新型コロナウイルス感染症がなかなか収束しない中、政府による観光業界支援策「Go Toトラベル」キャンペーンが展開中だ。気になるのは、観光地や宿泊施設はもちろん、道中の感染対策。近年、人気を伸ばしてきた高速バスはどんな対応をしているのか。業界最大手のWILLER(ウィラー、大阪市)に聞いた。
近年増え続けていた高速バス需要
鉄道、航空、自家用車……旅行で使う交通手段は多々あるが、近年、利用者を伸ばしてきたのが高速バスだ。
日本バス協会が2017年に公開した「バス事業の現状について」という資料を見ると、「乗り合いバス」の年間輸送人員は昭和43年度(1968年度)の101億4400万人をピークに減少を続け、平成25年度(2013年度)にはピーク時の約40%まで落ち込んだ。
一方で、高速バスによる輸送人員は年々増加。平成25年度(2013年度)は平成11年度(1999年度)の約1.7倍に達した。若年層を中心に高速バスはどんどんその市場を拡大し続けている。
この好調ぶりに冷や水を浴びせたのが新型コロナウイルス感染症の流行だ。行程の途中で休憩が設定された便もあるが、高速バスは一度乗ったら目的地まで車内に乗客が密集した状態で過ごさねばならない。「3密」の回避が叫ばれるコロナ禍では、不安を感じて利用を避ける人も多いだろう。
高速バスへの新型コロナウイルスの影響と、バス会社の感染防止および利用者数回復の施策を業界最大手のWILLERに取材した。
主要テーマパークの休園を機に利用者数に落ち込み
WILLERパブリック・リレーションズ オフィスの清家美帆氏によると、最初に客足に大きな影響を及ぼしたのは、20年2月下旬に東京ディズニーリゾートをはじめとする国内の人気テーマパークが休園を発表したことだったという。
東京から大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパンへ、あるいは、大阪から東京ディズニーリゾートへといった人気路線で、キャンセルが相次いだ。東京ディズニーリゾート休園中も、千葉方面に向かう手段としてこの路線のバスを利用する人はいたが、乗降所が東京ディズニーランド内にあるために使えず、行き先をその手前までに変更する必要もあったという。
その後も乗客数は減り続ける。WILLERとしては、乗客、乗務員の安全性を考えて対応を模索。最終的に、政府の緊急事態宣言が出るより早い20年4月4日から5月末まで、高速バスや運行を請け負っている池袋の路線バス「IKEBUS(イケバス)」を含めた全便運休に踏み切った。
それと同時に、感染を防ぎながら高速バスを運用するための施策も検討し始めた。20年5月下旬には、同社のサイトやSNSなどを通じ、運行再開に先立って新型コロナ感染防止のための取り組みを公開。ユーザーへの情報浸透を図った。
20年6月に運行を再開してからは、4列シートの車両で窓際の席のみが予約できるようにして座席数を減らすなど3密を回避。バス内はエアコンの外気モードを常時稼働させ、換気を行う。同社が採用している車両のエアコンは、約5分間で車内の空気がすべて入れ替わるほどの換気能力を持つという。
同時に、乗務員や受付係員のマスクやフェースシールド、手袋の着用、点呼時の乗務員の検温、乗客向け手指消毒剤の設置、運行前に次亜塩素酸水の拭き取り清掃作業など、衛生管理も徹底している。
座席形態を生かした感染対策
これらに加え、同社が利用者数回復のために取り入れたのが、座席の感染対策と座席予約システムの改定、リモートトラベルサービスという3つの策だ。
同社が運行する高速バスと夜行バスでは現在、基本となる4列シートの「リラックス」、3列シートの「リボーン」、3列独立シートの「コモド」「ボーテ」「ラクシア」という5つのシートタイプをラインアップしている。
4列シートとは、2列ずつ座席がまとまり、中央に通路があるタイプ。3列シートは1列と2列に分かれ、その間に通路があるタイプ、3列独立シートはその名の通り1列ずつが独立し、各列の間に2本の通路が通っているタイプだ。
1つ目の座席の感染対策として最も特徴的なのが、3列シートの「リボーン」だろう。これは左右と後部が頭の高さまである“壁”に覆われたシェル型シート。コロナ禍では飲食店のカウンター席などに飛沫を避けるスクリーンを設置するのが感染防止策の一つとして定着しつつあるが、このシートはそうした対策を新たにしなくても左右の席と隔離された構造になっているのだ。
もともとはパーソナルスペースをしっかりと確保し、より高いリラックス感を得るための構造だが、同社は感染防止に有効と着目。さらに、同社が所有するリボーン搭載の全10車両に、日機装(東京・渋谷)の空間除菌消臭装置「Aeropure(エアロピュア)」を2台ずつ設置することで、安心感を高めた。エアロピュアは光触媒による除菌・消臭機能に加え、フィルターで捕捉した菌やウイルスに深紫外線LEDの光を照射して不活化させる装置。“空間”に対してこの装置がどこまで有効かはともかく、深紫外線LEDが新型コロナウイルスを不活化させることは宮崎大学医学部と日機装の共同実証実験で証明されているという。
