フェイスブック ジャパンの元代表、長谷川晋氏が立ち上げたスタートアップ・MOON-X(東京・目黒)が新たな事業を始めた。第1弾のクラフトビールに続く商品は化粧品。しかも20年9月にはユーザーに化粧品と合わせて花を届けるサービスを開始する。狙いは新たなライフスタイルの提案とその習慣化だ。

 MOON-Xは同社CEOの長谷川晋氏がフェイスブック ジャパンを退社し、2019年8月に設立したスタートアップ。20年2月には第1弾の事業として、クラフトビールブランド「CRAFT X」を始動した。「常陸野ネストビール」など人気のクラフトビールブランドとの協業やサブスクリプションモデルでの販売などが話題を集めた。

MOON-Xの長谷川晋CEO(左)と「Bloomee LIFE」を運営するCrunch Styleの武井亮太CEO(右)
MOON-Xの長谷川晋CEO(左)と「Bloomee LIFE」を運営するCrunch Styleの武井亮太CEO(右)

 そのMOON-Xが第2弾の事業として選んだのが、ビールとは畑違いのスキンケア用化粧品だ。「日本のものづくりとテクノロジーを融合させたブランド群を育て、世界に発信するのがMOON-Xの姿勢。それに合えば、商品のカテゴリーにはこだわらない。ビールの次に化粧品を選んだのは、そこに消費者ニーズと、高品質な商品を作るために必要な原材料、技術との出会いがあったからだ」と長谷川氏は説明する。20年3月にはEC専門の化粧品ブランドとして女性向けの「BITOKA」と男性向けの「SKIN X」を立ち上げ、それぞれに商品を展開してきた。

MOON-Xが2020年9月に発売する「BITOKA」の新商品「BITOKA クリスタルクリーム」30g、単品価格8800円(税別)。シャクヤクの花エキスとマンダリンオレンジの果皮エキスを使用した
MOON-Xが2020年9月に発売する「BITOKA」の新商品「BITOKA クリスタルクリーム」30g、単品価格8800円(税別)。シャクヤクの花エキスとマンダリンオレンジの果皮エキスを使用した

 さらに今回、BITOKAに新たなサービス「Beauty Bloomeeセット」を追加する。BITOKAの定期購入プランを申し込んでいる会員に対し、3カ月に1回、化粧品と合わせて花も届けるというもの。花の定期便サービス「Bloomee LIFE」を手がけるCrunch Style(東京・渋谷)とパートナーシップを結び、20年9月の到着分から花を届ける予定だ。

 花を提供するBloomee LIFEは全国150以上の生花店と協業し、毎週または隔週で利用者宅にフラワーアレンジメントを届けるサービスだ。現在の利用者は3万世帯以上。料金は1回500円(税・送料別)から、花はポスト投函(とうかん)で受け取れるという手軽さが受け、利用者を伸ばしてきた。「利用者の8割以上はそれまで花を買う習慣がなかった人」だとCrunch Styleの武井亮太CEOは言う。MOON-Xと展開するBeauty Bloomeeセットでは、BITOKAの会員が申し込んでいる定期購入のコースによって、同社の500円または800円(いずれも税別)のプラン相当の花を送り届ける。

「Bloomee LIFE」は全国の生花店でプロがアレンジしたフラワーアレンジメントが定期的に届くサービス
「Bloomee LIFE」は全国の生花店でプロがアレンジしたフラワーアレンジメントが定期的に届くサービス

商品提案からライフスタイル提案へ

 Beauty Bloomeeセットについて、MOON-Xの長谷川氏は「クラフトビールや化粧品といった商品を提供する事業から、ライフスタイルを提案する事業に踏み出す一歩にしたい」と意気込みを語る。

 花に目を付けたのは、サンカヨウやシャクヤクなど花のエキスを使った化粧品をそろえるBITOKAと相性がよかったから。「BITOKAのブランドメッセージを明確にするうえでも最適だった」という。

 何より「化粧品と共に楽しむ生活シーンがリアルに想像できたことが大きい」と長谷川氏。MOON-Xが独自に行った調査によると、現状のセルフケアの一環として花や植物に接している人や、アロマをたく、音楽を聴くなどプラスアルファの楽しみによってスキンケア時間を充実させたいと考えている人は多い。

