリーナといった全国のアリーナ/ドーム会場などで9公演、計18回開催しました。国内外のライブビューイングを含めると、1公演当たり最大10万人を動員する規模に成長しています。

――規模拡大のターニングポイントはいつだったのでしょう。

坂上氏 07年1月、初の家庭用ゲーム機向けとしてXbox 360で『アイドルマスター』を発売しました。ちょうどYouTubeやニコニコ動画などの映像配信サービスが花開いた時期だったこともあり、ユーザーによるプレー動画や創作動画が多数アップされたんです。権利上、微妙なところではありますが、盛り上がりにつながったのは事実です。

Xbox 360版『アイドルマスター』
Xbox 360版『アイドルマスター』

 「アイマス」というコンテンツの認知が拡大したのは、11年のアニメ『アイドルマスター』放送です。ここで裾野が広がり、11年11月にモバゲーで配信した『アイドルマスター シンデレラガールズ』につながります。これがシリーズ初のソシャゲ。当時は携帯電話向けでしたが、事業としても大きく花開きました。

――ビジネスモデルも大きく変わりますね。

坂上氏 ゲームにとって、重要なのはユーザーとのタッチポイントをどう作るかだと思います。アーケードゲームは店に行く必要がありますし、家庭用ゲームはハードとソフトが必要。さらにこの頃からハードを立ち上げ、腰を据えて遊ぶことがライフスタイルに合わなくなってきたという声も一部にありました。これに対して、ソシャゲは基本プレー無料で自分の好きなときに遊べる。とても手軽です。

 家庭用ゲームを作っていたときに思ったんですが、お客さんがゲームを買わない最大の理由は「時間がない」なんです。「お金がない」というのもあるでしょうが、時間がないことのほうが大きい。だから、基本プレー無料にして売り上げをどう立てるかより、好きなときにいつでも遊べることを重視して展開しました。

――その後はスマホアプリゲームになります。

坂上氏 アプリにしてからは、ゲーム性を重視しています。従来のカードゲームに加え、リズムゲームの要素を入れました。これはタッチパネルでプレーできるスマホの存在が大きい。家庭用ゲームでも一部リズムゲームの要素を入れたものがありましたが、やはりゲームの世界観と相性がいいし、楽曲もありますから、ユーザーにも違和感なく受け入れられたと思います。

「アイドルマスター」これまでの取り組み
「アイドルマスター」これまでの取り組み
初めての試みやブランドの立ち上がりを中心に主な出来事をまとめた

(C)窪岡俊之 (C)BANDAI NAMCO Entertainment Inc.

(写真/志田彩香)

※後編「人気ゲーム『アイマス』 ユーザーに役割を負わせたのが成功の鍵」に続きます。

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