新型コロナウイルスの流行下、活動自粛中のスポーツ界で注目されたのがeスポーツだ。富山県では県内チームで活躍するサッカーや野球、バスケットボールなどの選手が競技を超えてeスポーツの大会に参加。全員にとって畑違いの『ぷよぷよeスポーツ』で腕を競った。この不思議な大会の狙いとは?
新型コロナウイルスの感染拡大で、国内のプロ野球やJリーグを含め、世界中で様々なプロスポーツが開催を見送る状況に追い込まれた。20年7月から、いずれの競技も徐々に再開に動き出している。
リアルスポーツの休止期間中、注目を浴びていたのがeスポーツだった。選手同士がその場に居合わせずとも、ネットを介して競技ができるeスポーツの特性は、「ステイ・ホーム」に最適。バスケットボールやテニスといった球技、モータースポーツなどで、実際に競技ができないことの代替として、eスポーツ大会が開催される流れが生まれた。
2020年4月にテニスゲーム『マリオテニス エース』を使ったチャリティー大会「ステイ・アットホーム・スラム」が開催され、錦織圭や大坂なおみらが参加したことや、八村塁らNBAの選手がバスケットボールゲーム『NBA 2K20』を使ったトーナメント戦「NBA 2K プレイヤーズ トーナメント」に参加したことは日本でも話題を集めた。
ゲームで闘う異種試合
こうしたeスポーツ大会と一線を画すユニークな試みが、ゴールデンウイーク中の20年5月2、5、9日と3日間にわたって行われた「eスポーツ富山 スペシャルマッチ特別企画~STAY at HOME推進企画イベント~」(以下、eスポーツ富山 スペシャルマッチ)だ。選手が自宅からネット経由で対戦し、それを動画配信サイトで配信するまでは他の大会と同じだが、eスポーツ富山 スペシャルマッチならではの点が2つある。
1つは、参加選手が普段プレーしている競技がバラバラなこと。出場した選手は以下の通りだ。
- 花井聖選手 :カターレ富山(サッカー、J3所属)
- 宇都直輝選手:富山グラウジーズ(バスケットボール、Bリーグ所属)
- 牧野圭佑選手:富山サンダーバーズ(野球、ルートインBCリーグ所属)
- 飯塚美沙希選手:アランマーレ(ハンドボール、日本ハンドボールリーグ所属)
- 山下学選手 :小矢部レッドオックス(ホッケー、ホッケー日本リーグ所属)
富山県下で活動する上記5団体のフィジカルスポーツチームが参加し、ゴールデンウイーク中の5月2日、5日、9日と3日にわたって行われた。
もう1つは、競技タイトルが俗に「落ちもの」と呼ばれるアクションパズルゲームの名作『ぷよぷよ』だったこと。前述の大会が中止となった競技をベースにしたその競技の選手たちが出場するものだったのに対し、こちらはどの選手にとっても畑違いだ。
eスポーツ富山 スペシャルマッチの仕掛け人である富山県eスポーツ連合の堺谷陽平会長は、「新型コロナで試合が中止になると、県内のチームはどうしても露出が減ってしまう。競技横断のeスポーツ大会がチームを盛り上げることにつながれば」と開催の目的を語る。
きっかけの1つに八村塁選手が
大会の発端は20年3月末ごろまでさかのぼる。当時は既に新型コロナウイルス感染症の流行が問題視されていたが、富山県はまだ感染者が確認されていなかったこともあり、「新型コロナに対する緊張感は薄かった」と堺谷氏は言う。ところが3月30日に感染者が確認されると状況は一変。様々なイベントが一気に中止に傾いた。
テレビ局をはじめとする地元メディアの協力を得ながら、これまでいくつものeスポーツイベントを開催してきた堺谷氏。彼の元には付き合いのあるメディア関係者からも主催するイベントが次々と中止になったことを憂う声が届いていたそうだ。
堺谷氏とともに20年2月、上市町で「企業対抗 eスポーツ大会 in 上市」を開催した地元テレビ局・チューリップテレビの担当者も、その一人。その担当者はスポーツ全般に熱心で、公式競技が中止になっている富山県内のスポーツチームに露出の機会を与えたいという思いがあったそうだ。
