近藤芳正氏、相島一之氏、吉田羊氏ら俳優陣がオンライン会議ツール「Zoom」でつながって三谷幸喜氏の傑作戯曲「12人の優しい日本人」を読み合わせし、YouTubeでライブ配信するという試みが2020年5月6日に行われた。当日は1万5000人以上が視聴。このチャレンジのきっかけや裏側を、発起人である俳優の近藤芳正氏に聞いた。

「12人の優しい日本人を読む会」では、俳優陣が自宅からZoomで参加してリモートで1本の戯曲を読み合わせし、それをYouTubeでライブ配信した。5月末までアーカイブ配信もしている
「12人の優しい日本人を読む会」では、俳優陣が自宅からZoomで参加してリモートで1本の戯曲を読み合わせし、それをYouTubeでライブ配信した。5月末までアーカイブ配信もしている

 新型コロナウイルスの感染拡大とそれに伴う企業・団体への営業自粛要請。その影響は演劇にも及んでいる。劇場は一時閉鎖され、数々の公演が中止または延期になった。俳優や演出家、美術や照明、衣装などを担当するクリエイターも活動自粛を余儀なくされている。

 そんな中、「こういう時期だからこそできることを」と新たなチャレンジも生まれている。その1つが、2020年5月6日に行われた「12人の優しい日本人を読む会」だ。13人の俳優がオンライン会議ツール「Zoom」を使い、それぞれの自宅から1本の戯曲を読み合わせる。それをYouTubeでライブ配信するというものだった。

 「12人の優しい日本人」は、演劇ファンにはよく知られる三谷幸喜氏の傑作戯曲だ。1990年に自身が主宰する劇団・東京サンシャインボーイズのために書き下ろし、同年、91年、92年と上演。劇団の公演以外にも、中原俊監督によって映画化されたり(91年製作)、2005年にパルコプロデュースで上演されたりしてきた。日本に裁判員制度がなかった1990年に「もしも日本に米国のような陪審制があったら」という架空の設定を取り入れた斬新な密室法廷劇だ。

 今回の取り組みは、三谷氏の許可を得た俳優・近藤芳正氏が、相島一之氏、西村まさ彦氏、梶原善氏ら東京サンシャインボーイズ時代の92年公演のキャストに声かけして実施したもの。欠けたキャストは吉田羊氏ら、演劇仲間が買って出た。

 当日は途中休憩をはさみ、前編、後編の2回に分けて配信。1万5000人以上がライブで視聴し、YouTubeやTwitterには熱演をたたえるコメントがあふれた。好評を受け、5月末までYouTubeでアーカイブ配信もしている。

・関連リンク(クリックで別ページへ):「12人の優しい日本人を読む会」公式サイト

 過密スケジュールの中、人気俳優が多数集まったこの取り組みをどう実現させたのか。発起人の近藤氏に話を聞いた。

「12人の優しい日本人を読む会」発起人の近藤芳正氏。この日もZoomでのインタビューとなった
「12人の優しい日本人を読む会」発起人の近藤芳正氏。この日もZoomでのインタビューとなった

三谷氏もキャストも快諾

――まずは「12人の優しい日本人を読む会」が実現した経緯を教えてください。

近藤芳正氏(以下、近藤氏) 新型コロナウイルスの影響で予定していた仕事もなくなり、どうしようと思っていたところ、知人からチェーホフの「桜の園」の読み会に誘われました。ただ、このタイミングで「桜の園」は重いと思って。「もう少し軽いものにしない?」と言ったら、「三谷さんの『12人の優しい日本人』ができたらいいけど、権利的に難しいだろう」という話になったんです。「それなら僕が聞いてみるよ」ということで三谷さんに相談したら、許可をいただけました。

 どう実現するかを具体的に考え出したのはそれからです。最初に相島一之さんに声をかけたら「ぜひやりたい」と言ってくれました。他のキャストについても、まずは東京サンシャインボーイズの元メンバーに声をかけて、ダメだったら考えようということにしたんですが、結局、皆さん、参加してくれることになって。欠けている役は三谷作品でもおなじみの吉田羊さん、初めに「『12人の優しい日本人』ができたら」と言い出した芸術集団・Prayers Studioの妻鹿ありかさん、同団体の主宰者である渡部朋彦さんにお願いしました。