 「新型コロナウイルスの感染拡大とその間の外出自粛を経て、おうち時間の充実は誰しもに共通する課題になった。女性にとってのスキンケアもその一つ。朝夕のお手入れ時に新たに花を取り入れることで、化粧品の効果だけじゃない、五感で楽しむスキンケア時間を過ごしてほしい」と長谷川氏は思いを語る。

 一方のCrunch StyleにとってもMOON-Xとのパートナーシップにはメリットがある。それは、Bloomee LIFEの利用者の裾野を広げられることだ。同社では過去、英国のライフスタイルブランド「キャス キッドソン」と母の日コラボをしたり、北欧の食器ブランド「イッタラ」とクリスマスコラボをしたりしてきた。だが、季節限定のコラボレーションはサービスを知るきっかけになっても、継続利用につなげにくいのが悩みの種だ。

 「その点、定期購読の化粧品ならば日常の中でサービスを利用してもらえる」と同社の武井氏。「花は一定時間がたつと枯れるもの。だから、花のある生活を送るには花を飾ること自体を習慣にする必要がある。習慣性が高い化粧品と一緒に提供することで、スキンケア同様、花を飾ることも日常になるのでは」と期待を寄せた。

「キャス キッドソン」とのコラボレーションでは、花を送付する際のパッケージをコラボデザインに。キャス キッドソン直営店ではBloomee LIFEの初回配送が無料になる来店者向けキャンペーンなどを実施した
「キャス キッドソン」とのコラボレーションでは、花を送付する際のパッケージをコラボデザインに。キャス キッドソン直営店ではBloomee LIFEの初回配送が無料になる来店者向けキャンペーンなどを実施した

ストーリーテリングが販促の鍵

 今後はモバイル向けサイトを中心に、InstagramなどのSNSも活用して、BITOKAおよびBeauty Bloomeeセットの認知度向上、利用者拡大を進めていく。

 ただ、化粧品は手に取ったときの香りや使用感が商品の評価を左右する。ECでは肝心のそれらが伝わりにくいのが課題だ。しかも、通販系化粧品市場には大手の競合企業が複数存在する。それら企業は、通販とリアル店舗を組み合わせて販売を拡大している。ECのみ、かつ後発のMOON-Xはどう市場を切り開いていくのか。

 これに対して長谷川氏は、「実物に触れてもらう商品棚がないのは確かに不利な面はある」と前置きしつつも「逆に商品棚という制限に縛られないのはメリットではないか」と持論を述べた。

 ECサイトはリアル店舗のように商品に直接触れることはできない。半面、テキストや画像、動画や利用者の口コミ投稿など商品の魅力を伝えるスペースは無尽蔵だ。また、スマートフォンが生活の中心にある現代では、個々の顧客がどこからでもアクセスできるウェブサイトこそが最も身近な販売チャネルとも言える。だからこそ「そこで開発の裏側や商品に込めた思い、科学的な根拠など、商品やブランドを取り巻くストーリーをいかに豊かに伝えられるか。ストーリーテリングの能力が最も重要になる」と長谷川氏は語った。

 もう一つ、MOON-Xが強みとするのが、顧客からフィードバックを得る仕組みだ。同社のクラフトビールブランドにおいても、購入者から細かなフィードバックを吸い上げ、商品の改良、開発に生かしている。例えば、CRAFT Xから発売されたクラフトビール「クリスタルIPA」は初回販売分を飲んだ顧客からの声を基に、その後の販売分のレシピや醸造方法を改良した。

MOON-Xが販売するクラフトビール「クリスタルIPA」。クラフトビールブランド「常陸野ネストビール」を製造・販売している木内酒造(茨城県那珂市)と共同開発した
MOON-Xが販売するクラフトビール「クリスタルIPA」。クラフトビールブランド「常陸野ネストビール」を製造・販売している木内酒造(茨城県那珂市)と共同開発した

 「化粧品は安全性などの問題があるので、ビールのように材料や成分を変えるのは難しいが、それでも顧客のフィードバックを生かす要素は大きい」と長谷川氏。例えば、使用感や香りの異なるバリエーション商品を出したり、ボトルやパッケージなどを改善したりといったことが考えられるだろう。「作り手と共に消費者の声に向き合い、より良い商品を出していくこと。化粧品分野でもこれに真っすぐ取り組みたい」と結んだ。

(写真/平野亜矢、写真提供/MOON-X、Crunch Style)

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