そこで企画したのが、eスポーツ富山 スペシャルマッチだ。「八村塁選手は富山県出身。彼がNBA 2K プレイヤーズ トーナメントに出場するというニュースで注目度が上がり、話題が身近に感じられたことも大きい」(堺谷氏)。
チューリップテレビから地元スポーツチームに声をかけ、結果として5チームの参加が決定した。
また、企画の過程では富山県も参画。ゴールデンウイーク中の在宅を推進する同県の「STAY at HOME推進事業」の一環として、富山県eスポーツ連合とチューリップテレビ、富山県、そして参加する5つのスポーツチームで構成された実行委員会の主催で開催することになった。
競技種目が『ぷよぷよ』に決定
競技種目として『ぷよぷよeスポーツ』を選んだのは、前述のように参加チームが取り組む競技がバラバラだからだ。バスケットボールやハンドボールのチームもある中、サッカーや野球を選ぶと公平性に問題がある。
また、堺谷氏は企画の立案当初から、ゲーマーやゲームのファンを観客として想定していなかった。「興味を持ってくれるのは、むしろ参加するチームのファンだと思っていた」。堺谷氏は続ける。「ファンが見慣れているのは、競技中の選手の真剣な顔。自宅でゲームを楽しむ、いつもと違うリラックスした様子をこの大会で引き出せればファンにとっては新鮮で楽しいし、チームにとってもメリットある露出機会になる」。
休眠状態だったeスポーツ施設の機材を流用
eスポーツ富山 スペシャルマッチでは、堺谷氏らが新型コロナ感染拡大前から整えてきたeスポーツのための環境も役に立った。
というのも、今回のeスポーツ富山 スペシャルマッチでは、選手たちの元にプレーや配信に必要なPCなどの機器を送り、それを使って自宅などから大会に参加。選手や解説はZoomでつなぎ、それをYouTubeで配信する形を取った。その機材と配信に必要な設備は、堺谷氏らが高岡市につくった「Takaoka ePark」のものを流用した。Takaoka eParkはeスポーツ大会の開催や配信に必要な設備を完備した「県内唯一のeスポーツ施設」として当初、4月中にオープンする予定だったものの、新型コロナ感染防止のための自粛下で、休眠状態にあったのだ。
足りないゲームコントローラーやヘッドセットは、PCやスマートフォンの周辺機器メーカーであるロジクールが貸与した。同社は、Takaoka eParkにも機材を納入しており、eスポーツ富山 スペシャルマッチには、そのTakaoka eParkとともに「協賛・支援」として名を連ねている。
「機材は順調にそろった」と堺谷氏。その一方で、思いもよらないトラブルにも直面したという。それは選手たちのITスキルの問題だ。
参加選手たちは家庭向けゲームには触れたことがあっても、「PCでゲームを遊ぶ」ことには不慣れだろうと考えた堺谷氏たちスタッフ。選手たちに機材を送付するに当たっては、事前に操作をレクチャーする動画を用意し、開催前に配信手順のリハーサルを行うことにしていたそうだ。
ところが蓋を開けてみると、まずそのリハーサルになかなかたどり着けなかった。映像は配信できても音が出ないといったトラブルもあれば、ゲームやアプリケーションの起動・終了方法が分からないという人もいた。しかも今回はリモートでそれぞれの自宅から接続しているため、PC操作をスタッフが肩代わりすることもできない。説明には苦労したという。
「過去にもeスポーツイベントを配信したことはある。そのときはeスポーツの初心者はいても、ゲームやPCに不慣れな人は少なかった。今回出場してくれた選手たちは、普段、PCやゲームにもあまりなじみがない人たち。事前の想定では不十分だったと反省した」(堺谷氏)