こうした対策ができない4列シートの「リラックス」では、シート用の使い捨てフェースカバーを導入した。これは、各座席に設置された「カノピー」と呼ばれる折り畳み式のフードにすだれ状に装着するもの。
カノピーは、WILLER独自の装備で、睡眠時の遮光のほか、「寝顔を見られたくないという女性のお客様にも好評」(清家氏)という。これにフェースカバーを取り付けることで、身体の前面をより広く覆えるので、カノピー単体よりも高い飛沫感染対策効果が期待できる。
また、2列ずつが隣り合わせになるリラックスでは、隣席との距離がほぼゼロのため、ここにも改善を加えた。仕切りの高さを2倍にすることで、飛沫の拡散や周囲との接触を防ぎ、プライベート空間確保の効果を高めている。
座席予約システムの改変
2つ目の座席予約システムの改定も大掛かりだ。WILLERの高速バスでは従来、4列シートは乗客が座席を指定できなかった。乗客によっては不自由に感じる面であるものの、女性、男性、グループなど乗客の属性別になるべく座席をまとめることで、トラブルを避け、より快適な車中環境を構築できるという利点もある。女性の1人客の隣が見知らぬ男性になるといったようなケースを減らすことができるのだ。
だが、20年7月22日からは、全シートタイプで座席指定サービスの適用範囲を拡大した。例えば、リラックスでは車内を3つのエリアに分け、後部3列を女性専用の座席指定可能席、前から3列目までを男女隣席ありの座席指定可能席、それ以外を従来同様、自動で座席を割り振る席とした。これにより、座席はどこでもいいという人、しっかり自分で選びたいという人の両方に対応できるシステムにしたのである。
同時に、空席マップを全便で用意し、車内の混雑状況を可視化。乗客はこの空席マップを頼りに、予約後、出発直前まで何度でも、ウェブ上で座席や便を変更できるようにした。
「密」に対する忌避感の強さは人によって差がある。「自分なりに許容できる範囲」に応じて乗客自らがそれぞれの判断で、空いている便、座席を選べるようにするのが狙い。「出発直前まで座席の状況を確認し、少しでも周囲に人がいない席に変更できることは、お客様にとって安心につながると考えている」(清家氏)。
憧れのタレントと旅する「リモートトラベル」
3つ目の策がリモートトラベルだ。自粛が推奨される中、一部の宿泊施設などが始めた試みで、ビデオ会議システムやストリーミング映像を使い、自宅にいながらあたかも旅先に出かけているかのような体験を提供しようというものだ。
WILLERもこのリモートトラベルのツアーを実施している。20年7月26日に開催したツアー第1弾では、劇団EXILEの小野塚勇人さんと秋山真太郎さんがゲストとして参加し、約150人を集客した。北近畿エリアの温泉地を一緒に旅する気分を味わうというもので、温泉地ならではの浴衣姿で外湯巡りをする2人の姿が見られたり、現地で2人が選んだお土産が抽選で当たったりと、リモートだからこそできるファン心理をくすぐる趣向が凝らされていた。
また、このツアーでは、ライブ配信のほか、見逃した人のための映像アーカイブプランなど複数のプランを設定。中でも注目は、京都府丹後地方の郷土料理「ばらずし」が含まれるプランだ。事前に自宅にばらずしを届けることで、ライブ配信中、ゲストが食べるご当地料理と同じものを自宅で楽しめるようにした。
WILLERは以前から、高速バスや夜行バスを利用したツアープランに加え、アーティストや声優とつながりが持てるような企画も実施している。そうした経験から、「アーティストや声優が参加し、ファンの思いをかなえるツアーには潜在的な高い需要がある」(清家氏)と感じていたという。WILLERが仕掛けたリモートトラベルは、こうした需要に応える企画をコロナ禍で実現したものというわけだ。
このツアーが持つもう1つのユニークな点が、観光地の復興支援を兼ねているというところ。100人で1万円、1000人で10万円、1万人で100万円と、リモートトラベルの配信視聴者数に応じ、売上金額の一部がコロナ復興支援金として使われる。
WILLERでは新型コロナの影響は1~2年と長期化する可能性も含み置いている。このため、可能な感染対策をしつつも、日々変化する状況に柔軟に対応できるスピード感を大事にしているという。実際、20年6月に運行を再開したが、緊急事態宣言明けから感染者が増加するに当たり、20年8月3日からは一部の路線や便を運休させるなどの対策を実施。一方で、リモートトラベルのような従来とは違う新たな旅の形を提案することにも積極的だ。
今は、アフターコロナ/withコロナ時代の「新たな生活様式に対応した高速バスの旅」を模索する時期。高速バスを頻繁に利用するユーザーの一人としても、その先にある旅の形に期待したい。
(写真提供/WILLER)
清家氏のコメントを一部修正しました。また、従来、4列シートは一部の便と座席を除き座席を指定できなかったとしていましたが、「従来、4列シートは乗客が座席を指定できなかった」と改めました。おわびして訂正します。記事はすでに修正済みです。[2020/09/03 13:45]