 演出は僕がやる案もあったけれど、若い人がいいんじゃないかということで、コメディー劇団・アガリスクエンターテイメントの冨坂友さんにお願いしました。彼は“三谷フリーク”で、しかもこれまでにZoomを使った様々な活動をしていたので、適任ということになったんです。

「未来の裁判員制度みたい」

――場面展開がない密室劇で、会話を中心に進んでいく「12人の優しい日本人」は、Zoomにぴったりだと感じます。選んだのもそれが理由ですか?

近藤氏 僕自身、Zoomのことを少しは知っていたので、“会議もの”に向くかもしれないという思いはありました。でも、それを計算して選んだかというとむしろ偶然ですね。

 リハーサルに参加した三谷さんも「無作為に選ばれた陪審員たちがこうしてオンライン会議で裁判をする未来もあり得ると思えてきて面白かった」とおっしゃっていました。

――Zoomならではの要素を生かした演出もありました。特に最後、登場人物が順に会議室を出ていくシーンをZoomからの退出で置き換えた演出は印象的でした。

近藤氏 演出の冨坂さんが「12人の優しい日本人」で一番好きなのは、熱く語り合った人たちが1人ずつ静かに去っていくシーンで、それをZoomでも再現したいと言ったんです。「それならカーテンコールまでやろう」と僕が提案して、ああした演出になりました。

「12人の優しい日本人を読む会」
三谷幸喜氏が劇団・東京サンシャインボーイズ時代に書き下ろした傑作戯曲「12 人の優しい日本人」を俳優たちがリモートで読み合わせ、YouTubeでライブ配信した。1992年公演のキャストが多くそろったのも見どころ。2020年5月6日に実施。5月末までアーカイブが無料で視聴できる。
関連リンク(クリックで別ページへ):「12人の優しい日本人を読む会」公式サイト

――準備には時間をかけたんでしょうか。

近藤氏 いや、全然です。全員に声をかけて、このメンバーでやろうと決まったのが本番の2週間くらい前でしょうか。

――お忙しい俳優さんばかりなのに、そのスピード感は外出自粛が続く今ならではかもしれません。

近藤氏 そうですね。当初、配信を3日に分ける案もありましたが、緊急事態宣言が明ける予定だった5月7日以降は全員のスケジュールがそろわない可能性があったんです。それで急だけど、5月6日にやろうと決めました。

 台本は相島さんが初演(90年)のものを持っていましたが、(僕も出た)92年公演と比較するとかなり変わっていました。三谷さんは自分の書いたセリフに固執せず、雰囲気に合わないと思えば変えるので、上演ごとにセリフが変わるんです。だから、僕が92年公演のDVDを見ながら変わった部分を書き出し、妻鹿さんにも手伝ってもらって今回用の台本にまとめました。それを出演者全員に渡したのが本番の1週間くらい前ですね。

――リハーサルはどれくらいされたんですか。

近藤氏 全部で5回です。初回は全員がZoomに入るだけで1時間かかったんですよ。その後、2時間ほど稽古をしたけれど、背景はどうするとかノイズが入るのはなぜだとか、環境の確認と改善がメインでした。

 2回目は全員が20分でZoomに入れました。「おお、すごいな我々は!」なんて歓声が上がったのが面白かったですね。そこから音質チェックをしながら2~3時間かけて前半の本読みをしました。

 後半まで本読みが進んだのが3回目。4回目からは5時間程度の長めの稽古。この段階で冨坂さんとシーンごとの演出の打ち合わせをしました。投票シーンはどうするか、飲み物はどうするか、「バナナジュース見つかるか分かんないけど、買ってみるよ」とかね。Zoom上で、陪審員1号から12号までを順に並べられないかも検討したんですが、12人と人数が多いこと、機種もバラバラなことを考えると難しそうだとあきらめて。

