緊急事態宣言が解除され、街に人が戻り始めた。だが、長期休業していた小売店などでは、接客に追われて在庫管理まで手が回らないことも多い。出版社の東京創元社(東京・新宿)はそうした書店をサポートするため、リモートで書棚のメンテナンスをするサービスを始めた。
書店の棚の画像で欠本や変色をチェック
国内外のミステリーやSF小説を刊行する東京創元社が2020年6月11日にスタートした「画像で棚メンテナンスサービス」は、書店の在庫管理を支援するというもの。各書店が同社の書籍を並べた店頭の棚の写真を撮影して専用フォームから送信すると、その画像を見た営業担当者が棚の状況をチェックする。売れ筋商品の欠品や流通終了後に棚に入っている商品を確認する他、変色などがあれば新しい本との交換を提案するという。
「欠品している本だけを送ると、棚やストックルームがあふれてしまう。そこで棚から外す商品も提案することで、常にきれいな商品を店頭に並べてもらえるようにした。商品を引き取るので収支がプラスになるわけではないが、買いやすい棚をつくることで、いずれは売り上げにつながると考えている」と同企画を発案した東京創元社営業部の笛木達也氏は話す。
自身のテレワーク経験から思いついた
全国には約1万店の書店がある。これまでは同社の営業部員5人が月に80~100店を訪問。遠方の店舗はFAXなどで注文を受けていたが、2~3カ月に1度は地方出張し、店頭での欠品チェックを行っていた。「東京創元社の本は“マニアック”なものが多いので、店の傾向を聞いた上で売り上げのランクが高いものを中心に提案していた」と笛木氏は話す。
だが20年4月7日の新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言を受け、首都圏の多くの書店が休業。「現在も書店から依頼されない限りは訪問を控えている」(笛木氏)。都道府県をまたぐ移動の自粛を要請されたこともあり、地方出張にも行けなくなった。そんな中、営業を再開した書店と電話などでやりとりしたところ、「接客に追われて在庫管理や棚の整理をする余裕がない」という声が聞こえてきた。
営業担当者が訪問して整理することも可能だが、ただでさえ忙しい書店側に時間を取らせるのは避けたい。そこで思いついたのが、画像を使ってリモートで棚のメンテナンスをするやり方だった。
「自分自身もテレワークしていたことがヒントになった。棚のメンテナンスは営業部員の日常業務なので、画像やデータさえあればリモートでもできると考えた」(笛木氏)
上長に相談し、すぐに企画書をまとめて他の営業部員にも意向を聞いたところ、快諾を得られた。発案から1週間後には同社の公式サイトとTwitterやFacebookで告知したという。
リモートでも小売店営業はできる
サービス開始から約1週間で、およそ50軒の書店から申し込みがあった。これまでなかなか訪問できなかった遠方の書店や、今回のサービスをきっかけに初めて取引をする書店もあったという。
実際にやってみたところ、在庫データを送ってくる書店がほとんどで、画像での依頼は少ない。チェーン店数点分の在庫を取りまとめて本部から発注するところも多いからだ。だが、そうした事情から「当初からデータでの依頼が多いと予想していた」と笛木氏は話す。
「あえて『画像で棚メンテナンス』と打ち出したのは、そのほうがインパクトがあると考えたから。書店からの反応もよく、SNSでの反響も大きかった。1カ月間の期間限定サービスのつもりだったが、継続を望む声があれば前向きに検討していきたい」(笛木氏)
日常が戻りつつあるとはいえ、新型コロナウイルスと共存する日々は今後も続いていく。withコロナの時代は、これまでのように店舗をひたすら顧客を訪問する営業スタイルが徐々に難しくなるだろう。地方出張そのものも見直されるかもしれない。だが、今回の「画像で棚メンテナンスサービス」のように、リモートを取り入れることができれば、必ずしも対面しなくても小売店のフォローはできる。それが画像の共有なのかオンライン会議なのかは、業種や取引先の希望に合わせて柔軟に対応すればいい。
リモート営業は相手の負担を軽減した上で、自社の営業部員の移動時間も削減できる。働き方改革にもつながる、新しい取り組みといえそうだ。
(写真提供/東京創元社)