一方、堺谷氏ら配信スタッフにも不安はあった。Takaoka eParkには配信に必要な設備が十分整っていたが、それらが届いたのは大会開催日の1週間ほど前。しかも、いずれも堺谷氏らが初めて触る機種だったのだそうだ。
「今までのイベントでは配信はノウハウを持つ外部の人にお願いしていました。しかし今回は僕たちが請け負うことになりました。Takaoka eParkから配信するのが初めてなら、自分たちで配信を請け負うのも初めて。その機材を使うのも初めて。何より、参加選手が全員リモートというのも初めてでした」(堺谷氏)
大会は日を置いて3日間開催されたが、「トラブルへの対処を含め、本番の中で運営が最適化されていった実感がありますね」と堺谷氏は語る。
eスポーツとフィジカルスポーツ、ファン層の違いを痛感
こうして開催にこぎ着けたeスポーツ富山 スペシャルマッチ。大会については、開催の2週間前からチューリップテレビでテレビCMを打ったり、参加した各チームからSNSなどを通じて告知をしたりしたそうだが、3日間の総視聴者数は想定をやや下回ったそうだ。
その原因について、告知から開催までの期間が短かったことに加え、堺谷氏は「一般的なeスポーツとのファン層の違い」にあるとみている。
前述のように、今回の大会では地元のフィジカルスポーツのチームの選手たちが闘うため、視聴者もそのファン層が中心と想定していた。そうしたファンの多くは、eスポーツはもちろん、ネット配信で動画を見ること自体に不慣れだったのではという読みだ。
チームによってファンの年齢層にはかなりの差がある。テレビCMで大会を知り、興味を持っても、テレビで放映されると勘違いして、ネットでの視聴という行動に至らなかったのではないか。あるいは、ウェブサイトやSNSを使ったチームからの告知が届いていない可能性もありそうだ。
その一方でうれしい驚きもあった。「見てくれたファンの方々がYouTubeに寄せてくれたコメントがとても温かかった。あれは今まで開催したeスポーツイベントにはなかった空気。“観戦”というより“応援”なのだと思う」と堺谷氏は顔をほころばせる。
「あのコメントの温かさは、フィジカルスポーツならではのものだろう。長い間にファン文化が熟成されてきた証しと思えた。企画の段階でそうしたeスポーツファンとの違いをもっと理解していれば、また違ったイベントの見せ方があったのではないか」と堺谷氏は語った。
もう1つ、堺谷氏を驚かせたのは選手たちのゲームテクニックの高さだ。大会前には各チームのSNSなどで出場選手の練習風景が紹介されていたが、「初心者だった選手も徐々にうまくなるのが見ていて分かった」(堺谷氏)。その結果、大会初日から想像を超える好試合が繰り広げられた。
「実は初日はトラブルで30分くらい配信開始が遅れた。でも選手たちがいい試合をしてくれたし、ファンからのコメントもとても温かいものばかり。開催前は試合ができない分、eスポーツで活躍の機会を提供したいと思っていたが、結果的には選手やファンに助けられた格好だ」(堺谷氏)
eスポーツではプレーヤーはもちろん、観戦者も層の拡大が必要と常々言われてきた。そのための様々な取り組みも行われている。今回の大会で見えたのは、興味対象が違う人たちにeスポーツの楽しさを伝える難しさとその可能性だ。
eスポーツどころか、SNSや動画配信にもなじみがない人たちをどうやって引き込むか。eスポーツの楽しさを知ってもらう前に、「どうしたら試合が見られるのか」「ネット配信が見られるのか」といったところから始めなければならないのかもしれない。
その一方で、イベントの切り口やその告知方法、見せ方の工夫をすれば、従来のeスポーツファン以外にも受け入れてもらえそうだという手応えもある。「イベントを企画する者として、今回の大会には多くの発見があり、勉強になった。この経験を今後にもぜひ生かしたい」(堺谷氏)。
(写真提供/富山県eスポーツ連合)