 5回目は細部まで細かい通し稽古を1回やって、それで翌日が本番でした。

――リハーサルでトラブルもあったと聞きましたが、当日はスムーズに配信されましたね。

近藤氏 それは、Zoomでの活動経験もあった冨坂さんと妻鹿さんのフォローのおかげです。

 それでも本番までは不安は多々ありました。自宅から配信するとなると、ZoomやYouTubeの設定以外にも様々なトラブルがあるんです。食事の時間が近くなるとご家族が料理を始めたり、犬が鳴いたり、焼き芋売りの声がしたり、宅配便が来たり……。ただ、本番はぐだぐだになっても最後まで続けるというのが今回の意図でした。

――YouTubeのライブ配信は1万5000人を超えるユーザーが視聴しました。手ごたえはいかがでしたか。

近藤氏 たくさんの方に見ていただけたこと、見ていただいた方から「こんな時に(読み会に)出てくれてうれしい」「久々に演劇を見た感じがして楽しかった」という喜びの声を聞けたことがうれしかったです。「過去に公演を見た時の光景がよみがえった」と直接連絡をくれた知人の演出家もいます。三谷さんとも想像以上の反響だねと話をしました。

次は劇場からの無観客配信に挑戦

――今は劇場が閉鎖され、公演の中止や延期も続いています。新型コロナウイルスの演劇への影響をどう見ていらっしゃいますか。

近藤氏 当面、公演は難しいだろうなと思っています。感染拡大が収まってもそれが一時的なものなら、稽古したけど本番が迎えられない、本番が途中で中止になるといったことが起こりかねません。だから、今後の演劇の1つの形として、Zoomでの公演もあっていいと思いますね。生の舞台は素晴らしいけれど、それ以外の方法もあっていい。そういう意味で、時代が変わっていくのではと感じます。

 少なくとも打ち合わせはZoomでやることが多くなるんじゃないでしょうか。顔を合わせるのはいいことだけれど、Zoomの良さもありますから。こうしてお互いに違う場所にいながら会えるのはすてきなことだし、わざわざ出かけなくていいとか、自分の落ち着く空間だからこそ話せることがあるとかいう利点もあります。今回Zoomで実感したのは、顔が見えることはコミュニケーションにおいてとても大きいということです。

――若手演劇ユニット・劇団Zooooom!によるZoomを使った公演にも友情出演されました。ご自身の活動の幅も広がりますね。

近藤氏 そうですね。20年6月1~7日には、下北沢の本多劇場の主催で「DISTANCE」という催しをするんです。入江雅人さんや清水宏さんらとともに、それぞれが新作の一人芝居をやり、それを無観客でライブ配信します(※編集部注:近藤氏の公演は6月5日午後8時から)。脚本・演出は、第27班という若い劇団を主宰する深谷晃成さんにお願いました。これがとても面白い脚本で、とても楽しみです。

 僕は今、俳優の津川雅彦さんが生前におっしゃっていた「起きたことが正解」という言葉が頭から離れません。人生はそうやってとらえていくしかないのかもしれないし、後悔はしたくない。この言葉は僕自身にとても響いています。

 そして、今だからこそできることに目が向いています。今は1カ月後、2カ月後はもちろん、明日さえ分からない状態ですが、生きていくって本来こういうことじゃないかとも思い始めているんです。

 昔はみんな何が起きるか分からない中で生活していた。その中で文化を生み出してきました。今こう言うと不謹慎かもしれないけれど、想像もしないことが起きること、そこに楽しさを見つけることが生きていくことの原点のように思うんです。僕自身、「12人の優しい日本人」をZoomで読むなんて少し前まで思ってもみなかったけれど、おかげさまでその楽しさを知りましたから。こんな時だからこそ、いろいろなことにトライしたいと思っています。

近藤芳正(こんどう よしまさ)氏
愛知県出身。1976年「中学生日記」に出演。劇団青年座研究所を経て、劇団七曜日に入団。NHK「真田丸」などの大河ドラマや三谷幸喜作品・映画「THE 有頂天ホテル」、舞台「笑の大学」など多数出演。舞台「歌わせたい男たち」は第16回読売演劇大賞最優秀作品賞、第5回朝日舞台芸術賞グランプリを受賞した。現在はTV、映画の名バイプレーヤーとして活躍すると同時に、若手俳優に対してのワークショップを主宰するなど後進の指導にも力を注いでいる